2010/10/12 転生シリーズ(鉢屋SS)
女の子→光




自分が死ぬ前の記憶があるっていうのは、中々難儀なものである。病で死んだ私はそれこそ、命の炎が途切れる瞬間を知っているのだから、何度夢に出て来たかわからない。苦しかったのはもちろん、一人になるのが怖かった。死んだらどこに向かうのだろうと意味のないことばかり考えていた。
しかし何より心苦しかったのは、私の愛する人が私を見て悲しそうな顔をすること。泣かないで。そう言っても届くはずがなく、彼は涙を流し続けた。普段明るく飄々とした態度の彼からは考えられなかった。私のせいである。嗚呼、私はこの人をおいてついに逝くのかと悟った時、どうしようもない罪悪感にかられた。
ごめんなさい。愛していました。人の命を奪ってきた私たちには来世など有り得ないでしょうから、どうか今だけ、しっかり手を握ってて下さい。離さないで。
それが私の遺言になった。



(・・・・)




私は今、大学から少し離れたお洒落な喫茶店に来ていた。内装はほどよくアンティークな雰囲気に包まれ、あちこちにかわいらしいオブジェや花が飾ってある。とても女の子らしい店だ。
それほど少女趣味を持っていない私でも楽しめるようで、店の奥に案内された私は、女の子しかいないこの店をよくあいつは知っていたな、と半ば感心した。私をこの店に呼び出したのは三郎だ。案内されたテーブルに行くと、三郎はこちらに背を向けて待っていた。

「コーヒーをひとつ、ミルクでお願い」

案内してくれた店員にさっさと注文しつつ、奥の席に座る。真正面には携帯を見ていた三郎がいて、目が合うといつもと変わらない様子で口元を緩ませた。

「よう。結構かかったな」
「これでも急いだのよ…誰かさんがここで待ってるって言うから、講義の最後で抜け出したりして」
「そうか、それは悪かったな…よし、ならケーキでもおごってやろう。好きなのを選べ」
「ホールでも構わないの?」
「食べ切れるんなら…と言いたいところだが、いや待て、さすがにそれはないだろう」

三郎は半目になりながらツッコミを入れ、メニューを開きながら「俺のオススメはこのモンブランでな…」と説明し始めた。その間にコーヒーが運ばれてきたので、私はゆっくりと三郎の話を聞き流す。
で、どれがいいんだ?と顔を上げた三郎に、私はカップをソーサに戻した。カチャリ、と陶器の触れ合う音がする。

「聞いていい?」
「何を?」
「どうして、私なの?」

何が、とは言わない。三郎はすぐに質問の内容を理解したようで、メニューを閉じると手を首の後ろにやった。「何でって言われてもなぁ…」三郎の視線は私には向いてなかった。

「好きになったから。それじゃダメか」
「具体的にどこか、言える?」
「それこそ全部としか言いようがない。光が望むなら、一つずつ言ってってもいいけど」
「じゃぁ嫌いなところはないの?私、多分三郎の嫌いなタイプだったと自覚してたつもりだけど」
「嫌いなタイプ?うーん…そう言われてみればそんな気もしなくもないけど……、やっぱり光のことは好きだよ。嫌いになれって言う方が無理だ」

三郎はそう言うと、若干苦笑気味にこっちを向いた。昔から変わらない笑い方。私は今でも三郎の笑顔が好きなのだと思うと、馬鹿はどっちだろうと自嘲した。

忍をやっていた私と三郎。決して生まれ変われず、地獄に堕ちるものだと信じていた。なのに二人共転生して、またこうして出会ってしまった。
あの頃とは何もかもが違う世界。状況。立場。なのに、互いの気持ちだけは変わっていない。三郎は前世のことを全く覚えていないけど、逆に全てを知っている私は、例え出会ったとしても再び一緒になることはないと思っていた。今はあの頃と違い、何でも自由な時代である。三郎が私以外を好きになるのは当たり前のことだし、私は念には念を入れて三郎が嫌いなタイプの女を演じてきた。連絡だって自分からは取らない。記憶がないとはいえ、三郎が無意識に好きだった私自身に惹かれてしまったら、何となく可哀相な気がしたからだ。
けれど今の状況を考えれば、それらは全て無駄だったのである。三郎は私を好きになり、私も再び三郎に惹かれる。友人と仲良くつるむ三郎を見ては、嫉妬心なんてなくしてしまいたくなった。今の私はただの友人なのに。



