その6


「たっだいまー!良い子にしてた!?名前に会えなくて超寂しかったんだよ!」

そう言って現れた五条は、ソファの上で膝を抱えている名前の真横を陣取って頬擦りをする。会えなくて寂しかった。まるで長年会えていなかった恋人のような台詞を吐いているが、今朝会ったばかりである。名前は特に表情を変えることも無く「おかえり」と淡々と返した。

「今めちゃくちゃ機嫌いいんだよね!」
「へえ」
「ちょっと!ちょっと!そこは可愛く、なんで機嫌いいの?って答えるところでしょ!」

名前の真似をしたつもりなのか、裏声混じりで五条が言った。しかも全く似ていない。一瞬、可愛くとは?と考えたが、この男に真面目に付き合っていると馬鹿を見る、ということを長年の付き合いで学んでいる名前は「ナンデ」と可愛さの欠けらも無いであろうテンションで仕方無く聞く事にした。

「なんと!なんと!なんと!…明日一日休みになりました!パチパチパチ!ね!!嬉しいでしょ!?」

いや嬉しくない。名前は即座にそう思ったが、これを口に出すと更に面倒になることを知っているので黙っておく。「ヨカッタネ」そう言ってテレビの画面を見つめながら適当に流すつもりだった。ついでに伊地知への合掌も忘れない。

「久しぶりに外に出してあげるよ。あ、高専外って意味ね?高専内は名前勝手に出てるもんねー?」
「……」
「何処に行きたい?名前のリクエスト聞いてあげる、好きなとこ連れて行ってあげるよ!」

何も言えねえ、な部分もあったが、五条からのまさかの提案に正直名前は困惑した。一日休みと言うから朝から晩まで抱き潰されるものだとばかり思っていたのだ。(実際前回の休みは一日セックスで終わった)好きな所、行きたい所、そう問われても特に何も思い浮かばない。立てたひざの上で頬杖をつきながらぼんやりと考える。テレビの画面には一芸を披露しているイルカの姿があった。

「あ、じゃあここ行きたい」
「え、水族館?」
「うん、水族館」

五条はもっと遊園地だとか海外だとか、沖縄だとか北海道だとかそう言った所を考えていたのでちょっとだけ目を丸くした。やはり猫、だから魚、イコール水族館、なのか…?

「行ったことないし、水族館」

名前のその一言で五条の気合いはマックスゲージをぶち破った。猫だからとか心底どうでもいい。名前が純粋に水族館に行きたいと言っている、しかも初めて行く水族館、その初めてが自分!気合いが入らないわけが無い。行き帰りは伊地知にでも頼もう、水族館を満喫したいだろうから昼食は館内でとればいいし、夜は寿司屋で、それから…いっそホテルを予約してしまえばいいのでは?五条の脳内で明日のプランがどんどんと練り上げられていく。

「明日は9時半にはここを出るから、寝坊しないでね」

語尾にハートマークがつく勢い、否、ついていた。やっとテレビから視線を外した名前の手が五条の頬へと伸び、目隠しに指をかける。少しだけ力を入れて下へとおろすと宝石のような碧と、名前の赤がガッチリと絡み合い名前の口角がほんの少し、ゆるりとあがった。

「楽しみにしてる」

翌朝、名前が目覚めたのは出発予定時刻の10分前だった。





前夜にめちゃくちゃセックスして寝坊したあるある。



prev- return -next



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -