そしてヤマアラシは恋を知る
(舐めるって、そういう……)
自分の股下に顔をうずめる男をぼんやりと見つめながら、静雄は熱い息を吐き出した。
「ん――気持ちよくない?」
咥えていたものから口を離し、臨也は訊ねた。そんなわけがないだろうと、彼の髪を撫でながらかすれた声で告げる。体はこれほど反応しているのだから。
「俺の、それ、見て……よくそんなこと、言えるな」
「シズちゃんはすぐ声を我慢するから」
彼は納得したようで再びそれを口に含む。熱い口内に包まれた感触に、ゆっくりと目を閉じた。
そもそも自分だけが快楽にふけることにためらいがあるという話だったと、今さら思い出した。相手に奉仕させて、それだけで満足だとはやはり思えない。
(お礼って――普通俺のほうがするんじゃ)
もしかして自分の技量がつたなすぎて満足できないのだろうか。そんなことまで考えてしまい、少し落ち込んだ。けれど体は正直なもので、相手の巧みな舌使いに熱はどんどんと高まっていく。
「あ、ぅ――ッア」
自分の反応に気をよくしたのか、臨也はさらに激しく性器を刺激した。強く吸われて、それだけで射精してしまいそうになる。
「ん、あっ、い、ざ、臨也――もう」
限界だと首を指の腹で叩くと、彼は視線だけを上げたが口を離そうとはしなかった。
「で、出る、から」
「ん」
かまわないと片手で下腹をさすられる。
「――ッ」
たまらず腰を浮かせた。
我慢できるはずもなく、一瞬気をゆるめるとあとはもう、何も考えられなくなる。申しわけなく思いつつ、彼の口の中で自身を解放した。
「あー……」
虚脱感と充実感と、あと多少の羞恥に体がぐったりと脱力した。
臨也は口元をぬぐいながら笑みを浮かべている。ぼんやりと、ああ呑んだのか、と妙に感心した気持ちと恥ずかしさでその顔を直視できなかった。
「気持ちよかった?」
「……いいに決まってんだろ」
赤い顔でそう告げると、相手は嬉しそうに笑った。
「ならよかった。お礼をどうもありがとう」
屈託ないその綺麗な笑顔に、自分がとんでもなく悪い男になったような気がして、静雄は眩暈を感じた。
「……なあ」
「――何?」
さすがに口の中が気になるのか、彼は机の上にあった冷めたお茶に手を伸ばしていた。
「その、お、おまえはいいのか?」
「?」
臨也は液体を一含みして、ゆっくりと嚥下する。喉の鳴る音が聞こえて、なぜだか妙な気分になりかけた。
「だから――俺もしようかって、口で」
そう言うと、彼は驚いたような顔をして首をかしげた。そのどこか幼い動作に、自分の背徳感が増す。
「急にどうしたの? いつもはそんなこと言わないのに……」
呑み干した湯呑みを机に戻して、臨也はもう一度静雄の傍に寄り添った。
優しく頬を撫でられると、段々とどうでもいいことのように思えてきた。けれどそれではいつものくり返しになってしまう。
「それは……おまえが満足そうだから別にいいのかな、と思って」
「今だって充分満足してるよ?」
「わかってる、けど……そうじゃなくて」
不安を無理矢理押し殺して、彼の目を見返した。
「――ずっと、気になってた」
静雄はようやく胸中でつかえていたことを口にすることができた。
「……何が?」
きょとん、と目を丸くする臨也に、静雄は複雑な気分で唇を寄せる。
「俺、下手か?」
「へたって――」
愕然として、臨也はそれっきり押し黙ってしまう。困った、とその声は言っていた。彼の声は正直だ。口淫を指していることはわかっているのだろう、言葉を探すように眉を寄せる。
困惑する彼の顔を見ているのが忍びなく、ついつい口数が多くなってしまう。
「もしかして、おまえは気を遣って――」
「そんなこと、思ったこともないよ」
真面目な顔で、臨也は自分の推測を否定した。
「いきなり、なんでそんなこと」
「そ、れは」
彼の真剣な表情に、思わず緊張する。言葉に詰まったことを恥じるように、静雄は丁寧な口調を意識した。
「――だっておまえ、いっつも俺にばっかり……その、するだろ。口とか……それ以外のことも」
「…………」
「さ、されるのは嬉しいし、気持ちもいいけど……でも、俺だって男だし……思うんだけどよ、普通は出したいもんじゃねえのか?」
「…………」
神妙な面持ちの臨也は自分の言葉をよく吟味しているようで、言葉を差し挟むようなことはしなかった。
「俺ばっかり悪いなって思うのもそうだけど――なんか対等じゃねえように思えて……俺たち、こ、恋人なのに」
少しだけ、非難めいたことを言った。侮られていると、本気で思っているわけではない。けれど、もしかしたら彼の心の底にそんな気持ちが僅かでもあるのではないか、そう思ってしまうこともあった。
「だから、おまえばっかりがそうするのは、俺があんまりこういったことが上手じゃなくて、それが不満だからなのかって」
言い終えると、ゆっくりと視線を合わせた。彼の瞳は揺れている。自分の言葉が真を射たのか、それとも別の理由かは判らないが動揺していることは確かだ。
それが、少し切ない。
「別に、どういった理由であっても俺は、」
「――言っても」
ようやく臨也が口を開いた。こちらの言葉を遮ったのは、これ以上言わせまいという意思の表れだろうか。その意味はなんなのだろうと考えるより先に、彼の腕がしっかりと肩に置かれた。
臨也は少し言いづらそうに視線をさ迷わせたが、すぐにその深く澄んだ目が自分を射抜く。
「笑わない?」
「…………は?」
自信なさげに訊ねられた言葉に、今度は静雄が目を丸くした。