恵ちゃんが死んだ。
八月十五日のことだった。その少し前に行方不明になって、ちゃんと見つかったけどそれから数日後のことだった。
同い年の恵ちゃんはこんな村なんて嫌いだと、絶対に都会に行くのだとよく言っているせいか、越してきたわたしに一番に話しかけてきたのは彼女だった。たぶん恵ちゃんはわたしみたいなタイプとは合わなかったんだろうけど、彼女に聞かれるままに都会の話をするうちにそれなりに仲がよくなっていた。わたしは恵ちゃんの歯に衣着せぬ物言いが、わりと好きだった。あそこまではっきりと自分の意思表示をできることが、羨ましかったのかもしれない。年の近い子が少ない外場村の中でも、学校以外では家にいることの多いわたしが喋るのは恵ちゃんくらいだった。
だから、その訃報を聞いた時わたしは耳を疑った。確かに、見つかったあと彼女のお見舞いに行った時は普段の恵ちゃんとは思えないほど静かに、ただベッドの中で眠っていた。だけど、その前の日に顔を合わせた時はいつもどおり元気だったから。だから、きっと一時的なものだと、そう思っていたのに。



朝から雲ひとつない青い天に、高い位置にある白日が容赦なく照りつけている。制服に着替えたわたしは日傘を手に、母とふたり恵ちゃんのお葬式に向かった。
その道中で、先日も確か山入の方で三人亡くなっていたと、新聞のちいさな記事になっていたことを思い出した。今年は、そういう年なのかな。彼女の家に近付くにつれて、黒服に身を包んだ人達が増えてくる。鯨幕を目にしてもまだ実感は湧かなかったけど、花の飾られた祭壇に棺、そうして笑顔の眩しい恵ちゃんの遺影写真に、ああ、この長方形の箱の中にいる彼女はもうこんな顔で笑うことがないのかと思って、ようやく死というものが身に染み渡った気がした。高校を卒業したら、絶対に都会の大学に行くって、そう、言っていたのに。それも、もう叶わないんだ。お洒落が大好きで、すごく健康的で明るかった彼女が、こんなわたしなんかより先に亡くなるなんて、ほんとに思ってもみなかった。
葬儀は滞りなく終わって、野辺送りの列の中。周囲の人々に悲しみや故人を悼むような重苦しさはなく、口々にあることないこといろんな言葉が飛び交うのを耳にしながら、ただ銘旗がはためくのを傘越しに見ていた。外場村に火葬場はない。それはひとえにここではまだ土葬の風習が根付いているからだった。
村に多く生える樅の木で、昔から卒塔婆をつくっていたせいなのだろうか。よく分からなかったけど、ただ墓穴は樅の林の中にあって、薄暗い地面に点々と在る卒塔婆はそこに死者が眠ることを示している。だからだろうか、わたしは室井さんのエッセイの一文を思い出していた。

村は死によって包囲されている。

普段意識したことはなかったし、それを読んだ時も特になにを思うわけでもなかったけど、いまになってその言葉と意味の重みがようやく理解できた気がした。今日もずっと人々の前に立つ室井さんは、普段からこの光景を見ることが、死に触れることが多いからそういう考えを抱いたのかもしれない。
大きな穴に棺が納められ、湿り気をおびた土塊がかけられてゆく。幼少時に、父方の祖母が亡くなった時は火葬だったから、なんだか不思議な気がした。この暗い穴の中で、人ひとりの肉体がゆっくりと時間をかけて腐敗し朽ちてゆく。わたしもこの村で死んだらこうやって埋葬されるのだろう。死んでしまったら火葬も土葬もわたしには関係ないけど、以前耳にした、起き上がりという言い伝えにも、なんだか納得してしまった。
あの綺麗に整えられた亡骸が、荼毘に付されることもなく、ただ生前と変わらない肉体を持ったまま埋められることをこうして見ていると、確かに起き上がってきてもおかしくはなさそうに思えたからだ。
だけどそれが言い伝えであることのように、ゾンビや吸血鬼が空想上の生き物であることとおなじで、死者が起き上がるなんてことは、やっぱりないのだろう。



