その17


夜蛾名前の第一印象は「いけ好かない奴」だった。特級仮想怨霊に呪われているというわりには呪力だって大した事が無さそうだし、授業で組み合えば地に叩きつける事など簡単だった。

「お前ほんっっっっと弱すぎ、相手になんねー、やるだけ無駄!時間の無駄!」

五条は事ある毎にそう罵ったが、名前はきまって「うん、知ってる」と表情の一つも変えずに返してきた。眉間に刻まれる皺が深くなっていく横で、夏油が優しく声をかけて手を差し伸べているのも腹が立つし、その手を掴んでいる名前にも更に腹が立つ。くっそ、ムカつく。五条は側に転がっていた石を思い切り蹴り飛ばした。





最悪だ。そう思いながら椅子に仰け反り、ガタンガタンと揺らす。自習と書かれた黒板に家入も夏油も居ない教室。なんでよりによって此奴と二人なんだよ…!五条は苛立ちながら、静かに窓の外を眺めている名前の横顔を盗み見た。
こうして改めて見ると意外と肌の色白いな、とか、睫毛なげーな、とか案外整った顔してんだな(まあ俺には負けるけど!)等と考えていることに気づき、ハッとする。自分だけがこんなにも考えているのがなんだか負けた気がして、五条は机の上に転がっていた消しゴムをちぎり、名前に向かって投げた。

「痛、」

本当にそう思ってるのか?そう問いたくなるほど、言葉とは裏腹に名前の表情は全く変わらなかった。くそつまんねー。五条は小さくなった消しゴムをもう一度ちぎり、投げた。二投目も綺麗に直撃し、とうとう名前がこちらを向いた。

「…何」
「別に?」
「あ、そう」

名前はそれだけ言うと、また窓の方へと顔を向けてしまった。何でだよ、やり返してこねーのかよ!相手にされない事に更に苛ついた五条は、最後の消しゴムを思い切りぶん投げた。だが、それは名前に当たること無くコロンと床へ転がっていく。取り巻く呪力の流れが変化し、ゆらゆらと漆黒の三又の尻尾を揺らしながらシャーッとこちらを威嚇している黒猫が名前の前に立ちはだかっていた。

「大丈夫、敵じゃないよ」

普段よりも大分優しい声色で猫に向かって話しかけながら、名前は両手でゆっくりと猫を抱き上げた。そして五条の元までやってくると、不満気な碧を鮮紅の瞳で見下ろす。ついに反撃してくるか?五条はニヤリと笑ったが、それは名前から発せられた予想もしなかった言葉に粉々に打ち砕かれる事となった。

「俺は五条のこと、尊敬してるよ」

ぽかんと口を開けることしか出来なかった。尊敬?は?いきなり何を言っているんだこいつは。珍しく思考停止している五条に構うことなく、名前は淡々と続けた。

「御三家とか六眼とか無下限?とかよくわかんないけど、そういうのだって結局は使う人間次第だろうし、多分五条はそんなのなくったって強いんだろうなとか思うし、努力もできる人間だし、えーと、だからその、なんていうか」

「五条悟っていう一人の人間が俺は好きだよ」

そう言って名前がふんわりと笑った。パアァッと一面に咲き誇る花々、舞い散る花弁、心臓がドクンと大きく鼓動した。ハクハクと口を動かしたが上手く呼吸ができない。「五条は俺の事嫌いだと思うけど…それだけ、じゃあ」去り際の名前の台詞は全く耳に入ってこなかった。
脈打つ心臓の音が五月蝿い。五条は思わず両手で顔を覆った。くそくそくそ、なんだよあれ反則だろ。上手く言葉に言い表せない初めての感覚に柄にもなく戸惑った。

「てかあいつ、俺の事が好きなわけ…?」





昨夜は全くと言っていい程寝られなかった。寝不足の脳が酸素を欲している。欠伸を零しながら教室のドアを開ければ、まさにその元凶が夏油と談笑している姿が目に付いた。自分の中の何かがザワザワと波打っている。五条はポケットに両手を突っ込み、大股で名前の元へと向かった。

「おはよう」
「…おはよう」

さっきまで夏油を映していたその目が、今度は自分だけを映している事実にじわりと満たされていく。隣の夏油が何やら意味深な笑みを浮かべているが、今ならそんなことも気にならない。とても気分が良い。

満足気に自席へと向かう五条を見ながら、珍しく名前は眉を寄せ「新手のイジメでも始まるのか」と小さくぼやいた。

「どうしてそう思うんだい?」

夏油は今にも笑いだしそうになるのを堪えながら問うた。

「だってあいつ、俺の事嫌いじゃん」

さも当然だろとばかりに名前はそう答える。これは、これは…一筋縄ではいかなさそうだ。

「そんな事ないと思うけどな」

これが今、夏油のできる最大限のフォローである。





高専時代のお話。肩書き無しに一人の人間として?みてくれる人に弱かったらいいなという願望。でもお互い拗らせてるから大変。



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