そしてヤマアラシは恋を知る


外ではなく内からの痛みだった。
一瞬、何が起こったのかがわからず動きをとめる。けれど、すぐに事態を察知した。

「――ッ」
「シズちゃん?」

臨也がからかうように腕をつつく。しかし、反応することができない。顔を下に向けたまま、手を強く握り締めた。
痛い、という感覚が久しぶりすぎて逃がし方がわからない。

「――おーい?」
「…………」

不審に思ったのか、彼は再度呼びかけた。なんとか返事をしようにも、やはりそれどころではなく、掌を相手に向けることぐらいしかできなかった。
汗が額に浮かぶ。尋常でない自分の様子に臨也は足を引いた。

「シズ、」
「さ、触んなッ」
「へ?」

コタツを出て自分の隣に移動した臨也に、静雄は叫んだ。必死すぎる声に、彼はぽかんと口を開けて静止する。
すぐに自分の失態を自覚した。

「い、今、すっごく独りになりたい気分でな」

できるだけ平静を装うようにと努めるが、うまくできている自信はない。

「呑み物、淹れろとか、言わねえから……ちょっと、向こう行ってろ。ちょっとでいいから……」
「……とりあえず大丈夫?」

まくし立てたのがまずかったのか、ますます不審そうに彼は近づいてきた。

「大丈夫だ!」

慌てて答えたが、臨也はそんな自分の返事を微塵も信用していないらしく、溜め息をついてうしろから脇の下に腕を入れられる。

「わッ」

振り返る間もなく、コタツから引きずり出された。

「――足がどうかしたの?」

不自然な体勢で畳に伏せる自分に、臨也は冷静に訊ねる。
逃げることは早々に諦めた。しらを切り通せる自信などあるはずもなく、最後の矜持でできるだけ平常どおりに口を開いた。笑いたければ笑え。自分だって他人事なら爆笑したに違いない。

「足が…………つった」
「つ――?」

臨也の頭の中でその言葉を消化するのに、ゆうに十秒は必要だったようだ。すさまじい早さで演算可能な男の脳が、ようやく答えを弾き出す。

「ああ、つる……」

彼は目を丸くした一瞬ののち、予想どおり腹を抱えて笑った。





「――そろそろ笑うのをやめねえと、コタツどころか家から叩き出すぞ」
「あー、うん、ごめんごめん。シズちゃんでも足、つったりするんだ――ふ、くくッ」
「誰のせいだと思ってんだ! て、てめえがあんなことするから……っ」

足はいまだに痛い。しかも目の前で笑い転げている男を見ていると、自分の失態に顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

「いやいや、うん、それは確かに言えないよね。恋人と乳繰り合ってたら、足がつりました――なんてさ」

正確に言うなら恋人の股間を触ろうとして、だ。言えるわけがない。
やはり慣れないことはするものではない。静雄は深く後悔した。

「まだ動かせないの?」

こちらが片足を庇いながら体勢を変えるのを見て、臨也はようやく笑いとめた。その顔はいまだに笑顔だが、声が少し優しい。

「ほっときゃそのうち治んだろ――って、ちょ、おい!」

しなやかな手が足に伸びて、焦って声を上げる。動かすだけでも痛いのだ。触れられたら、たまったものではない。

「大丈夫。ちょっと大人しくして」
「ッ」

足の甲を持たれてそのまま足首のほうへとそらされる。多少の痛みは感じたが、慣れた手つきで足を触られて肩の力を抜いた。
静雄がこわ張りをとくのを確認してから、臨也は器用にその足首を痛まない程度にひねる。

「……うまいな」
「まあね」

ふくらはぎへのマッサージも力加減が絶妙で、筋肉が弛緩するのがわかる。痛みが徐々に引いてきた。

「――はい、どう?」

ぽん、と膝を叩かれた。

「…………楽になった」

痛みはほとんど感じない。立つこともできそうだ。

(――ったく、こいつは)

やはり器用だ。機嫌が悪かったことも忘れて静雄は素直に感心した。

「助かった」

素直に礼を言うと、臨也の手が軽く静雄の頭を叩いた。
子供をなだめるような彼の行動に苦笑する。

「シズちゃん、さっきまで怒ってたんじゃなかったっけ?」

悪戯っぽく笑って顔を覗き込まれた。正直腑に落ちないこともあるが、足がつったのも彼の挑発に乗ったのも、自分の責任だとわかってはいるのだ。
大きく息を吐き出して、困ったようにその目を見返した。なんだか可笑しくなって笑ってしまう。

「怒ってねえよ。ちょっと……恥ずかしかっただけだ」
「そう? ならよかった」

臨也は膝で歩いて距離を詰める。鼻先を座り込んだままの静雄の肩口にうずめて、大きく息を吸い込んだ。
熱い吐息に首筋をくすぐられ、身をよじる。

「くすぐってえ」

まるで犬のようだった。笑いながらその頭を撫でると、わん、と耳元で囁かれた。

「ねえ、足のお礼を貰ってもいいかな?」

鼻を鳴らす男に、どうしようもなく惚れきっている自分をあらためて自覚する。

「お礼? どんな?」

なんでも聞いてやろう。そんな気前のいい大きな気分で、男の首筋を撫でた。

「あのさ」

――俺は今、犬だから

呟くと、臨也は静雄の頬にキスをした。

「舐めてもいいかな」






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