今年の夏も、暑い。朝は五時過ぎにはもう天が白けはじめて、日が暮れるのも遅いおかげで瓦屋根は熱を蓄え夜だって少し蒸し暑い日がつづいていた。
だからだろうか、八月も終わり夏休みが明けて新学期になっても、訃報は絶えることがなかった。名前を聞けば顔が出てくる人から、名も知らない村の住人まで一様に。そのおかげで、ここ暫く母や祖母はずっとばたばたとしていた。幸い、という言葉すら憚られるけど、まだわたしの家にはそういった気配はなかった。
苗字の家はわたしと母に祖母と伯母という完全に女系の家になっていた。祖父はわたしが物心つくまえに亡くなっているので記憶にすらなかったけど、仏間に飾られた写真を見ると気の優しそうな人だった。母の兄である伯父は健在なものの、県外で家庭を持つ一家の大黒柱は今年は忙しいらしく帰省してこなかった。
伯母は未だ独身だが、本人曰く仕事と結婚しているので祖母ももう諦めている。そんな祖母も含め、みんなしゃんとした女性ばかりなので、一番年若いわたしが一番脆弱なのがなんだか申し訳なくて、それもわたしがしっかりしたいと思うことに繋がったのだろう。



ある日の朝、学校へ行くためにバス停で、一時間に一本しかないバスを待っていると、日傘で遮られた視界の片隅に見慣れた色のズボンがうつり込んできた。見なくても分かる。結城くんだろう。柄を傾けて開けた景色の中には、予想どおり結城くんが立っていた。わたしが顔を覗かせたことに気付いたのだろう、正面を向いていた彼は視線だけをちらりとこちらに向ける。

「おはよう、結城くん」
「ああ、おはよう」

笑顔もなにもない無表情は、けれどこれが彼のデフォルトなので気にはならない。それに、結城くんとは学校は一緒だったけどクラスは異なったので、特別仲がいいわけでもなく、こうしてたまに顔を合わせれば挨拶するくらいだ。言葉どおり、知り合い、ということなのだろう。わたしも無理に話しかけることができるタイプじゃないから、結城くんとはいつも挨拶だけで会話はない。だけど、わたしがそれを別に苦ではないと感じているのとおなじように、結城くんも気にしていないみたいだったから、彼との間にある無言は楽だった。だから、最初「なあ、」呼びかけの声が自分に向けられているものだとは気付かなかった。

「苗字」
「え?」

苗字を呼ばれてようやく振り向けば、結城くんはしっかりとわたしの方を向いていて、驚く。結城くん、ちゃんとわたしの苗字覚えてたんだと若干妙な方向で感心してしまっていると、彼はその真っ直ぐに鋭い眼差しでわたしを捉えたまま言った。

「お前、清水の葬式行ったんだよな」
「え、あ……うん、行ったよ…?」

恵ちゃんのお葬式。突然の言葉に一瞬思考が追いつかなかったけど、直ぐに理解する。理解して、あれ?と思う。そういえば、恵ちゃんのお葬式で結城くんを見かけなかったことを思い出す。
結城くんと恵ちゃんは、なんというか、うん、なんと言えばいいんだろう。何回か三人で並んでバスを待ったりしたことはあったけど、恵ちゃんが結城くんに話しかける姿は見ても彼がそれに返事をしたり、自分から話しかけるところは見たことがなかった。
恵ちゃんが結城くんのことを好きだというのは、目に見えて分かっていたので、好きな人に無視をされるのは辛いだろうなと、少しだけ自分も重ねて思った。思ったけど、結城くんが恵ちゃんをどう思っているのかは、客観的に見ても好意は欠片もなく、むしろその逆のような節があったので。確かに、好きじゃない人間からの好意なんて鬱陶しいだけだろうから、わたしにはやっぱりなんとも言えなかった。
それに結城くんは、いつも南の、都会のある方を。ずっとつづく道路の先を見ていることが多かったから、もしかしたら彼はこの村自体が好きではないのかもしれない。

