には深い夜の色ばかりが広がっている。太陽の光の届かないこの宙域は、数百万年の間の、星の数程の戦争が起こった舞台のひとつに過ぎず、惑星の表面を覆っていた両軍の猛攻による銃撃や爆撃、そしてスパークの放つ光が絶えて久しい。残るのは死に損ないばかりだが、それもまたひとつひとつとその輝きを失っていく。未だ遺体の回収もままならない、そんな終結した壇上へプラウルは降りたっていた。
救助を求める通信が偶々入ったからであり、動けるようなものがそのタイミングでちょうどプラウルしかいないせいでもあった。本来ならばこのような任務に赴く立ち位置ではないが、通信が少々引っかかったのもあった。
助けてくれと。ばけものがいると。そう告げて途絶えたのだ。
サイバートロン人が恐れ慄くような生命体の存在する惑星ではなかったはずだったが、その抽象的な言葉が何を意味しているのか。それが、そういった物言いを好まないプラウルの気に障った。馬鹿馬鹿しいという感想は変わらないが、正体を確かめておかなければ後味も悪い。仲間の救援よりもむしろそちらの方が重要だったのは、戦争の方程式を乱す異物であれば排除が妥当だったからだ。
そうしてプラウルは銃を片手に、未だ硝煙が至る所で揺らめく荒涼とした戦場跡を歩んでいた。通信の発信源まではもう程近いが、見渡す限りスクラップと化した死体ばかりが視覚センサーに情報として映る。
しかし不意にプラウルはその優れた観察眼である事に気付いた。両軍の亡骸がある方向へ微かに、けれど確かに集中しているのだ。
この付近はそう大きな衝突は起きていなかったはずだと瞬時にメモリから情報を引き出しつつ、足先をそちらへ向ける。そのうちにもうひとつの事柄に気付く。両軍問わず増えた死体の多くがプラウルの方に向かって倒れているのだ―――まるで、その先から逃げてきたかのように。
逃げてきた。何からだ。そこで、ばけもの、という単語がよみがえる。
その時、聴覚センサーが痛む程の静寂のなかひとつの音を捉えた。絶え間ない異なる音程は、ややあって鼻歌のようなものだと察する。歌声ではない。ただのひとつの音で紡がれるそれは、まるでこの死の大地に似つかわしくない軽やかなものだった。知らずプラウルは銃を握る手を固くする。近付く程鮮明になるそれの発生源を見つけたからだった。
はじめは岩場の上だと思ったが、直ぐに違うと否定する。エナジョンにまみれ投げ出された腕や足、宙を向くオプティックの輝きの消えた顔の数々。インシグニアはばらばらだ。オートボットもディセプティコンも、その違いなど無意味だと言うように同等に積み重ねられた死体の山。
その頂に、ぽつんと腰かけているひとりのサイバートロン人が、ゆらゆらと揺れながら歌っていた。
整った横顔に、赤いオプティック。細身の機体の背には大きな両翼。瞬時に脳が自動的にデータベースを漁るが、その必要もない程にプラウルはこれが誰か知っていた。恐らくこの死体の山を築いた張本人は、その残虐性に等しくディセプティコンだった。けれど疑問が残った。死体はディセプティコンのものもあったからだ。
ぼんやりと濁った赤はまるで何も映していないようだったが、不意にそれが此方を向いてプラウルはギクリとした。鼻歌が止んでいた事に今更気付く。一瞬前に見たものがまるで幻のように煌々とビビットな色彩を放つ、鮮烈な色のオプティックがプラウルを真っ直ぐ捕らえて、そうして。

「こんにちわ」

へらりと、まるで親愛に満ちた笑顔と声で紡がれた言葉は、プラウルの優れた処理能力をもってしても理解の遅れるものであった。

「あ……ああ、こんにちわ」

何故同じ言葉を返したのか自分でも分からない事に戸惑うも、しかしそんな隙を見せる訳にはいかないと素早く切り替える。何せこのディセプティコンをプラウルは知っていた。自分の敵う相手ではないだろうという確固たる事実に基づく予想として。

「ああ、よかった。やっと言葉が通じる」

嬉しそうに笑って言うディセプティコンは、ナマエはまるでプラウルの持つ銃が視覚センサーに映っていないかのようであり、その様にぞっとするし、やはり何を言っているのか理解に苦しむ。
そんなプラウルを尻目にナマエは自分の周囲を見回して「みんなお喋りする前に攻撃してくるし、囃し立てるばかりでうるさかったから」だから殺したと言わんばかりだった。敵味方問わず惨殺しておいてあっけらかんとした物言いは何処かオーバーロードにも近しく、強者であり狂者なのだろうと判断する。

