獄であるというそこを“観光”する許可はおりていても、隅々まで探索する元気と勇気はあまりないのが現状で。前者はそもそもの規格が私からしてみれば豆の木を登った先にある巨人の国のため、どこへ向かうにも遠く広大過ぎた。後者はここに居る巨人達、もといサイバートロン人という機械生命体のその誰もが仄暗く退廃的な明るさをもっているからだった。たったひとりを除いて。
慎ましやかな居住区から出て、あまり人気?ロボット気?めんどうなので人と同じ扱いをしているから、人気のない方へ今日も向かう。瓦礫が少しばかりの特に何もないそこで立ち止まって手を合わせ、睛を瞑る。そうすれば、まなうらの暗闇へ青い光が輝くからただそれを想う。少し経って瞼を開け、そのまま佇んでいれば足音が近付いてくるのが分かった途端気分はげんなりと一気に下降した。

「毎日毎日、お前も飽きないものだな」
「飽きるとか、そういうのじゃないからね」

習慣のようなものだ。僅かばかりの抵抗として振り向かずに答える。私の後ろで立ち止まったせいで暗く巨大な影のうちにちっぽけな身は呑み込まれてしまうような錯覚も、あながち間違っていないところが嫌になる。隙あらば、ですらない。ただの挨拶を交わした直後に、ぷちりと大きな足で踏み潰されてもなんらおかしくはないのだ。そういう性格なのだとは既に骨の髄まで刻まれていた。

「オーバーロードこそ、よく飽きないね」
「さて、なんの事やら。主語を明確にしないのであれば好きに解釈されても文句は言えんぞ」
「明確にしても自分の好きにするくせに」

呆れて言えば、遥か頭上からクツクツと咽喉の奥で笑う声が降ってくる。

「なに、ナマエ、お前のおかげというものだ」

急に巨躯が動く気配があってほんの僅か揺れた肩はきっとバレている。私を囲った両手がすくうように足元へ迫るので、おとなしく指を支えに手の上へ乗る。潰されなかった事実に安堵しそうになって、やめた。こうやって安心した瞬間に五指を握り締める、そういう事も好む性質だ。
大きな手の上は意外と揺れも少なく、高さが怖いという事と連れて行かれる先の事に睛を背ければ快適な移動手段ではあった。
果たして今日は何を見せられるのか。同族を使った狩りの様か、決闘の様か、それとも。なんにせよ血腥い事このうえない。彼らの身に流れるのが血ではなくオイルだったとしても、もぎ取られる腕が肉や骨ではなく固い金属だったとしても、彼らの造形も精神も人間くさ過ぎた。男の子が遊ぶようなオモチャとでも思ってしまえばいいのかもしれないのに、どうしても私は痛みを感じ悲鳴をあげる彼らの事を人間と同じように見てしまった。
そこで、きっと彼だけはそんな事を思わないのだろうなと、どうあがいても視界へ入る青い機体に感想をいだく。
同族を嬉々として手にかけるようなタイプだ、私のような人間なんて脆過ぎて退屈凌ぎにもならないまま一瞬でなんの感慨もなく殺せてしまう。なのに、今のところその気配はない。それでも、それを喜ぶにしてはここは地獄過ぎた。

