フロム・アクアリウム


結局、静雄と臨也の関係は惰性のようにあの頃のままだ。喧嘩をして、少しだけ話をして、また喧嘩。本当はもうあの頃のままではないとわかっているのに、あの頃と同じで、動けない。

「…………」

呆然と、手元の箱を見つめる。

(なんで、こんな)

あの時買わなかったはずのイルカのぬいぐるみがなぜ。消印は七年前のあの日だ。どうやって――。
そこまで考えて、不意にホテルでのことを思い出す。

(あの、あの時)

臨也と一緒にいた女生徒。あれは静雄が結局買わなかった最後のイルカを手に取った少女ではなかったか。自分の前で怯えていた少女。打って変わった表情で臨也と話していたけれど、あの顔。髪型。そして、声。

「……っ」

記憶の欠片がはまり、あの日のことを今、初めて正しく理解した。
臨也は見ていたのだろう。自分が店に入り似合わないぬいぐるみに手を伸ばしたことを。その後、彼はホテルで彼女を捜し出し、ぬいぐるみを譲り受けた。
そして、名前は記さず静雄宛てに送りつけた。
送り状に書かれている自分の名前をなぞる。臨也の字ではない。当たり前だ。あの男が簡単にばれるような真似をするはずがない。
けれど、静雄には臨也だという核心があった。

「……なんで」

別にこれが特別欲しかったわけじゃない。ただ、イルカの水槽の前で臨也と二人、過ごした時間が酷く穏やかで気分がよくて、それで。それで、何か、残るものがあってもいいかと一瞬でも思ってしまった。
呆れるほどに弱く、若い自分を笑うことさえできない。できるはずがなかった。今の自分はあの頃と何一つ変わっていない。

「あ、いつ」

臨也のことを思う。七年前の彼は何を思っていたのだろう。
あれから七年、もしかしたらずっと待っているのか。動けない自分を。
あの日、あの場所で動けない静雄の代わりに距離を詰めたのは臨也だった。近くなることが怖くて動けないくせに、そのくせ期待を捨てきれず、近くに行きたいと願った自分は卑怯だ。

――シズちゃんが、来ないから。

「っ」

臨也は待っている。あの日からずっと。
七年もたって、それでも待っていてくれる。だから、あの頃と変わらず自分たちは言いわけのような喧嘩ばかりを繰り返しているのだろう。臨也は自分を時に挑発し、時に憤慨させ、時に混乱させながら、自分の存在は変わらずそこにあると静雄に言い続けている。
臆病な自分が忘れることも、逃げることもできないように。
ぬいぐるみを手にした時、何かが床に落ちた。拾うとそれは二枚の半券だった。

(な、ん――)

なんだあいつ。意味がわからない。代筆までさせて自分のことを隠そうとしたくせに、こんなものを入れるなんて。どういうつもりなんだ。こんな、こんなの、らしくないじゃないか。まるで自己主張するかのような行動は。黒幕主義で人を陰で操って、遠くからそれを観察して笑うような男だろうおまえは。

思考の限界だった。混乱したまま、ふらふらと玄関へと向かう。

(こんな、こんなの)

気がつくと、静雄は飛び出していた。
何も考えられない。それでも何かせずにはいられない。そんな矛盾が体を支配していた。
足は徐々にスピードを上げて、いつの間にか全速力で駆けていた。通行人の迷惑そうな顔を見る余裕もない。
相変わらず混乱は続いているが、自分の足がどこへ向かっているのか。それだけは思考のできない頭でもわかりきっていた。






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