「ねえ、キミ。ボクが誰か知っている?」

しかし次いで問われた言葉にあからさまに顔を顰めてしまう。何を言っているんだコイツはと思いながらプラウルは吐き捨てた。

「自画自賛に私を付き合わせるな、ディセプティコン」
「んん?ごめん、そんなつもりはないし、ディセプティコンってなに?」
「……動揺させてこちらの思考処理能力を乱すつもりか?そんな小賢しい手を使わずとも私ひとり始末するのは容易だろうに、おちょくっているのか」
「ごめんってば。本当にキミが何を怒ってるのか分からないけど、謝るよ」

軽く死体を蹴って大地に降り立ち、武器も何も持っていない両の手を上げてひらひらと振る様はどう譲歩してもプラウルのオプティックには“おちょくっている”ようにしか映らなかったが、困ったように苦笑している姿は嘘を言っているとも判断がし難い。そこでディセプティコンの言い分を信じようとするなどどうかしていると雑念を振り払う。
しかし現状はそんなプラウルの困惑を待ってはくれない。

「そうだな、ボクが今、自分の名前と戦い方くらいしか分からないって言ったらどうする?」

振り払ったそばからこれだ。いい加減頭を抱えたくなってきたが、照準は合わせたままだ。名前と戦い方しか分からないなど、それではまるで。

「まさか、お前、メモリが破損しているのか?」

思考と同時に吐き出してしまえば、ディセプティコンは「たぶんね、そういう感じだと思う」と自分の事だというのに酷く他人事だ。けれど相対してみれば、ところどころ破損している箇所のある機体の中で、確かに頭部のパーツがいっとう欠けている。頭脳モジュールを損傷し記憶が欠如している可能性に、それならば言動も納得はし難くとも腑に落ちる部分は多いと結論づける。オートボットのみならず、ディセプティコンをも殺害したのは敵味方の区別が今のナマエにはついていないからだ。

「それで困ってるんだ……ねえ、キミについて行ってもいい?」
「は?」

この会話の流れで何故そうなる。そろそろ頭が痛む錯覚をいだいてきた気がして、プラウルは露骨に顔を歪めた。
そんなプラウルの事など一切気にかけた様子もなく、ナマエはにっこり笑って言った。

「キミが気に入ったから。あ、そうだ忘れてた、名前を教えてよ」




ナマエという名を聞いたオートボットの大半は顔を顰めるであろう。
フェイズ・シクサーに名を連ねていないにも関わらず、オーバーロードやシックスショット、ブラックシャドウといった恐るべきディセプティコンと等しい程にその名前は忌避されていたからだ。ポイント・ワン・パーセンターでもないにも関わらず、その小柄な機体に見合わない残虐さ、時代遅れと笑えない俊敏で圧倒的な剣術でもって、数多のオートボットを愉しげに切り捨ててきた異常性さ故だった。
それが今ではどうした事か「プラウル、ねえプラウルってば」コツコツと軽い足音が白い機体の後ろをちょろちょろとついて回る。呼び声を完全に無視し私室へ入っても、扉の閉まる前にするりと難なくその身を通すのだから器用だ。椅子に座りデスクへ向かったプラウルに、ナマエもまたデスクの端へ腰掛ける。そうしても青いオプティックがデータパッドの画面から上がる事はない。

「プラウルってば、まただんまりさん?お喋り好きなくせに」

困ったプラウルだなあと排気する口調には曇った様子などどこにもない。少々存在をスルーしたところで全く堪えていないのは既に理解しているので、やはりプラウルが顔を上げる事もなかった。

「せっかくお仕事終えてひさしぶりに帰ってきたのに、おかえりのひとつもないなんて、プラウルはホント野暮だし上官に向いてないよね。部下って言うのはもうちょっと労わるべきものだと思うよ。たぶん、きっと、知らないけど」

上官も部下もやった記憶ないから、今のはこないだクロームドームがぼやいてた受け売りね。そう続けるナマエに事務官の頃の相棒の姿を思い出し、これに余計な事を吹き込むなと釘を刺しておく要項をブレインに書き込む。

