それなりの年月を経ても、未だ一向に戦争の終わる気配はなく、ナマエの手はエナジョンにまみれ続けた。
汚れ仕事にも関わらずそれを受けるナマエは変わらず「分かったよプラウル、行ってくるね」そう笑顔で去っていき「ただいま、プラウル」と笑顔で帰ってくる。それにたいしてプラウルは、さっさと行けと追い出す事はあってもおかえりと出迎えた事は一度もなかった。
常に策略を巡らせるプラウルの忠実な駒としてのナマエのせいで、依然としてその手が起爆スイッチを押す事はなく、オプティックに仕込んだカメラにも押すに足る材料は何も映ってはいなかった。スパイの可能性すら低いままだ。いっそそうであった方がどれだけ、と気を揉む程にナマエはただただ駒に徹していた。
クロームドームの去った現状ではナマエがまともに会話をするのはプラウルだけであったが、その孤立に身を浸していてもその笑顔が曇る事はなく。思えばディセプティコンにいた頃も、恐らく特別親しいような相手はいなかったのではなかろうかと想像させるものだった。オートボットと異なりメガトロンを頂点に戴いているとしても、個人主義のかたまりのような集団だ。おかしな事ではない。参謀の面々も、フェイズ・シクサーも、DJDも、誰も彼もがある程度味方を殺す事に躊躇がなかった。
そうして、その気質のままのナマエはやはりどれだけ経とうがオートボットとしてはあまりにも異質だった。
オートボットを理解していてそれでもその枠組みに入ろうとしていないようにも見えるそのせいで、プラウルの警戒はナマエがどれほど命令に従順であろうが薄れる事はなかった。なにより腹立たしいのは、ナマエがそれを理解していてプラウルに笑顔を向けてくる事だった。
思いながら自身の機嫌が下がっている事に気付き、あらためるとプラウルは手慣れた動作でナマエを呼び出す。しかし幾ら個人回線に通信をかけても一向に繋がる様子はなく、プラウルはあらためたばかりの機嫌が降下するのを自覚しながら顔を顰めると、扉へ向かった。
人気のない廊下を歩むスピードは競歩といってもいいものであったが、それを指摘するような命知らずもいない。奥まった、誰も用事のない部屋ばかりが並ぶ一角にナマエの私室はあり、それを唯一知るプラウルは容赦なく扉を開いた。

「おい、ナマエ、何故通信に出な、い……」

開くと同時に詰問する声がけれど尻窄んだのは、薄暗く何もない殺風景な室内に唯一ある充電スラブへ身を横たえたナマエが静かに眠っていたからだ。
深いスリープ状態にあるのだろう、プラウルが近付き様子を伺っても一切の反応もない。普段煌々と眩い赤も、今はまるではじめて会った時のように暗がりに沈んでいた。

「…………」

あれだけ姦しい唇も閉じられ、聴覚センサーの感度を上げてようよう分かる程の駆動音がするだけであり、死体と見間違えてもおかしくはない嫌な静けさを湛えている。死体であればどれだけ。一瞬過ぎった思考のままプラウルもまた無言で華奢な機体を見下ろす。殺してしまえばいいのだ。幾ら有用な駒であっても、どれだけ保険を積み重ねても、生きているというだけでいつ爆発するかも知れぬ爆弾のような存在はいっそ無い方が気が休まる。
スキッズやゲッタウェイに命ずるよりもなお後ろ暗い任務の事も、ナマエの記憶が復元される事も、プラウルの精神に負荷をかけたが、それ以上にナマエという存在そのものが忌避感を助長してやまない。その強さは一種のバグに似た、偶然の産物に等しい。フェイズ・シクサーのように理由と原因のあるものではないのだろうと、プラウルは自身の予想の正しさに確証を持っていた。であれば処分するにもなんら問題はない。裁判にかけたとて判決は想像に難くない。
プラウルにとってナマエを殺さない理由がなかった。
だというのに、未だに機能停止していないこの元ディセプティコンはなんだというのか。己の、と、そこまででプラウルは無理矢理ブレインサーキットの回転を止める。意識しておこなったせいで熱をもったが、直ぐに冷めると捨て置く。
そうして、僅かな逡巡ののちにプラウルはナマエの私室を後にした。