「もし三郎が、この先も私を好きだと言うなら」

私はコーヒーにミルクを継ぎ足した。

「一つだけ、約束させて」
「約束?」
「私は、一人で逝かない…絶対に三郎をおいて死んだりしないと、約束させて欲しい。だけど残されるのも嫌。だから、死ぬ時は一緒がいい」
「死ぬ時って…」

三郎は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をし、その後げんなりした顔で「今から死ぬ時の心配かよ…」と呟いた。

「約束させてくれなければいい。私は三郎と一緒にいなければいいんだから」
「な、おいちょっと待て……それ、本気の話なのか?」
「嘘だと思った?」
「半分くらいは…」
「そう。でもね三郎、私はこれだけは譲れないの」
「光…?」

三郎にはもうあんな顔をさせたくない。
淋しがり屋なこの人が私を追って死んでしまわないか、心配なのだ。そうでなくとも三郎は、私を想って毎日泣くのだろう。いつまでもいつまでもずっと…それは、とても悲しいことだ。
だからこの約束は自分に対する誓いであり、悲しませたくないが故の苦肉の策なのである。
押し黙ってしまった私に、三郎は再び視線を漂わせたが、何度か言い淀んだ後に、小さく「わかったよ」と言った。

「光の願いなら嫌とは言えないし…俺も一人になるのは嫌だからな」
「三郎…」
「死ぬ時は一緒に死んでやる。そう約束したら、光は俺といてくれるか?」
「その言葉が嘘でなければ」
「嘘なんかつかねぇよ、」
「なら、私も三郎の気持ちに応えるよ」
「え?」
「私も、三郎が好き」

私がそう言うと、三郎は一瞬きょとんとした顔を浮かべ、次いでがしがしと前髪をかいた。多分、はっきり言葉にして私が三郎を好きだと言ったから、恥ずかしい気持ちが今頃表れたのだろう。顔は何とか手で押さえているが、耳は真っ赤だ。

「光…お前、そーゆーとこ卑怯だ」
「いつも反則ギリギリばっかやってる三郎には、言える立場じゃないでしょ」
「あー…もう、わかったから少し黙ってくれ。何だかとても、言葉に表しにくい気持ちなんだよ」

三郎にしては珍しくテンパっている様子だった。三郎のこういう顔、見るのいつ振りだったかな。酷く懐かしい。少なくとも生まれ変わってからは一度もないから、私は今が初めてだ。
ようやく落ち着きを取り戻した三郎は、まだ少しだけ赤い顔を反らして、メニューを開く。ケーキの覧を見て、私に言った。

「やっぱり、ホールで頼もう」
「いいの?」
「俺も食べるの手伝うし…余ったら持って帰ればいい」
「三郎、甘いもの好きじゃないくせに」
「…今は食べたい気分なんだよ」

何たって、気持ちが通じ合った記念だから。

そんな三郎の言葉に私も少しだけ頬を染めて頷き、二人でいちごショートのホールを注文した。ご丁寧にもデコレーションチョコを乗っけて、二人の名前を書いてもらう。店員さんに写真まで撮ってもらった私たちは、後々まで有名になってしまうのだろう。それでもいいと思った。

「光、コーヒーくれ…」
「いいけど、ミルク入ってるよ」
「砂糖が入ってなければなんでもいい…」

砂糖の甘さに眉を寄せる三郎の、悲しみ以外に染まった顔だったら、いくら見ててもいいな…と思った。


※※※※※※※※※

このシリーズは、相手が誰であれ女の子だけが記憶ありという設定。
他キャラはネタが浮かび次第。
高校生シリーズを始める前に、ちょろっとね^^


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