「ほら、プラウル」
「……?!」

そのほんの刹那それた思考の隙間に伸びてきた両手がプラウルの顔を包むと、ぐいと物理的に上げる。予想外の急な動作に首のジョイントへ負荷がかかったのが分かったが、それ以上に直ぐ目前に鮮烈な赤があり思わず空気を呑み込む。

「……デスクに座るなと何度言えば理解する」
「うわあ、もう、そういうとこだよプラウル。なんでたったひとこと言えないかな。あ、でももしかしてわざと長引かせてる?ボクとのお喋り楽しみたかった?」
「そんな訳があるか。部下だと言うのならば上官にたいする行いとは到底思い難いこの手を離せ」
「えー、これはオトモダチとしての親愛」
「ふざけるな」

腕を掴めばあっさり外せるものだから調子が狂う。プラウルの手でも容易に一回り出来る細さが嫌になる。しょうがないなと戯言を吐きながらデスクを降りたナマエの機体にある、真新しい赤いインシグニアをプラウルは苦々しくねめ付けた。
あの時あの惑星でナマエの言葉にプラウルはやはり「何を言っている?私について来るだと?記憶を破損しているお前にも明瞭に説明してやろう、私はオートボットでお前はディセプティコンだ。その紫のインシグニアとこの赤いインシグニアは殺し合う仲なんだぞ」そう正論を捲し立てた。しかし語気の強さに微塵も怯んだ様子のないナマエはきょとりとオプティックを瞬かせ、プラウルが指差した胸元を見下ろして「あ、これ?」今更その機体にあるディセプティコンの証に気付いた様子はやはり事の重大性を欠片も理解しているとは思えなかった。そうしてプラウルのそれは正しかった。
ふうん、と何気ない動作でナマエがインシグニアを力付くで剥がしたからだ。バキリと嫌に小気味良い音がプラウルの聴覚センサーに響いた。己のスパークケースを削って作ったであろう、手にしたそれを呆気なく投げ捨て、ナマエはプラウルに視線を戻して、そして、笑った。

「これでいいかな?」

あまりにもこの場に似つかわしくない明るく無邪気な笑顔に、プラウルはスパークが凍てつくようだった。それでも辛うじて「……なんのつもりだ」絞り出す。それにナマエはやはりオプティックを瞬かせると「あれ?これじゃだめ?他にボクをそのディセプティコンたらしめる証はないように思うけど、記憶もないし、ないないだらけならいいかなって」何がいいかななのか、プラウルには全く理解も出来ないし理解しようとも思わない理屈に、言いようのない感覚が背筋を這う。それが一種の恐れだと認識し即座に否定する。頭のイかれた存在と対峙しているからだと処理する。
だから虚勢混じりに「……そんな事をしたところで、オートボットになれるなどと思わない事だ。お前のような者は精々ガーラス送りが妥当だ」吐き捨ててやってもナマエは「ガーラス……ガーラス……あ、なんか、それは知ってる気がする。あれ、あの、刑務所?みたいなやつだ」みたいなではなく、でしかない曖昧な記憶を披露出来て嬉しそうにしている。
しかし不意に「ん、でも、それは嫌だな。つまらなさそうだ」ひとり納得したように呟くと、地を蹴った。プラウルが反応し、引き金にかけた指へ力を込めようとした時には既に遅く、鮮やかな赤は目前に、顎のパーツの下には固い感触があった。
一瞬で距離を詰めたナマエがプラウルの手ごと銃口を上げ、その照準を彼の大脳モジュールが射抜ける位置に固定した後だった。
間近で見ればやはりどこまでも澄んだ赤は眩しい程に輝いている。弧を描く事もなく「これで今キミは死んだ訳だけど、戦争をしてるみたいだし、どうせならボクみたいな駒は使った方が有益では?」じっとプラウルの青いオプティックを覗き込んでのたまうナマエの言葉に、やりたくなくとも有益不利益の天秤のバランスをブレインが弾き出そうとする。戦略家の悲しい性だった。言にガーラス送りにするのなら今ここで殺すぞという脅しに屈した訳ではないが、天秤の傾いた結果プラウルは「……分かった」重い排気とともに渋々了承の言葉を吐いたのだった。
それを受けた途端「やった。ありがとう。んー……うーんと、えっと、まだ名乗ってもらってないのは不便だよ。あ、ボクはナマエ」パッと手を離して解放すると一歩距離をとってはしゃいだように告げてくるのだから、プラウルはそろそろ考えるのをやめたかったし、自室であればデスクをひっくり返しているところだった。
しかしどちらも出来ない現状にただ「プラウルだ。覚えておけ、駒だと言うのならばお前の使い手はこの私だと」高圧的に吐き捨てても、やはりそれはどうにも迫力に欠けていて、プラウルはこの惑星へひとりで降り立っておいてよかったと苦く思ったのだった。
そうしてナマエを一応拘束し連れ帰ったプラウルは、息のかかった者にリペアおよび脳へ抑止チップを、オプティックにカメラを埋め込ませ、クロームドームに頭脳モジュールへ接続させた。
破損していた箇所は綺麗に直ったが、ディセプティコンの機密情報を探るための“施術”を終えた記憶臨床医は「駄目だな。確かに綺麗サッパリ消えている。少しずつ復元される可能性もあるだろうが微々たるものだろうさ」残念だったなとプラウルの肩を叩いた。
起動したナマエは綺麗に修復された機体に喜び、プラウルが怪しい真似をすれば埋め込んだチップでその頭を吹き飛ばすからなと脅しても笑って軽く了承しただけであった。この能天気なツラをどうすれば歪ませられるのか、プラウルはこの時点でナマエの相手をすればする程己の機嫌が急降下するだけだと身に染みていた。
重要な部屋に入る権限も与えず情報にアクセスする事も禁じ、基本任務に次ぐ任務。オートボットの部隊へ紛れさせる訳にもいかず単独行動のそれをこなして、大なり小なり負傷しながらもナマエは必ずただいまとプラウルのもとへ帰ってきた。