ごく普通に高校を卒業し、大学へ進学してキャンパスライフを満喫したのちに就職活動を頑張って頑張ってやっと内定を貰えて、喜び泣いていたのも束の間。私は会社へ一日も出社する事が出来なかった。何故か。宇宙人に拐われたからだ。ちょっと意味が分からなかった。分からないまま巨大な宇宙船の中で珍獣のように檻へ入れられ、何かもよく分からない餌を与えられる日々。
周囲には他にも檻へ入れられた、今までフィクションの映画でしか見た事のなかったような様々な生命体がいた。残念ながら誰とも言葉は通じなかったけど、そこに居る全員が同じように拐われてきた生物なのだとは理解できた。もしかして多種族を売り捌く的な、奴隷商だろうかと嫌な考えが間違っていなかった事を知るのはもう少し後だった。
ある時船が襲撃されたのだ。襲ってきたのはロボットだった。巨大ロボだ。SFもこれに極まれりという感じだったけど、彼らは檻の外に居た者だけを叩きのめして、檻から出した者達には危害を加えなかった。
もしかしていいロボなのかと見ていると、そのうちの一体が私の前で膝を折り「大丈夫かい?」聞き慣れた言葉で問いかけてきたのでビックリしたけど、それ以上にその声音と私を見つめる青く輝く瞳があまりにも優しくて、私は泣き出してしまった。
ずっとあった緊張とストレスが溶けて、止まらない涙で受け答えも出来ない私をロボットはただそっと待ってくれた。気付けば捕らわれていた他の生物達はみんな解放されて、各々故郷へ帰って行ったようで、私だけが残っていた。どうにか泣き止んで、地球という惑星から連れ拐われた事と、自分で帰る手段がないという事を伝えればロボット達は私を彼らの船へ乗せてくれた。
ロボット達はサイバートロン人という種族らしく、今はひっそりと宇宙を旅しているのだと言った。私を拐ったのは案の定奴隷商であり、そういったものを看過できないのだと苦笑していた。何故言葉が通じるのかと問えば、周囲へ適応する事に長けた種族だからだといい、車へ変形して見せてくれた。
私より遥かに巨大で知性を感じさせる彼らは、真逆の矮小で脆い生命体の私をだけど丁寧に尊重してくれて。駄々下がりだった宇宙人のイメージは簡単に上がった。
地球という惑星を誰も知らなくて、ようやく座標が分かった頃にはだいぶ打ち解けていた中で。私を地球へ送り届けるには燃料が心許ないから、あまり気は乗らないが仕方ないと、彼らは航路を近くにあるという惑星へ向けた。
何故気が乗らないのかと問えば、自分達の種族は長く戦争をしているが自分達はそれが嫌で母星を逃げ出しずっと戦争に関わらず宇宙を彷徨っているからだと言い。これから向かう惑星はその戦争をしている勢力の片方であるオートボットの管理する監獄だからだと言う。
オートボットならばまだ、相対するもう片方の勢力であるディセプティコンと違い話せば分かるはずだから、燃料を分けてもらうくらいは可能だろうと私を安心させるように笑った優しい笑顔は、その数日後物言わぬ鉄の塊となった。
惑星へ降りる途中でおかしいと誰かが気付いてももう遅かった。船は爆撃されて墜落し、私は危ないからここに居るんだと船内に残されて、それでもひとりで居る方が恐ろしくてハッチへ駆け出して、船外へ出た私の睛には同じサイバートロン人に見えて、違った。彼らにはない紫のインシグニアを一様に、武器を手に取り囲んで、そこからは虐殺だった。
耳をつん裂く悲鳴に、身体が震える。腕が、足が、もがれて、銃撃で吹き飛ばされて、ガシャンと地面にぶつかって酷い音と振動。最初に私へ声をかけてくれた彼は、彼よりも大きな青い機体に頭を掴まれ、次の瞬間にはぶちぶちと首の千切れたケーブルから火花を散らし、オイルを血のように撒き散らして、ゴミのように放られた頭部が船の影へ隠れていた私の近くまで重く転がってきて、青く綺麗に輝いていた瞳が明滅しその光が消え去るのが嫌で、気付けば駆け寄っていた。
嫌だとか、待ってとか、叫んだ気がした。このあたりは自分の事ながらちょっと記憶が曖昧だ。頬に手を触れて、間近で私を照らす青が消えていくのをただ見ているしかできなかった。彼は最後に何か言おうとした気がしたけど声にはならなかった。
死んでしまったのだと呆然とする私を、消えた光とは真逆の暗闇が覆う。それが巨大な影の内であると、見上げた先の青い機体にようよう認識して。私を見下ろす、彼とは正反対の逆光の中でより煌々と輝く赤と合って、だけど私は何を思う前に視線をそらした。
逃げるのは無理だ。船は壊れたし、逃げ場なんてどこにもない。いとも容易く問答無用で同族を殺すような相手だ、異種族なんて問題外だろう。どうせ自分も殺されるのなら、彼を殺した相手よりも、どこか優しさの残る彼の死に顔を見ながらの方が余程良かった。ただそれだけで、物言わぬ顔にしがみついたまま死を待った私は、だけど殺されなかった。
無造作に伸びてきた大きな金属の手は、私を潰さず掴み上げ、宙に浮いた身体は気付けば真っ赤な光の前。一対のそれはじっと私を見て、そうして、笑った。その瞬間感じたいいようのない感覚は、未だに言葉で表せていない。