それから数サイクル後、プラウルの元へナマエがおはようとやってきた。起動して残っていた通信のログに気付いたのだろうが、そのままかけ返すのではなく直接足を運ぶのもいつもの事だ。傍受の可能性を配慮してではなく、以前問うた際の「プラウルの顔を見て話したいから」という返答が理由だとも知っている。信じているかは別として。

「ごめんよ、プラウル。思ったより寝てしまった」

相変わらず謝意のない謝罪を口にしてデスクを挟み立ち止まるナマエを睥睨するも、やはり気に留めた様子はない。
それにプラウルは原因が自分にもあると理解していた。任務に次ぐ任務を言い渡してもナマエが苦言を呈する事なく引き受けるのもあり、あまり休息をとらせていなかったせいだからだ。過重労働はナマエも分かっているだろうに、常に薄く上がった口角の唇からはそういった文句がひとつもこぼれた試しがないと今更気が付いた、いだかなくともいい後ろめたさによるものだったが、この様子ではやはり気にするだけ無駄だろうと切り替える。
いつものように簡潔に今回の任務についてプラウルが説明すれば「ん……うん、了解」ナマエもまた自身のブレインに刻んだ後にこりと了承する。

「でも、今回は楽そうだね。はやく帰ってこられそうだ」

嬉しそうに紡ぐナマエには、既につつがなく任務を完了するまでの算段が容易にシュミレートされているらしく、ブレインサーキットの回転の速さは優秀さと直結していた。
そうして説明するのに使用していた宙域の図を指差す。

「確かこの近くの惑星って賑わってたよね」
「そうだが」
「じゃあ、帰りに寄ってエンジェックス買ってくるから、プラウル一緒に飲もうよ」

それがどうしたと返す前に嬉々として告げられた提案に、瞬時にプラウルは己の頭部できゅるきゅると回転が速まる音を聞いた。それはごく僅かな音であり、他者には聞こえないものだ。恐らく断ったとしてもナマエは変わらずたいして残念でもない顔で「残念」とこぼすだけなのだろう。
幾度冷たく突き放されようが、ナマエのプラウルに向けたスタンスが変化した事はない。プラウルがどう答えたところで、ナマエに影響を与える事がないその事実が無性に不愉快で、呆れたように深く排気した後「いいだろう」そう答えた。

「え、ホント?やった!じゃあイイヤツ買ってくるから、プラウルちゃんと燃料吸入制御チップは切ってね?」

まさか提案を受け入れられると思っていなかったのだろうナマエは驚いたようにオプティックを瞬かせるのも束の間、直ぐに喜色に染めてその場でくるりと身を回す始末だった。
その際に背におわれた大剣を見て、プラウルは何故ナマエがこれを自分に向けてこないのか、これもいつまで経っても不可解なままだと思考がそれる。ナマエにとってもプラウルを殺さない理由などないだろうに。

「分かったからさっさと行ってこい」

それでも口が思考とは全く関係ない言葉を流暢に吐くのも慣れたものだ。

「楽しみだな。じゃあ行ってくるよ、プラウル」

プラウルのスパークの内など何も知らないであろう、にこやかに笑ったままそう言うナマエを見送るのも、もう慣れたものだった。




ナマエのシュミレート通りに、簡単な任務だった。
それはあくまでナマエという個体を基準にしたものであったが、そんな事は関係のない機体はエナジョンの滴る大剣を一閃して綺麗に払うと慣れた手つきでもとの背に戻す。どれだけ同族を斬り殺そうとなんの感慨もない。ただ哀れだとは思った。戦争へ身を浸すサイバートロン人という種族全てが。自分には性に合っているのだろうが、思ってナマエはあの冷徹な戦略家はきっと合っていないのだろうなと白い機体をブレインに浮かべた。
しかし、しかめつらしか出てこなくひとりで笑う。ナマエは一度もプラウルの笑った表情を見た事がなかった。皮肉気に片方の口端を器用に歪めるのは知っているが、それだけだ。
クロームドームなら見た事があるんだろうか。いつか機会があれば訊いてみよう。そこまでで、この惑星まで乗ってきたひとりようの小型船までは距離があるから飛んで行こうかと思考を切り替える。風を切って飛ぶのは心地が良い。これも見た事はないが、プラウルは車に変形するのだろう事はタイヤや窓で明白だ。
いつか並走してみたかったが、そんな未来がこの先あるとも思えなかったので夢想だけを楽しみながらオルトモードに変形しようとした時、機体へ不意に影がさす。雲かと思ったが違った。ナマエの遥か上空に大きな船があったせいだった。
棘のような鋭利なシルエットにナマエは即座に変形し逃げるべきかと思ったが同時に別の事が浮かび、結局足を止めたまま首の配線から頭部に指を入れた。サイズが違い過ぎるため、飛んで逃げたとしても恐らく追いつかれるであろう事は分かっていた。
そうして眺めていれば船は地上へ着陸し、開いた搭乗口から機体が現れると変形する。

