2010/10/16 転生シリーズ(尾浜SS)
名前は光で固定





「光は可愛いね。ホント、ずっと俺だけの世界に閉じ込めたいくらい」

おかしい。明らかにおかしい。
私の体を包み込むように抱きしめる尾浜先輩は、私の尊敬する委員会の先輩であるはずだ。私は今、その尾浜先輩に愛を囁かれている。
有り得ない状況に、しばし頭の中は混乱していた。





(・・・・)




尾浜先輩は、昔から‘先輩’だった。それは私たちが生まれる前、もっとずっと前の、室町の時代に生きていた時から。
当時私は成績の悪いくのたまで、尾浜先輩は優秀と言われるい組の忍たま、一つ上の先輩だった。どうして成績の悪い私が学級委員長を務めていたのかと言うと、それにはちょっとした理由があった。
くのたまは、行儀見習いの為に入学した子たちは、私の学年からはほとんどが既に学園を辞めて、大幅に数が減っていた。そこまで残るからには皆くのいちになることを目指して、女らしからぬ修業や鍛練に身を入れることも少なくない。
くのたまは、学年によって人数が変動しやすいという理由で、委員会活動は基本的に免除されていたけれど、学園長の思い付きで学園全体が巻き込まれる行事が時折行われるということがあって、学級委員長だけは選出せざるを得なかったのだ。
そこで、成績の良いくのたまは必然的に先に述べた鍛練で忙しく、そんな雑務は誰がやっても同じだという見解から、成績のあまり良くない私が選ばれることになった。私にしても、委員会活動に参加しているということで、少しだが内申点がつくのはありがたい。

私は四年になった時から学級委員長となり、同じ学級委員長である尾浜先輩や、鉢屋先輩たちと知り合った。言葉を交わすようになり、今思うと鉢屋先輩にはよくからかわれたりもした。その度に尾浜先輩が慰めてくれて…忍たまの一年生でも、冷静な子がいたのに、私ったら恥ずかしい。
とにかく、普段は特にやることもない学級委員長委員会で、私はくのたま教室では経験できないようなことを沢山体験した。中には思い出したくないようなことまであるが、一様にしていい思い出だ。何より、そこで知り合った尾浜先輩と想いを通わせ、短い時間であるが、一緒にいられたのは本当に幸せだった。

行儀見習いか、くのいちになるか、最後まで揺れていた私は結局、里から届いた文を読んでそのどちらでもなくなったことを知る。雨が降らず、凶作となった里で、人身御供になれという命令だった。
私は家無し子で、今の両親は本当の親ではない。にも関わらず、ここまで育ててくれたことは感謝しているし、里の子である私には逆らうことは許されない。迎えが来て、すぐに学園を出ることになった私を、事情を知るくのたまたちは泣きながら見送ってくれた。
そして、尾浜先輩も。

あの時のことは、今でもよく覚えている。








「…尾浜先輩、あの、」
「あぁ、くすぐったかった?」
「いえ、そうじゃなくてですね…こう、あからさまに近すぎるというのが…」

凄く恥ずかしい。
尾浜先輩は、後ろから私を抱きしめ、肩のあたりに顔を埋めた。そのせいで確かに、癖のある尾浜先輩の髪があちこちにあたるけど、嫌ではなかった。

「尾浜先輩…」
「なに?」
「先輩は、その…どうしてこんなことするんですか?」
「え、なに、もしかして今までの全部伝わってなかった?」
「いえ!そうではなくて…」

私を可愛がる尾浜先輩の仕種や、言葉使い、愛の言葉はあの頃と一緒だったから、尾浜先輩の気持ちには薄々気付いていた。けれど、だからこそはっきり口にしてくれないのが、不安になる。

あの日。私が学園を去ると知った時、尾浜先輩は泣きながら言った。
『どんなことがあっても、俺は光のことが好きだから、ずっと忘れないで!』
そう言われたから多分、生まれ変わっても、私は尾浜先輩のことを覚えていたんだと思う。
『来世では、必ず一緒になろう』
その言葉を信じて……
でも、この時代で出会った尾浜先輩は、私のことを覚えていなかった。覚えてないから、約束は無効になったの?なら何でまた、私に愛の言葉を囁くの?