気安い口調と穏やかな声音で、笑顔のまま親しげに問いかけてくるというのに、彼らを殺した残虐さ以外の底の知れない恐ろしさがあるようで全く安心できなくとも、投げかけられる質問自体はそう難しいものではなかったからこれまでの経緯を伝えれば、オーバーロードと名乗った青い機体は私を持ったままおもむろに歩き出した。
鼻歌でも紡ぎそうな機嫌の良さが、やはり恐ろしかった。ついさっき簡単に他者の命を奪っておいて、それをなんら気にする様子のなさ。これが戦争をしている、という事なのだろうか。殺しが当たり前の世界なのだと今更実感が湧いて震える私なんて何も気にせず辿り着いた先には、首と胴体の離れた紫の機体がいた。その様にフラッシュバックし口元を抑える私を尻目に、どうやらこの状態で生きているらしい黄色い単眼の頭部とオーバーロードが私の分からない、彼らの言語で会話する。頭部が胴体とくっついて、顔がないから分かりづらいけどそれでも平然と淡々と喋り続ける。どこから声が出ているのか不思議でついじっと見つめてしまっていたら、不意に黄色い光が真っ直ぐ私に向いてビクリと肩が跳ねた。けれどそれも直ぐそらされた。
どうやら黄色い単眼のサイバートロン人は人間について知っているらしく。オーバーロードから人間の飼育方法について助力を仰がれた彼によって、空調等整えられた私の生活出来る居住区が作られたのだと知ったのは紫の機体を見なくなった後だった。
そうして、このガーラス9で、支配者であるオーバーロードのペットとしての生活がはじまった。
過ごせば過ごす程、いかにここが陰惨な場所かを知り、いかに自分が暴君の気紛れで生かされているかを知った。やっと地球へ帰れると思ったら今度は機械生命体のペットだ。最初に奴隷商に拐われた時より待遇はマシとはいえ生命の危険度があまりに高いと言わざるを得ないのは、私の飼い主だというオーバーロードを知れば知る程に増した。
友好的なようでいて、その実私に何も感情を寄せていない。ほんの僅かな気紛れと興味があるだけで、それがなくなりどうでもいい存在と化した瞬間殺されるのだろうと思うくらいオーバーロードは他者へ関心がなかった。
人の良さそうな笑みで親しげに接してくるくせに、次の瞬間相手の胴体を銃で撃ち抜いているところを何度見たか。
このガーラス9がオーバーロードという独裁者への恐怖で満ちている事は直ぐに理解できた。だから気紛れで生かされた私も、きっとあっという間に飽きて殺されるのだろうと思っていた。オーバーロードに対して、憎しみと恐怖があっても生活を保証されてしまえば一先ずそれに甘んじるしかないくらいには、私にあの巨大な機体をどうにかする術はない。相手が人間だったらもうちょっと抵抗し復讐を考えたかもと思っても、圧倒的な差の前には僅かも傷付ける事さえ叶わない。
綱渡りのような恐怖はそれでもこちらがどれだけ気をつけても、結局オーバーロードの気分次第でしかないと思ってからは少しだけ楽になった。
そんな嫌過ぎるロシアンルーレットじみた鬱屈とした日々で、よすがにしたのは死んでしまった彼らの死を悼む事だった。毎日空いている時間にはあの殺戮現場、今は綺麗サッパリ撤去されて僅かに残骸が残るばかりなのはディセプティコン達は同族のパーツを“再利用”する事を厭わないからだ。彼らの遺骸も回収されバラバラに必要なパーツやそうでないものと分けられたのだろう。
船もそうなので、遺品とかそういうものは残らなかった。サイバートロン人の命はスパークというものらしいけど、それは死んだらどこへ還るのだろう。分からなくともせめて安らかであってほしい。本当は私がこんな事をしていい立場ではなかったとしても。