「ここって、土葬なんだよな」
「うん、わたしも土葬ってはじめてで……あっちの樅の林だったんだけど、いっぱいお墓があって、ちょっとびっくりしちゃった」
「ああ、そうか。苗字も都会から越してきたんだったな」
「向こうじゃ火葬が一般的だもんね」

どうしたんだろう。ほんとに珍しい。結城くんからこんな話しかけてくるなんて。不思議がっていると、結城くんはふっと顔を前に戻して「火葬にすればよかったんだ」そうぽつりと、まるで独り言じみた声音は、水田で小金に染まりはじめた稲を揺らす風にまぎれた。

「え…?」
「いや、なんでもない。九月だってのに、まだ暑いな」
「う、うん。そうだね」

そこで、会話は途絶えた。結城くんはもうこちらを向くことはなかったし、わたしもそうしていた。火葬にすれば、よかった。その言葉がなんとなく胸に残っていた。結城くんにとって、土葬じゃ、なにがよくなかったんだろう。



学校の図書室よりも、村にある図書館の方が本の種類も冊数もだいぶ多かったのでわたしは専ら図書館を利用していた。
けれど、そこの司書さんである柚木さんが八月末に突然辞職してしまったので、いまは隣の保育園の先生が掛け持ちで対応してくれる。だけど、わたしももうずっと通っていて手筈は理解しているし、保育園の先生からも信頼があったのでひとりで好きに借りていいと言われた。先生達も子どもの相手をしながら、一々呼ばれる度に図書館へくるのは大変なのだろう。辞職。なにか理由があったんだろうけど、柚木さんはここで司書の仕事をするのが楽しそうだったので残念だなと思いながら、わたしは無人の図書館内で本を選んだ。
今日は、あとは尾崎医院に行くのでその待ち時間に読む本をと思い数冊、図書カードに名前を書いて柚木さんの写真が未だ立てかけてある机にしまうと後にした。定期健診と、今度は前と違ってちょっとだけ風邪っぽかったからだ。九月はまだ八月の延長線上のようで、残暑が厳しいからまだまだ当分日傘は手放せない。夏でもこの村で出歩く際に必ず日傘を差しているのなんて、わたしくらいのものだったから、なんというか目印にもなっているのだろう。
苗字の病弱な孫。それが村人から認識されるわたしだった。



入道雲の白さが蒼昊に映えて眩しい。息の切れる暑さの中、逃げ水で揺らぐ白い道を歩む。傘の柄を握る手がじわりと汗ばみ、背中の窪んだまんなかを伝うのが分かる。学校帰りだから汗くさいかなと、尾崎先生に会うことを思うとそういうのがいつも以上に気になってしまうから、やっぱり恋をしているんだなとちょっと実感する。額をハンカチで拭って、顔を上げると道の先に見知った人影を見つけた。

「辰巳さん?」

進行方向だったので、近づいてその逞しい背中に声をかければ振り返った辰巳さんはわたしを認識した途端「や!」と声をあげて、その愛嬌のある丸い目が閉じるとこれまた人好きのする笑顔になった。

「こんにちは、いまお帰りで?」
「あ、はい、そうなんですけど、これから病院に行くんです」

辰巳さんとはあれから何回か顔を合わせて、いつの間にかこうして立ち止まって世間話をするくらいになっていた。人見知りのわたしでも、なんだかこの変わった人とはうまく喋れたからだ。辰巳さんは正に好青年という感じで、物言いも感情表現もはきはきしてて、見ていると自然笑顔がこぼれた。辰巳さんはわたしの言葉に「なるほど」と頷いたので、なんだろうと首を傾げると「いえ、なんでもありません」そうにこっと笑った。