「ああ、今日はなんと良き日だろうか。このような辺境の惑星でリストの上位に出会えるとは」

同族であるサイバートロン人、インシグニアはディセプティコンだとナマエが確認するまでもない。それを模した仮面を被った暗い色の機体が唄うように言って前へ出ると、死体の傍に突っ立ったままのナマエをその視線で捉える。

「こんにちは、ボクの事をご存知みたいだけど、ごめんよ。記憶がなくてね、キミ達の事は知らないんだ」

困ったように肩を竦めながらも、全員を見渡す。誰も彼もが特徴的で一度見れば忘れない機体の持ち主ばかりだった。

「成程、それでメガトロン様を裏切ったという訳か。なに、心配は不要だ。我々DJDの事を知ろうが知るまいが、君の末路に変わりはないのだよ」
「それって、裏切り者は粛清するってやつ?御大層な事だなあ」
「粛清よりも崇高だとも。ナマエ、輝かしい来歴を持つ君の苦痛に満ちた死はディセプティコンの礎になり、職務を遵守する正しさを知らしめるのだ。これ程栄誉な事もあるまい」
「うーん、ボクはそういう栄誉には興味ないかな」

仰々しい物言いをあっさり断るが、見逃してはくれないんだろうなとナマエは既に隙なく対峙しており、それを相手もまた理解していた。気付けば少しずつナマエを囲うように散開している。数の多さはナマエにとっては本来あまり意味をなさないが、今回は異なる。相対する全員がそれなりの強者である事は分かっていた。特にリーダー格の仮面の機体は強化されたそれだ。
仕方がないか、そうふっと力を抜くと背から剣を引き抜く。はやく帰れそうにないなと思いながら地を蹴った。

空気を震わせる音とともに放たれた電撃を避ける。しかし翼の先を掠めたそこから痺れるようで、どれだけの電圧なのだろうと暗い眼窩を見るが、避けた先で多腕に掴まれそうになって剣で斬り捨てる。胴体の中心に空いた穴へ放り込まれれば最後、機体が粉砕されるであろう事は想像に難くない。息つく間もなく、融合キャノンから放たれた紫の光を辛うじて避けるも、死角から迫った巨大な拳の一撃に華奢な機体は吹き飛ばされた。

「……っぐ、ハ、はあ……ひどいなキミ達、まったく容赦がないんだから」

ひしゃげた胸元に圧迫されるよう口内に溢れたエナジョンを、欠けたパーツごと吐き捨てて困ったように笑って言う。

「ふむ、ナマエと言えばフェイズ・シクサーにも劣らない優秀な兵士である、という事実を鑑みた敬意に過ぎぬと思えば光栄だろう?」
「ははっ、その割に憎悪にまみれた攻撃だけど」

特にキミ。仮面を指して言ってやれば、その奥でオプティックが笑みのカタチに歪んだのが分かった。

「当然の事だ。奴等の反抗と同等に、君もまたそのインシグニアを付け生きているだけで万死に値するのだよ」

成程、忠義者、否、熱烈な信者だことで。そうひとりごちて、手の内で剣の柄をくるりと回す。
ナマエの武器が剣のせいで基本は電撃と銃撃で距離を保ち、誘導した先で近接に持ち込まれるパターンはじわじわと削られる。しかし近接ではナマエの剣の餌食になる可能性も高く、それも加味してか深追いはせず、そちらに割いた意識を縫うようにまた銃撃が襲ってくるのだ。攻撃のひとつひとつが強力であり、あまりくらいたくないと避けているが、それも限界がある。
どうしたものかなと思う間にまた繰り出される攻撃を避け、方向を急激に変える。無理な負荷が足にかかったが、ナマエの俊敏さを存分に生かしたスピードで一気に距離を詰めた先、驚く気配も一瞬、電撃を放とうとするのをその腕ごと断ち切る。悲鳴とともに細身の腕が宙を舞ったが、胴体の方の傷は些か浅かった。致命傷ではない。瞬時に判断し、機体を捩るが、剣で受け損ねた砲撃が左肩を直撃した。