「それで、何を悼むというのだ?お前のせいで死んだモノに」
「…………」

歩きながら無造作に、しかしわざわざ狙って的確に投げかけられた言葉。こうやって直ぐにひとの脆く触れられたくない部分へ手を伸ばし、無遠慮にその傷口を広げようとしてくるのだからやっぱり好きになれない。

「お前を救い出し、地球へ送り届けようとしなければ奴等は今頃つつがなく旅を続けていただろうに哀れな事だ。ああ、それともお前にとってはただのお節介と下らん善意で勝手に死んだ阿呆どもに過ぎなかったか?」
「……前者には同意するけど、後者は違うよ。彼らは尊い行いをしてくれた優しくて誠実な人達だ、そんな死者を貶すのは品のいい行為とは思えないけど」
「善人も悪人も評価には値せんな。賢いか愚かか、その二択だ」

お前はどちらだろうな、笑みを孕んだねっとりと重く身にまとわりつくような声音を気のせいだと知らないフリをして、ひとつ深く呼吸する。

「オーバーロード、私に余計な罪悪感を植え付けようとしても駄目だよ。私が後悔して懺悔するのはそこまでで、殺したのは貴方達だ」

振り返って、いっそ睛をそらしたい程に眩い赤を真っ直ぐ見て言い放つ。
彼らは確かに私と関わらなければ死ぬ事はなかった。だから私は悔やむし意味のない謝罪と祈りでその死を悼む。だけど、死んだのは、殺したのはオーバーロードとディセプティコン達だ。そこまでを自分の責任として背負い込んだりはしない。線引きはできている。
一拍の間ののちに厚みのある唇はより弧を描いた。

「成程、このガーラス9で現状最も賢く勇ましいのがナマエ、お前という人間だという事か。まったく、ディセプティコンもオートボットどもも見習うべきだな」

愉しげに笑ってひとりで納得している。とはいえ最もという言葉が、オーバーロード以下の有象無象を指している事くらいは分かるので褒められているかどうかは怪しい。この暴君にとっては、言葉の通じる蟻と戯れに会話をしているだけだからだ。そこまででふとサイバートロン人も人間と同じように死を悼むのだろうかと思ってけれど、愚問だと口を閉じる。そうだったとしても、きっとオーバーロードにはそういった感傷はなく不要なものなのだろうと思ったからであり、たぶんそれは間違っていないからだった。
その数日後、オーバーロードから渡されたモノと彼を見比べていれば「ペットには首輪が必要なんだろう?」のたまったので、そういう、と納得した。私の身に付けている唯一のアクセサリーであるネックレスによく似た出来なので、恐らくこれを元にしたのだろうけど器用な事だ。しかしながらオーバーロードが手ずから作ったとは考え難いので、誰か手先の器用な配下にでも作らせたのだろう。銀色のチェーンだけど素材は銀じゃないんだろうなと思うし、ペンダントトップの鮮やかなピンクの石のようなそれも綺麗だけどなんなのかは分からなかった。これも地球には存在しない鉱物なのかもしれない。
付けていたものを外して、首輪だというそれを付ければオーバーロードは赤いオプティックを愉快げに細めた。