「病院って、どこか怪我でもされたのですか?」
「いえ、そういうんじゃなくて……あまり身体が強くないので、定期的に通っているんです」
「や!それは、すみません。無粋なことをお聞きしてしまって」

大袈裟に頭をさげる辰巳さんに、困りつつもなんだかその動作が可愛くて笑ってしまった。

「気にしないでください、ただのそういう事実なだけなんで…」
「いえいえ、うちの奥様とお嬢様も免疫系の難病を抱えていまして、この村に越してきたのもその療養のためだったものですから…」

恐縮しながら言う辰巳さんに、驚いた。村の人は相変わらず兼正というから忘れそうになるけれど、確か桐敷さんという家にそんな事情があるとは知らなかったから。思わずここから程近い、高台にある洋館を見上げてしまう。

「そうなんですか…」

大変ですね、とは言わなかった。わたし自身があまり言われたくない言葉だったからだ。だから、代わりに「ちょっと、うちと似てますね」と言った。

「うちも、わたしの療養も兼ねて四年前にここに越してきたんで…」
「それはそれは!」

おなじですね、そう言ったあと辰巳さんは「やっ!」ともう聞き慣れてしまった声をあげる。

「あなたなら、お嬢様とも年は近いですしぜひ話し相手になっていただきたいものです。良ければ近いですし病院の帰りにでも寄っていかれませんか?」
「え、えっと…大丈夫なんですか…?免疫系だと、あまり人に会うことはよくないんじゃ…」

わたしのは別に人にうつる類のものではないけれど、免疫が弱い人にはなにが危険になるか分からない。

「や!大丈夫です、ぼくたちとも接することはできていますから」
「そうなんですか……あ、でも、すみません。いまわたし少し風邪っぽいので…」

風邪なんて、とてもうつり易いものを持ってお宅にお邪魔することなんて絶対に駄目だろう。というか、それ以前にこうして辰巳さんと喋っていてうつしてしまっても大変だ。そのことに今更気付いて、わたしは慌てて「すみません!辰巳さんにもうつしたら大変ですから、もう行きますね」そう距離をとった。

「そうですか、それは残念です」

辰巳さんはしゅんとしていたけど、直ぐに明るい顔で「や!では、風邪が治ったらぜひ」そう言ってくれた。だけど、わたしは一瞬その笑顔になぜだか薄ら寒いものを感じてしまった。でも、それは本当に一瞬のことだったので、気のせいだと振り払って「はい、じゃあ辰巳さん、また」会釈をしてから踵を返した。その背を、辰巳さんがじっと見ていたことには、気付かなかった。



尾崎医院で診察の順番を待つ間に、必ず洗面所の鏡で自分の姿を確認してしまうようになってもう三年。
今日も、おかしなところないかな、とか少し風で髪が乱れてるだけでも気になってなおしてしまう。分かっているのに、ついこんなことをしてしまうのは、やっぱり尾崎先生にはちゃんとした身形で会いたいからなんだろう。そう思う度に面映いような惨めなような、いろんな感情が混ざってぐちゃぐちゃになる。こんなことをしても、無意味だって、理解しているから。待合室に戻って借りた本を開く。死者が起き上がる、死人のおはなし。完全にファンタジーというかホラーというかサスペンスというか、そういうジャンルの。わりと雑食なので、なんでも読むものの、一口に起き上がってくるといっても様々だ。
ゾンビと吸血鬼が代表格だろうけど、両者はまったく性質の異なるものだし。そういう意味ではこの村に伝わる起き上がりという存在は、どういうものなのだろう。悪い子のところには夜になると死者が起き上がって懲らしめにくる……それだと、意思があるのかな。生前と、おなじように。そんなままならない空想にふけっていると「苗字さん」呼ばれたので急いで本を閉じた。
診察室でひさしぶりに会った先生は、相変わらず前の開いた白衣にTシャツとジーパン姿だったので、一回くらいはちゃんとした、きちっとスーツにネクタイで身を包んだ姿も見てみたいなと思う。