「っあ、」

土埃を立てながら踏ん張って体勢を立て直し、そのまま飛ぶと少し離れた岩場へ降り立つ。当たりどころが悪かったのだろう、焼き切れた神経系からバチバチと火花が散り、左腕がうまく動かない事を察する。
運が悪い。思って追撃を片手で剣を薙ぎ弾いた。

「素晴らしい。我々を相手にその善戦、惜しくてたまらないと同時にあまりにも忌々しい……が、欺瞞を許すな、なによりもそれが赦し難い」
「……欺瞞、ね。なんのことだか」

戦車から変形を解いて語られる言葉にとぼけるが、ナマエにはもう既に次に紡がれる言葉は予想がついていた。

「記憶がない、というのは嘘だろう?いや、そうであったのかもしれぬが、今はもうそうではない、と述べた方が正しいか」
「…………」
「君のその戦い方、誤魔化しているようだがこの私は欺けなかったようだ。我々の戦法を知っている動きだと」

指摘にナマエは無言でいたが、ややあってから深く排気すると。

「ご名答。さすがディセプティコン司法局のターンだ」

左腕がきけば拍手をしていたであろう軽い口調で、笑って言った。

「でも、ごめんよ。DJDのリスト入りは当然だろうし、キミ達に殺されるのは、まあ、仕方がないかなとは思ったんだけど、やっぱりちょっと嫌になってしまった」
「我々が逃すとでも?ようやく君に音楽を聴かせてあげられそうだと、喜びに満ちてきた頃だというのに」
「天球戯曲は遠慮しておくよ。ただ、ご明察だけど、それよりも他にもっと気付いた方がいい事があったかな」

両翼だけは死守しておいて良かったと、ナマエは思った。この場所と位置は最適だ。

「何を言っている」
「うん?いいや、ごめんよ」
「今更赦しを乞う気か?既に堕ちた名誉をこれ以上乏しめず、潔さをみせてほしいものだが」
「違うよ、今のはキミ達に向けて言ったんじゃない」

DJDのメンバーの位置するその中心部に“あるモノ”を戦闘中ナマエ以外の誰も気に留めていなかった。
ピースフル・ティラニーを目視した瞬間から計算していたのだ。攻撃を避けながらそっとその場所に集中させておいた、ナマエが切り捨てたオートボットの遺体。主に上半身のそれは、そこにあるのはまだ収縮しきっていないスパークだ。
そうしてもうひとつ、起爆剤を仕込んであった。
言い終わるよりもはやく、ナマエが剣を投げつけた瞬間チップが爆発し、その衝撃でスパークが連鎖的に大爆発を起こす。この程度で殺せはしないだろうが、時間稼ぎくらいにはなる。
DJDの姿が爆炎に巻き込まれ見えなくなったその隙に、ナマエは自分の眼窩へ指を突っ込むとオプティックを引き摺り出した。数多の配線がブチブチと千切れる度に激痛が襲ったが、手の内に転がった一対の赤を爆炎に投げ捨てると、痛む機体を無理矢理オルトモードへ素早く変形させそのまま飛び去ったのだった。




所用を終えたプラウルは私室に向け歩んでいた。
そのブレインサーキットには変わらず様々な事柄や策略が目まぐるしく処理されていたが、不意に停止する。はやく帰ってこられそうだと笑ったナマエの予想の日程はとうに過ぎている。しかしそれの持つ意味合いをプラウルは知っていた。だから辿りついた私室の扉を開けた先に、そのオプティックを瞠った。
明かりを消していた薄暗い室内に、バチリと火花が散る。デスクへ腰掛け、手の内で卓上に置いていったプラウルの銃を弄びながらぼんやりと俯いていた顔が向けられたが、そこに鮮やかな色はなかった。
そうして。

「ただいま、プラウル」

ナマエが笑って言った。
医療ベイに寄っていないのだろう、はじめて出会った時のような機体の酷い損傷具合も相まって、一瞬、積み重ねられた死体の上、深い夜の色を背負っている錯覚をいだくが明かりをつける事によって掻き消す。

「……勝手に私の部屋へ入るな」

鋭く言いながらもプラウルはどうしてだかそこから動けないでいた。デスクから降りろと言い、椅子に座り変わらぬ立ち位置をとればいいにも関わらず、それが出来ないでいるとナマエが「驚いた?カメラも捨ててきた甲斐があったかな」と楽しげに言う。
しかしその声よりも、ナマエの機体内部でショートする音と摩擦音が混在して酷く耳障りの悪い音色を奏でている方が、プラウルの聴覚センサーへ嫌に明確に響いているとナマエが続けた。