衣食住は一応整っているとはいえ食料は定期的に配給される基本味気ない携帯食のようなもので。食べられるだけマシの食事に、正直これに関してが一番地球が恋しかった。
今なら味のない液体じみた病院食だって美味しく食べられる気がすると思うような毎日のなかである時、オーバーロードに呼ばれて行った先で私は睛を丸くした。部屋へ入る少し前からなんだかとてもいい匂いがすると思っていたけれど、サイバートロン人サイズの卓上へと乗せられた私の前には焼いた肉があった。
どうやって入手したのか、お皿へ乗せられまだほんのり湯気の残る茶色い塊は紛れもなく肉だった。肉だった、けど、なんの肉かと訊くのは怖い気がしてやめておく事にした。身体に合わなくて死んだとしてもまあ、それはそれでオーバーロードに直接殺されるよりはマシかもしれない。ご丁寧にもナイフとフォークに似た食器まである。凄い。なんだかツッコんだら負けな気がしてきた。いただきますと合わせた手を解いて、左右に持つ。随分久しぶりな単純作業は手が覚えているおかげで難なく肉を切り分ければ、綺麗な断面は地球で食べていたものとそう遜色ないように思えた。
ギコギコと、ナイフが肉を通り過ぎてお皿とぶつかる音だけが無音の室内に響く。顔を上げなくとも椅子へ腰掛けたオーバーロードが机の上を、私を、赤いオプティックで見つめている、否、つぶさに観察している事は分かった。
一口サイズになったそれをフォークで刺して、口元に運ぶ。匂いのとおりに、それは思った以上に知っている“肉”の味がして、つい夢中で咀嚼してしまう。人間らしい食事に想像より飢えていたらしい。流石に味付けはされていなくとも肉汁が溢れ旨みが口の中へ広がるそれだけで、今の私には十二分に美味しく感じられた。
ごくりと嚥下して、また一切れ。それを繰り返していれば半分程のところで「美味いか?」オーバーロードが唇を開く。

「……おいしい」

どう答えたものか、一瞬の逡巡のあと結局素直に感想を述べた。

「そうか」

しかしそれに対して反応は酷く薄い。揶揄う訳でも御託を並べる訳でもないその妙な淡白さが少々気にかかるも、何が地雷か分からないところへわざわざ足を踏み入れる趣味はないのでそっと沈黙を選択する。どこかおままごとの人形にでもなった気分と、食事風景を観察される小動物の気分で黙々と全てを完食し終えて、ごちそうさまでしたと水で咽喉を潤す。この後どうすればいいものなのだろうかと次を思案していると。

「お前が金属を喰らえる身であれば、俺の腕の一本でもくれてやったものだがな」

向こうから勝手に爆弾を放り込んでくるのだから、地雷原を気にしたところで無駄なのかもしれない。

「逆に俺がお前を喰らう事が出来ないのもまた忌々しい。有機生命体からエナジョンを生成する装置も存在するとはいえ、お前ひとりでは塵芥にすらならんだろう」

つまらない事だ。退屈そうに言いながらも常に上がっている口端からは本気か冗談かの区別すらつきづらい。とはいえ本気であったらなんの趣味だろうか。きっとこういうのも指す言葉があるのだろうけど、私の語彙には存在しなかった。

「サイバートロン人はエナジョンしか摂取出来ないの?」
「ああ、そうだ。お前が同族であればその身のエナジョンを飲み干す事もやぶさかではないが、やはりそれだけでは退屈だろうからな」
「一応共食いは可能なんだ」
「人間はしないのか?」
「うーん、基本的にはしないね。異常者による猟奇殺人事件になっちゃう」
「人間以外の肉は食料と見做すにも関わらず、同族だけを同じ肉と認識しないとはつくづく傲慢な種族だなお前達は」
「そうだね。ぐうの音も出ないね」
「ソレが人間の肉だったとしたらどうする?」

ソレ。オーバーロードが言葉だけで指したそれは、空のお皿で、さっきまでそこにあって、今は私の胃の中にある肉の事だ。

「……趣味が悪い」

ぐるりと不穏な動きをしかけた胃と、咽喉奥まで迫ったすえた味をどうにか唾液で飲み込んで言えば、オーバーロードはようやく声をあげて笑う。

「心配するな、人間の肉などそう手には入らん。仮にお前がここで食す事になるとすれば、それはお前自身の肉だろう」

クツクツと酷く愉しげに言って無造作に席を立つ。どうやら気まぐれな暴君のお遊びは今回はこれまでのようだ。
私を地面へ下ろして去っていった巨体に、それでも結局これがなんの肉かは分からずじまいだと、そっとお腹を撫でた。




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