「やあ、名前ちゃん。ひさしぶり……って、なにを笑ってるんだ?」
「いえ、先生のスーツ姿を一回くらい見てみたいけど、無理そうだなあっ…て思っただけです」
「悪いな、ああいう堅苦しいのは苦手なんだ」

苦笑する先生に、やっぱりと思いながら椅子に坐る。口の中に舌圧子を入れられるのは慣れたけど、その味には未だ慣れない。
睛を診てから、聴診のためにブラウスの前を開く。いつからだろう。ボタンを外す時にこんなにも緊張してしまうようになったのは。昔は気にもしなかったのに。平静を装って外し終えると聴診器を当てられる。ひやりとしたそれに、分かっていても少しだけ息を呑んでしまう。下着だって、可愛くて気に入っているやつを選んで、だけど先生からしたら子どもっぽい下着なんだろうとか。距離の近さに、触れる手のぬくもり、ふっと香る煙草だけじゃない、いろんなものの混ざった尾崎先生のにおいに、どうしようもなくどきどきしてしまうこととか。それが心臓に、鼓動にあらわれていないことを切に祈ることとか。そんなのを全部、全部、尾崎先生は知らない。知られたら、いけない。
やんわりと気付かれないように唇を噛んで、意識しないように心がけるけど、やっぱり今日も無理だった。待合室にいる間に、すっかり歩いてきた時の熱は冷めていたというのに、なんだかあつい気がしてしまう。
いつになったら、この火照りは冷めてくれるのだろう。嬉しいのとおなじくらい悲しくて、ただ、好きです、とこころの中で紡いだ。

「風邪っぽいって聞いてたけど、確かに少し咽喉が腫れてるな。薬出しとくから、まだ暑いからって油断せずに過ごすんだぞ」

尾崎先生の、ちゃんと先生らしい言葉に「分かってますって」笑って返す。まだちゃんと笑えてるから、大丈夫。

「ほんとか?ああ、そうだ星を見たくても、夜更かしも控えるように」
「えー……わたしの数少ない楽しみをとらないでくださいよ、先生」
「駄目だ。あと、少しでも貧血っぽいと感じたら絶対に来るんだぞ」

珍しく断言する先生と、貧血という言葉に疑問を抱いたので「貧血、ですか…?」そう訊ねれば「ああ、そうだ」と尾崎先生は頷いた。貧血なんて、わたしにはわりとよくあることだって、先生も知っているはずなのに、どうしたんだろう。こんな急に改まって言うなんて。
不思議がっているとそれを見透かしたのだろう、

「名前ちゃん、ここ暫くきみは安静だったけど、この暑さで気付かないうちにいつもより弱っているんだろう。風邪のこともあるし、こういう季節の変わり目が一番気をつけないといけないんだ」

そう、ひどく真面目な顔で言うから、わたしはただ気圧されて「分かり、ました…」と返事をしていた。

「いや、脅かすつもりはないんだ。ただ、本当に気をつけてな」
「あ、いえ……なんだか、今日の尾崎先生ちゃんと先生って感じで……びっくりしただけです」
「……名前ちゃん、それは普段の俺が医者らしくないって言いたいのか?」
「だって、先生…………あ、や、なんでもないです」

笑ってるけどちょっと不穏な笑顔だったので慌ててかぶりを振って「先生はとってもお医者さまっぽいです」付け加えれば、それはやさしいものに変わった。それに、無意識にほっとする。こういうやりとりはよくあるから、冗談だって、先生が怒ってないのは知っている。そうじゃなくて、その前の、真面目な顔に少しだけ怖いものが混ざっているように感じてしまったから、その気配がなくなったことに安心した。
いつもの尾崎先生だと思うけど、なんだろう。よく分からないけど、どうかしたんだろうか。思っても、それはとても頼りないくらい曖昧な感覚だったから、結局なにも訊けないままわたしは診察室を後にした。



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