スリーピング・ロスト


「ふふ、くすぐったい」
「……ん」

いい匂いが鼻先にふわりと香った。間違えようもない、臨也の匂いだ。

「っ」
「……痛いか?」
「少しだけ……でも、気持ちいいよ。もっとちょうだい」

うっとりとした声に体が反応した。すぐに気恥ずかしくなって身をよじる。
首筋から唇を離すと赤く鬱血した箇所が目に入った。まるで花びらのように、満遍なくこの赤を散らせたのは自分だ。
所有印にもマーキングにも似た行為だった。この程度でこの男が自分のものになるのなら、もっと早くからこうしていればよかった。
溜め息と共にそんなことを呟くと、臨也は「昔から、ずっと痕をつけていたくせに」と笑う。
なんのことかと首をかしげていると、そっと腹や胸を撫でられた。

「喧嘩のたびに、シズちゃんの痕が残ったよ。痛かったけど……嫌じゃなかったな」
「っ」

言われて初めて、あの嗜虐的な行為の本当の意味を知った。
綺麗なものを汚したいだけではなかった。自分のものだと、証を残したかったのだ。





仰向けにされて、今度は胸や腹を好き勝手にもてあそばれた。いちいち歯を立てては優しく甘噛みしたり、時には静雄が痛みを僅かでも覚えるほど強く噛んだりとせわしない。
臨也も痕をつけたいのだろうか。
けれどそれはきっと叶わない。多少の傷はすぐに癒える。
自分の体への劣等感がじわりと暗い染みを広げた。
すると臨也は何を思ったのか、まるで静雄を咎めるように胸の先を強く噛んだ。

「……ひ、あ」

散々になぶられて敏感になっている場所への刺激に腰が跳ねる。

「痕はね消えちゃうんじゃないよ」

痛々しいくらいに赤くなったそこを、今度は優しく舐められた。熱く濡れた舌の感触が痛痒感を煽る。

「あ、や……んンッ!」

唇を噛んで耐えようとすると指を口に押しこまれた。食いちぎられたいのかと睨んでも、まるで効果はない。
臨也は宥めるように何度も静雄の肌を噛んでは舐めた。そうされると傷さえ残さない自分の体への嫌悪が薄れるのだから、不思議で仕方がない。

「体の奥にずっと残ってる。俺がつけた傷は全部覚えてるよ」

そう言った彼の指が胸を一閃した。

「初めてつけた傷」

次に右の腕を撫でられた。

「五月に校舎裏で」

指は流れるように鎖骨をなぞり。

「夏休みの屋上で」

首筋に触れると、一旦離れて下へ。

「定期考査のあと街中で」

腰骨を掌で撫でられる。

「他校のグループと揉めた時」

少し上がって脇腹をくすぐられる。我慢できずに身をよじると、体を押さえつけられた。あばらのあたりに臨也の唇を感じる。

「クリスマスにばったり会っちゃって」

囁きに当時の情景が浮かんでは消えた。触れられた箇所はすべて、確かに彼が傷をつけた場所だ。

「ちなみにこれは一年生の頃のほんの一部なんだけど」

続けようか、と訊ねられて首を振った。覚えている。ちゃんと、全部。その時々の臨也の表情や声。怒りに任せていた自分の感情。そんなものをすべて。
鮮やかに過去の情景が甦る。まだ若くて幼かった頃。感情を抑えもせずそのままにさらけ出していた。傷つくことも多かったが、何もかもが眩しい時代だった。
その頃の自分は知っているだろうか。臨也と、こんなふうになるだなんて。

(――考えもしなかった)

諦めることを覚えたのはあの頃からだ。馬鹿だったと、今だから言える。
それでも、あれはあれでよかった。何か一つでも変われば今の自分はいない。こんな幸福は知らない。

(……いいんだ、だって今が)

昔を懐かしむのは今でなくていい。今はもっと、もっと大事な。
体をすり寄せると、臨也は笑った。そして、甘やかすように唇を舐められる。

「……だから、この綺麗な肌は俺がつけた痕と愛撫の賜物なんだよ。だって、ほら」

下肢に手を伸ばされて、ふとももの内側を撫でられる。
その手がさらに奥に伸びる。

「俺が触っただけでこんなに赤くなる」
「い……あぁッ」

後孔と性器の間を強く刺激される。指がその部分を無遠慮に押して爪が立てられると、こらえきれない喘ぎが洩れた。
痕も何も、全身が真っ赤に染まる。





「あ、う……」

息も絶え絶えに体の力を抜いた。好きにしろという意思表示だ。
すると臨也は体を少し下にずらして、腹のあたりからこちらを見上げてきた。

「シズちゃん、ちょっと足上げてくれる?」
「……?」

恥ずかしさを振りきって、恐る恐る右の足を持ち上げた。
臨也の手が素早く膝の裏に回される。

「よいしょ」
「ッ?!」

勢いよく足を割り開かれて驚きに目を見張った。すぐに自分がとんでもない体勢であることに気づき、足をばたつかせる。

「いざ、おま……ッふざけんなっ!」
「しっかり見てみたかったんだよね、シズちゃんのここ」

とんでもない発言に、一瞬、気が遠くなった。

「や、やめろ! この馬鹿!」
「嫌」
「て、め……ッ」

しかし暴れるとはいっても本気で力をこめれば簡単に臨也の体を傷つけてしまいそうで、加減がわからない。ぬるい抵抗が彼に通じるはずもなかった。

「やめ……」
「綺麗……こんな狭いところによく入るなあ」
「――ッ!」

いっそ、卒倒してしまえばよかった。
臨也は制止の声など聞こえていないように、独り言を呟いている。どこをさしているのかは明らかだ。恍惚とした声音に眩暈がした。
やがておもむろに彼が顔を近づけた。
秘所に吐息を感じて、全身が震えた。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
そんなところをまじまじと見られているなんて、憤死してしまいそうだった。

「…………」

何かを思案していたらしい臨也はそっと、壊れものに触れるようにかすかに震えた指でそこに触れた。

「……ッ」

ひだを撫でるように押し広げられる。長い指は一度触れると遠慮がなかった。人目に触れるはずがない箇所をあばかれる羞恥に涙が滲む。

(し、しぬ……っ)

いくら触れていいと言ったからって、こんなのはあんまりだ。酷い。優しさはどこにいった。

「んッ……や、め」
(この野郎……!殴られてえのか!)

しかし、胸中でいくらなじっても臨也に届くはずもない。
満悦の表情を浮かべる男はさらに強引に秘所を広げると、熱い舌をさし入れた。

「ふ、あ!?ああぁっ!」
「あは、ひくひくしてる。気持ちいい?」
「や、いや……!やめ、あ、あ、ア」

淫靡な水音に耳をふさぎたかった。
そんなところを見られているだけでも恥ずかしさに死んでしまいそうだというのに、こんなふうに触れられ舐められているなんて。頭がおかしくなりそうだ。静雄は何度も嫌だと喚いては首を振った。
けれど臨也に聞き入れられることはなく、敏感な箇所が素直に彼の舌に反応して締めつけてしまった時には心臓が壊れるかと思った。
言葉すらうまく発せられなくなってひたすら嬌声を洩らす頃には、体の骨がとけてしまったのではないかと思えるほど全身が弛緩していた。
くたりとした体をなすすべもなく彼に預けるしかなかった。






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