「油を売っている暇があるのならばさっさと報告書を仕上げてこい」
「はいはい。まったく仕方がないな」

どれだけ冷淡に言い放とうがまるでこちらの方が困ったやつだと言わんばかりの反応には忌々しさしか湧かないが、ようやく諦めたのかナマエはあっさり背を向けて去って行った。しつこい割に嫌に引き際がいいのも癇に障る。否、ナマエの存在そのものが目下プラウルにとって大きなストレスそのものだった。適当に理由をつけてさっさと起爆スイッチを押してしまえばいいのかもしれない。そう思って、しかし、ナマエという駒は腹立たしくも酷く有用であり、通常オートボットに下せない、それこそレッカーズに下す事すら躊躇うような事案を処理させるにはあまりにも使い勝手がよかった。
それでもふとした瞬間、まるで切れ過ぎる刃物のようにナマエの存在はそれを持つプラウルの手を怯ませた。

プラウルの私室を後にしたナマエは与えられた部屋へ戻る事なくふらりと通路を歩んでいた。あまり人目につかないよう言い付けられているおかげで、誰にもその影すら見つからず移動するのも手慣れたものだったが、不意に「―――ああ、ああ、仕事は終わったからな、直に戻るよ」聞き慣れた声が聴覚センサーに引っかかりそちらへ足を向ける。
ちょうど通信を終え、エンジェックスを一口といった風の肩を軽く叩けばおもしろい程機体がびくりと跳ねた。

「こんにちは、クロームドーム。今のはキミのイイヒト?」
「なんだお前か、突然現れるなよ。それにお前には関係ない事だ」
「キミまでつれないなんて寂しいな。プラウル以外でまともにお喋り出来るのクロームドームだけなのに」
「こっちはやっと解放されてせいせいするさ」

言いながらも棚から別のエンジェックスを取って渡してくるので、プラウルと違ってなんだかんだ親切なんだよねとナマエはありがたくグラスを受け取る。

「どこかに帰るのかい?」
「俺はキミアに居たのをお前のせいでアイツから呼び出しくらったんだよ。プラウルのヤツ、お前の施術が済んだ後もちょうど良いからって仕事押し付けてきやがって」

フェイスプレートと黄色いバイザーのおかげで表情は分かりにくかったが、それでも声音からは十二分に辟易とした様子が伝わってくる。しかしその物言いは親しさの表れでもあるとナマエは感じとり、彼等の付き合いが長いであろう事を察するのにも事足りた。
クロームドームはクロームドームで、顔を合わせればやたら親しげに話しかけてくるこの元ディセプティコン相手にどう反応したものかは未だに決めあぐねていた。
キミアで科学者として、捕らえたディセプティコンの施術の途中で奪還しにきた部隊に腹部を撃ち抜かれるという事もなく、比較的平和に過ごしていたというにも関わらず久しぶりの案件に引っ張り出されてきてみればこれだ。正直拒否したかったがそれなりに後ろ暗い事も周知の仲では引き受けざるを得ない。リワインドに小言とともに見送られたが、キミアへ帰還すればまた小言とともに迎えられるのだろう。施術に反対なコンジャンクス・エンデュラの事を思い浮かべていれば、ナマエはエンジェックスを飲みながら「わあ、お疲れだ」とあまりにも他人事の物言いが少々腹立たしい。