「ごめんよ、プラウル。キミはボクがDJDに処刑される事を望んでいたのだろうけど、キミの隣が心地よくて帰って来てしまった」

困ったように笑って言われた言葉にスパークが凍てつく心地だった。
思わず無言を返したプラウルにけれどナマエは口元を優しく緩めるだけだ。

「プラウル、キミはDJDが居ると分かっていてボクを向かわせたのだろう?」
「……私が気が付いていると、いつ気付いた」
「割と前かな。プラウル、分かりやすいから」

どこまでもナマエの声音は静かで穏やかで、その唇も普段と同じように薄く笑んでいるままであり、そこからはおおよそプラウルに対する怒りや憎しみは感じとれない。

「チップも逃げるのに使ってしまった」
「……外せたのか?」
「ボクってば意外と器用なんだ。次は絶対に外せないようにしないと駄目だよ?」

冗談ともつかない言い種はしかし、そうではない事くらいプラウルは既に知っていた。同時にならば何故だと怒りが込み上げる。その衝動のまま「そんなインシグニア、お前には剥がす事など容易だろう」吐き捨てれば、ナマエがエナジョンの滴る跡の残る暗い眼窩でプラウルを見つめたままデスクを降りると、歩んでくる。

「そうしてほしかった?」

視覚センサーが機能していないとは思い難い程あまりにも軽やかに、気付けば眼前にあったそのおもてに、刹那鮮やかな色をみた気がした。しかしその間に手に硬いものが押し付けられ、咄嗟に握ってしまう。指に馴染む慣れた感触にハッと我にかえったプラウルへ、ナマエが微笑んだ。

「プラウル。ボクを殺したいのなら、キミが引き金をひくべきだ」

そうしてボロボロな胸の装甲をバキリと剥がすと、プラウルに握らせた銃の先端を掴みそこへ捩じ込ませる。
この距離であればスパークを撃ち抜く事は酷く容易だろう。
ナマエの生命が今己の手の内にあるという事実をまざまざと突きつけられ、プラウルは。

「―――いい加減にしろ!お前の戯言に私を付き合わせるな……ッ」

銃ごとその機体を振り払った。衝撃にナマエがたたらを踏むが視覚センサーが使えない今、他の感度を最大限にしているのだろう、崩されたバランスは直ぐに元へ戻る。

「……そうか、うん。プラウルがそう言うのなら、それでいいよ」

ひとつ小さく排気するナマエはやはり緩く口角を上げたままだ。その表情が悲嘆や憎悪にでも染まっていればどれほど、思うプラウルを他所に「そういえば、こんなだからエンジェックス買いそびれてしまったな。ごめんよ、プラウル。飲み会はまた今度ね」困ったように言って、プラウルの横を通り過ぎようとする。
その腕を咄嗟に掴んでいた。

「―――何故だ。何故お前は、」

急な負荷にナマエの肩にある破損部からバチリと火花が散る。ぴくりともしない腕は動かす事が出来ないのだろう、静かに手の内にある細さが嫌になった。
ナマエはプラウルの方を向かないまま、珍しく沈黙を保っていたがやがて、そっと自分の腕を掴むプラウルの手に触れる。

「一目惚れだって言ってもキミは信じないだろう?」

それは聞いた事もない程に静かな声音だった。

「……馬鹿馬鹿しい。理論的ではないにも程がある」

しかしそれを受けても結局プラウルの唇は憎まれ口しか叩けない。否、それ以外出せなかった。だというに、ナマエはプラウルに顔を向けると明るく笑う。

「ほら、そういうのを野暮って言うんだ。知ってるかいプラウル、こういうのは理屈じゃあないんだよ」
「うるさい死に損ない。さっさと医療ベイへ行ってこい」
「はいはい、分かったよ」

引き留めているのはプラウルの方だというのに、それを指摘しないまま素直に頷くナマエの腕を離す。酷く名残惜し気な指先を決して知られないように。
そうして、ナマエを追い出した室内でひとり、途端に静けさが聴覚センサーをひやりと撫でるなか。

「……よく知っているさ」

誰も拾う事のない音だけが小さく落ちていった。


20231031

- ナノ -