狼の花は今日も散る | ナノ

の花は今日も散る

1-2

 時は経って。


 世はまさにクリスマスイブ。いつもは暗めの通りも、この時期はライトで賑わっている。
 こんな日でも、売りの身体を求める人はいるんだよね。まあ、僕も同じか。みんな人肌が恋しくなる日なんだよ。
 少年は辺りを見渡す一人の男性を見つけた。周辺を歩く他の男性を品定めしているようにも見えた。
 ……もしかして、今日の相手を? 少年はその男性に近付いた。 
「ねぇねぇお兄さん、誰か探してるの? ……よかったら僕と一緒に遊んだり――――」
「すまないが、連れを待っているんだ」
 フラれてしまったや、と少し残念に感じた。
「なぁんだ、それは……スミマセンでした」
 じゃあこの人、これからクリスマスまで恋人と過ごすのかな。いや、一晩限りの連れって場合もあるけど……。でもまあそうだよな、カッコいいから相手に困らなそうだし。
「いいな、僕はまだ一度も、好きな人と一緒にいられたことなんかないよ……」
 そうぼそりと小さく呟く。誘いをあっさり切られ、少年は羨ましさと興味本位で聞いてみた。
「……連れって、どっちですか?」
「“どっち”?」
 何を言ってるんだという口調で男性は返したが、その意味はきちんと理解してくれたようだった。
「……年の離れた、“男の子”だよ」
 それを聞くと少年は、少しだけ目を綺羅つかせた。同種のカップルが存在しているということは、自分もそうなるチャンスがあるということだ。
 どうやって知り合って、どうやって付き合ったのだろう。色々聞きたいけど……。
「教えてくれてありがとう。じゃあねっ、メリークリスマス」
 可愛い子ぶったお辞儀と挨拶をして、少年はまた別の男性を探しにいこうとした。
「ああ君」
「?」
 男の言葉が、少年を引き止める。
「声をかける人間は、気を付けて選んだ方がいいよ」
 男性はそう言いながら上着の内ポケットに手を伸ばした。
「君を捕まえるヤツかもしれないからね」
 手錠を取り出すと男は……、冴凪は不敵な笑みを浮かべてみせた。



 慌てて逃げる少年を見ながら、冴凪は手錠をクルクルと指で回した。
 確か、以前『東華密着24時』だかでここら辺の女子高生の売春を取り締まっていたような、違ったような。駄目だな、全く興味が湧かない内容だからちゃんと覚えていない。未成熟な子供たちガキどもを守りたいなら、ちゃんと男女平等に取り締まってるところを放映しろってんだ。(無理な話だろうけど。)
 私はあの少年には『遊ばないか』と聞かれただけだ。必ずしも遊ぶ=そういう話ではない。十中八九買ってくれという意味だろうが、もしかすると単に口説きにきてたかもしれないだろう。
 ……にしてもあれは、私が国防だから逃げたのか、拘束プレイの好きな変態に見えたから逃げたのか。まあどっちでもいいし嫌いじゃない。

「冴凪さん……っ」
 自分を呼ぶ声に振り向くと、“年の離れた男の子”がいた。
「京介、遅かったじゃないか」
 襟足の長い少年、桐沢京介だ。「探しものは見つかったかい?」と冴凪が聞くと、小さく1回頷いた。
 手に持っている袋はそんなに大きくないけど、何なのやら。
「どうして、手錠を持っているんですか……?」
「ん?」
 忘れていた。注意喚起のつもりで出したんだった。
「……何かあった時のため……かもね」
 少年に見せた時と同じように不敵に笑ってから、冴凪は手錠を仕舞った。京介は頭にはてなマークを浮かべている。
「ほら行こう」
 冴凪が手を差し出すと、京介は目をいつもより大きく開いてから頬を染めて俯いた。
 握った京介の手は冷たかった。風も冷たいので、繋いだ手を上着のポケットに入れて歩く。
「すみません……手、冷たくて……」
「大丈夫だよ。それに、手が冷たい人は心が温かいって言うからね」
「……私に“心”や“感情”はないですが、そうなのですか……」
 嗚呼そうだった。それも忘れていた。
「では、手が温かい人は、何と言うのですか?」
 京介はきゅ……とゆっくり冴凪の手を握った。その手は温かかった。
「それは……、聞いたことないかな」
「そうですか……」
 不必要な情報は与えたくないと、冴凪は白を切った。

 しかしさすがはクリスマス前日だな、と冴凪は人の、というよりカップルの多さに驚く。
 一人ならさっさと車を使うのだが、今日は京介がいるからイルミネーションを見ながら歩きたい。
 皆自分たちのことばかりで、こうやって私たちが手を繋ごうと認識されまい。

『好きな人と一緒にいられたことなんかないよ』

 少年から呟かれた寂しそうな一言を思い出して、冴凪は隣を見た。自分の隣には京介がいる。
 じっと自分のことを見る冴凪に気付くと、また京介ははてなを浮かべた。
「…………? どうか、したのですか……?」
「……いや、幸せだなって」
「……“幸せ”?」
「君と一緒にいられて」
 冴凪はクスリと笑ってそう言った。


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