「でもクロームドームが帰ったら寂しくなるよ。プラウルってば最低限の接触以外許可出してくれないから」

そもそもクロームドームとの会話許可も出されていなかったはずだが、今回の事をプラウルと情報共有しているほぼ唯一の存在として接触しても可だろうと、勝手にナマエの中で位置付けられているに過ぎないそれを指摘するのはもう諦めている。
医療ベイのオートボットはボクと会話とかしてくれないしさ、そう退屈そうに排気するナマエはこうして見ていてもとてもではないが悪名高いディセプティコンには思い難い。流石に初見で施術をする際はこれがと少々緊張したものだが、それもとうに薄れてしまうくらいには明るく人懐こい様子で気さくに話しかけてくるせいで、度々気を引き締めないといけないくらいであった。幾ら今その機体に見慣れた赤いインシグニアがあろうと、ディセプティコンらしくない性格であろうと、これはオートボットではないという得体の知れない感覚がふとした瞬間首をもたげてやまないのだ。
既にプラウルの命令で数多のディセプティコンを、ほんの少し前まで同胞だったモノを葬っているだろうに、帰還直後に顔を合わせてもあっけらかんとしている様はどこか脊髄のパーツを冷やすようだった。記憶がないから、そう言ってしまえば簡単だが、恐らくオートボットの始末を命じられた後でも同じ顔をしているだろう事は想像に難くなく、親しげな様子でクロームドームを殺す事もまた容易いのだろうという、そう事実と違わない予測からくる悪寒だった。このサイバートロン人の前では一種、全てのスパークが平等なのだ。
戦中であっても殺人にたいするこの抵抗のなさは異様であり、だからこそその名は忌避されているのだ。果たしてはじめから“そう”であったのか、ディセプティコンに所属してから“こう”なったのか。クロームドームには知る由もなかったし、記憶が欠如した今それを知る術も現状ない。メガトロンにでも訊けば分かるのかも知れないが、と甚だ非現実的な事を考えながらクロームドームはあらためてしみじみとこの一見人畜無害なサイバートロン人を眺めた。
とはいえ、何を思っても最終的にはプラウルのヤツ厄介なものを拾ってきやがってという悪態に繋がるのだが。

「しかしお前もよくアイツに従順だな。幾ら逆らえば頭が吹っ飛ぶとはいえ」

テーブルに頬杖をつきながら何気なく問えば、ナマエはその鮮やかなオプティックを瞬かせる。

「えええ、それは関係ないよ。コレがなくてもボクはプラウルの駒に変わりはないからね」

コンコンと軽く指先で自分の頭部を叩くナマエの笑顔が、そこに確かに己の生命を脅かす物体があると理解していてなお浮かべられているという事実もまたクロームドームには理解し難かった。恐怖心というものが欠如しているのではなかろうかと思う程だ。

「どうだか」
「クロームドームも疑り深いな。そういうとこキミのイイヒトに嫌がられない?」

先の通信をほんの僅かしか聞いていないだろうに、察しの良い部分もやはり油断ならない。突き放しても懲りないのは天然なのか態となのか、どちらであっても違和感はないあたりがどうにも捉え難く、だからクロームドームは素気なく「ほっとけ」と言うに留めた。
だというのに、ナマエは真っ直ぐクロームドームを見つめたまま。

「駄目だよ。大事な相手は大切にしないと」

そう正論を酷く真面目に告げてくるものだから、返答に遅れる。その隙にいつの間に飲み干したのか、ごちそうさま、エンジェックスの空になったグラスをテーブルへ置くと踵を返す。

「じゃあね、クロームドーム。バイバイ」

軽やかに言って去って行こうとする背に、何故だか咄嗟に別れの挨拶ではなく、それならなんで従うんだ、そう問いかけており。クロームドームの疑問を受けてナマエは「うーん、内緒」やはり明るく笑って言ったのだった。




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