私はまるで、狐につままれた気分だった。かつての記憶をなしに、人は、また同じ人を好きになれるのだろうか。
そう思うから今一歩踏み出せない。応えてよいのかわからない。
せめて、決定的な一言をもらえれば。そう思っていた私は、ついに我慢ならなくなって、尾浜先輩に向き直った。

「ん?どうしたの、光?」
「尾浜先輩に聞きたいことがあります」
「なに?」
「どうして、好きだと言ってくれないんですか?ただ可愛いだけなら、私は猫やウサギと同じです」
「俺が光のことを愛玩動物か何かって思ってるってこと?」
「遠からず、そうではないかと…」
「ばかだなぁ、そんなこと考えてたの?」
「尾浜先輩?」
「いくら光が可愛くても、ウサギや猫と一緒にしたりしないよ」

と、笑った顔が、私の大好きな尾浜先輩の笑顔そのもので。私はくしゃりと前髪を撫でられた。

「ごめん。俺がはっきりしなかったせいで、不安になったかな?」
「それは…」
「何か、俺も変なんだ。光のことは、好き…それ以上に大切にしたい存在だって、頭ではわかってるんだけど」

尾浜先輩の視線がゆっくりと下を向く。

「どうしてか、それを伝えたら…光がどこかに消えちゃう気がしてさ。そしたら、言えなくなっちゃって」
「私が消えちゃうんですか?」
「言葉で表現するのは難しいけど、そんな感じかな」
「それって…」

尾浜先輩は、私のことを、覚えているのではないか。微かな予感がして、私は口をつぐんだ。

私が学園を去ったのは、尾浜先輩と想いを通わせてからそう長い時間ではなかった。恋仲としてこれからという時に、私は里から呼び出されたのだ。
だから尾浜先輩は今回も、気持ちを通わせてしまったら、私がいなくなってしまうのではないかという、記憶はないけれど、無意識にそう思ってしまったのでは。

私はふるふると頭を振った。

「尾浜先輩、それは誤りです」
「ん?」
「尾浜先輩が気持ちを言葉にした後に私がいなくなるということは、まず有り得ません」

今の私には本当の両親がいるし、人身御供なんて時代遅れな風習は残っていない。恋愛だって自由にできる。

「そうだよね、俺は何でそんなに臆病になってたのかな」
「それはわかりませんけど……たぶん、尾浜先輩は不安だったんだと思います」
「不安?」
「色々な不安…私が消えてしまうのではないか、と思ったのもそれです。でも、不安なら私にもあります。いつまた尾浜先輩と離れ離れになってしまうのか…」

繋いだ手を、自分から離した瞬間。あぁもうこの人とは運命が途切れてしまったんだな、とわかった。今生では決して交わることがない。
だから尾浜先輩も私も、来世という‘今’に望みを託した。

「…それでも、そんな小さな不安より、私は大好きな尾浜先輩と一緒にいられるという幸せをとりたいです」
「光…」
「お願いです、信じて下さい。私は決して、いなくなったりしませんから」
「ん…そうだね、信じるよ」

尾浜先輩はふにゃりと笑うと、真正面から抱き着いた。

「好きだよ、光」
「尾浜せんぱ…私も、好きです…」
「なに、また泣きそうな顔してるの?」
「だって…」
「光は可愛いんだから、泣くより笑っててよ。光の笑顔は俺の原動力」
「はい…っ」

つ、と指で零れそうな涙を拭い、再び笑顔を向ける。尾浜先輩は笑いながら、「もう泣かないおまじない」と言って瞼にキスをした。じわじわと赤くなる頬。

「あ、あのっ尾浜先輩…」
「ん?光にはまだ刺激が強かったかな」
「いえ、そんなことは…」

ただ、慣れないだけで。本当はもっと触れられていたい。あの頃叶わなかったことを、今は許されるだけ、叶えたいから。
尾浜先輩の首に抱き着いて、私はこの小さな、けれど確かな奇跡に感謝した。


※※※※※※※※※

勘ちゃんは…年下キラーだという見解。
女の子を甘やかしたくて仕方ないですな(*´∀`)

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