その10


七海は新聞越しに脱力をしている白頭を見た。何故ここにいる、そしていつまでここにいる、エトセトラ。聞きたいことは山ほどあったが、声をかけると面倒そうなので何も気にしない事にしていた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

わざとらしいため息が部屋に充満した。が、七海はまだ文字の羅列を追っていた。気にしたら負け、声をかけたら完全敗北だからだ。

「あーあー……はぁぁぁぁ……はぁぁぁぁ……」

そろそろイライラが増してくる頃だが、まだだ、まだ、耐えられる。七海は次の頁へと新聞を捲った。

「なあ、お前、彼女と喧嘩したら直ぐに自分から謝るタイプ?」
「はい?」

しまった、思わず反応してしまった。時、既に遅し。五条は相変わらずソファにだらりと腰掛けながら「だーかーらー」と同じセリフを繰り返した。

「喧嘩の内容等にもよりますが、…まあ自分から謝罪した方が穏便には済むでしょうね」

そして七海は思った、薄々感じてはいたが、喧嘩をしたのか、と。名前と五条が喧嘩をするのは別にこれが初めてという訳では無いが、五条がここまで悩んでいるのは初めて目にした。呪術会最強と言われている男が、たった一人の男にこんなにも振り回されているとは…。ある意味で最強なのは名前なのかもしれない。

「名前、超傷付いた顔してた」
「それは五条さんが悪いですね。早く謝ったらどうです?」

いつも無表情の彼がそんな顔をするなんて、いったいどんな言葉を吐いたんだ。今度は七海がため息をつく番だった。

「そうやってうじうじしてるうちに誰かにとられても知りませんよ」

読んでいた新聞を綺麗に四つ折りにしてから小脇に抱え、「お先に失礼します」とソファに溶けきっている最強の男を残し、七海は次の任務へと向かうのだった。





都内の百貨店で購入したケーキを手に、五条は柄にもなく緊張していた。扉の向こうの空間に名前がいる事はわかっている。いつも通りのテンションで「ただいま!」でいくか?いや、無いな。もう、この際もう何を言っても駄目だと考えた五条はドアノブへと手をかけ恐る恐る扉を開けた。

「……名前?」

部屋は闇に包まれていた。五条は慌てて電気をつけたが名前の姿は何処にも見えない。手にしていたケーキの箱を乱雑にテーブルへと置いてから、急いで寝室へと向かった。勢い良く開けた扉の先もまた闇だった。五条は目隠しを下げ、部屋を見渡す。ふと、暗がりの中、ベッドの上に山ができているのを発見した。はぁ、と自然と安堵のため息が漏れる。
ニャア。どこからとも無く聞こえてきた鳴き声、闇の中に浮かぶ二つの赤が、じっと五条を捕らえていた。ゆっくりとこちらへ向かってくる黒猫の、三又に分かれている尻尾それぞれが大きくバタバタと動いている。これは怒りのサインだ。

《次、彼奴を泣かせた時は…覚悟しておけよ小僧》

ニャァ。黒猫は短く鳴くと、スっと闇の中へ姿を消した。全く、面倒な奴に好かれたもんだ。五条は黒猫が消えていった方向をひと睨みしてから微動だにしない山へと近づいた。

「名前」

山からの返事は無かった。代わりにすすり泣いているであろう音が聞こえ、五条は山を形成してる布団をゆっくりと捲った。

「名前」

猫のように丸まってギュッと目を瞑っている名前に、五条はもう一度声をかけた。ボロボロと溢れだしている涙は、頬を伝ってシーツにシミを作りだしている。五条はベッドの端に膝をつき、手を伸ばして名前の目元を拭った。

「……き、っらい、に、っ…ならっ、な、い…で、っ…」

名前の手が五条の腕を弱々しく掴んだ、かと思えばそのままベッドへと伝い落ちていく。

「嫌いになるわけ、ないだろ」

拾い上げた名前の手は、酷く冷たい。五条は涙で濡れている目元に唇を寄せ、チロりと涙を舐めとった。





ナナミンの新聞の向こう側シリーズ。この二人の喧嘩の理由なんなんだろう…。
安心してください、ケーキはちゃんと食べましたよ。


prev- return -next



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -