スリーピング・ロスト


中を散々になぶったあとは、息をつかせる間もくれなかった。抜かれた舌の代わりに長い指が入れられる。

「いや、嫌だ! そんなの、やめ、やめてくれ、臨也……! 頼むから! ……ひ、んンッ」

許してと切れ切れに懇願しても、臨也は優しく微笑むだけだった。

「どうして嫌なの?」
「は、ずかしい……」
「大丈夫。すぐに慣れるよ」
「そ、なわけな……あ、ああああっ」

指が増やされて中を抉られた。内壁をこそげ取るように何度もすられて、足がびくびくと痙攣する。

「い、あ……ふ、うああ、あ、ア」

唾液も嬌声も、堰を切ったように溢れた。シーツを濡らしながら少しでもこの快楽に耐えようと、頭を強く押しつける。下半身は自分のものではないように淫らに揺れていた。

「あ、は……ッあ、あぁ」

せっかくとまっていた涙が再び流れた。経験のない快感に体が悲鳴を上げる。
こんな、指で中をまさぐられるだけでこんなに反応してしまうなんて。
羞恥心が身を焼いた。それと同時にこの先を思うと、期待や恐怖がない混ぜになった感情が溢れて嗚咽が零れる。
これ以上なんて、きっと耐えられない。

「い、ざや……いや、いやだ……ゆるし」
「だめ」
「や、い……っうあ」

指が抜かれて、体が横たえられた。
激しい呼吸を繰り返しながら、なんとか息を整えようと空気を深く吸いこむ。
自分の下半身は滅茶苦茶だった。先走りに濡れた性器はすぐにでも射精してしまいそうになっている。ほぐされたうしろは突然埋めていたものがなくなって、切なげに震えていた。

「あ……」

足を閉じて体を丸めようとした。この嵐のような快感に耐えようと必死だった。
しかしそれを押しとどめられた。

「っ」
「だめって言ったろ?」

彼の言葉どおり、許しをもらえたわけではないと知る。

「や……」

熱い塊を感じて体が震えた。反射的に腰を引こうとした。

「力、抜いてね」

吐息と共に吐き出された言葉に体が動かなくなる。
そして充分に柔らかくなったそこが期待に応えるように開き、彼を迎え入れた。

「ひ、いあああっ」
「……っ」

ゆっくりと、しかし躊躇いなく奥までを貫かれて体が跳ねた。喉がそり、涙混じりの声が洩れる。

「あ、ああ、あ」

もう何度も経験した瞬間だった。なのにいつも泣きたくなる。
繋がった箇所が火であぶられたように熱い。
心の悲鳴など聞こえていないのか、体は快楽に従順だった。まるで誘うように彼のものを締めつける。もっと奥まで。そう言っているようだった。
快感を追って腰が揺れる。はしたないとわかっていてもとめられない。

「ん、ン」
「……いいんだよ、もっと、俺のこと、欲しがって。ね?」

淫猥な自分の姿に本気で泣きそうになっていると、唇を優しく噛まれた。

「……きれい、本当に」
「いや……やめ」

恍惚とした溜め息に力なく首を振る。そんなことを言われ続けたら本当にどうにかなってしまう。
けれど体は嬉しさに震えて、さらに貪欲に臨也を欲しがった。

「あ、や……ひッ」
「……っ」

自分の意思とは関係なく腰が跳ねて感じる場所に彼を導いた。
息を詰めた臨也は苦しげな表情を見せた。

「シズ、ちゃん」
「あ、あ」
「腕、回して。しがみついていいから……」

その言葉につられてシーツを握り締めていた手が臨也の首に回る。必然的に顔が近くなる。無理な姿勢だったが苦しさよりも快感と喜びがまさった。
どちらからともなく唇を寄せて舌を吸う。
あたたかい水の中で息をしているようだった。徐々に頭が霞がかって夢とも現実ともつかない感覚に陥る。力をこめないように、なんとか意識を保とうと必死になった。

「綺麗」
「も、それ、や」

囁かれる言葉に鼻をすする。やめてくれと言っても聞かない男の顔を睨みつけると、思ったよりも余裕のない表情がそこにはあった。

「言わせて……お願い。でないと、俺も」

思わずその顔に見惚れていると、目元に口づけられた。
流れる雫を舌でぬぐわれるくすぐったさに声が洩れる。
臨也は小さく呻くと顔を伏せた。

「俺も、泣きそうなんだ」

首筋に柔らかな髪の感触が滑る。
その言葉どおり彼の瞳は潤んでいた。焦燥が胸を焼く。どうして心と体の距離が離れているなんて思ったのか。
こんなに切々とした感情が嘘なわけがないのに。

「ふ、ざけんな」
「仕方ないじゃん、こればっかりは」

臨也は笑って、赤く染まった静雄の頬に唇を落とす。
零れそうな瞳の揺れが静雄の動揺を誘う。

(駄目だ……泣くなんて、そんなの)

おまえが泣いたらどうすればいいのか、わからないんだぞ俺は。せいぜい一緒に泣いてやるのが精一杯だ。
だからやめてくれと、腕の力を強める。背中に爪を立てた。
柔らかな肌に傷がつく。しかし当人はそんなことにはまったく頓着しないようだった。いっそ皮膚を破って肉をえぐって、消えない傷を残してやろうかと加虐的な衝動が湧いた。
それを脅しのように告げてやる。しかし臨也はうっとりとした表情で「いいね、それ。凄く、そそられる」なんて応えるのだから敵わない。
何も言い返すことができずに、頬を染めて口ごもるしかなかった。
その様子を見て小さく笑った臨也は、からかうように挿入を深くした。

「あ、う……あ、ンッ」

どうしようもなく反応してしまう。抗えない。抵抗しようと、考えることさえしなかった。

「いつも、必死だった」
「ヒ、あ、あぁっ」

臨也の頬を伝う汗が胸に落ちた。
彼の声はかすれ、普段のそれに比べて低い。耳元で囁かれるだけで、臨也を受け入れている箇所が反応した。静雄の意思とは無関係にうねり、自分と彼を快楽の淵へと追い立てようとする。

「情けないけど、嬉しくて、気持ちよすぎて……」
「……っ」

それは、自分の体のことだろうか。この体に満たされるものがあると、そう言われているのだろうか。

「いつも怖かった。……呆れられるんじゃないかって」
「う、あ……ッあ、ぁア」

最奥を強く突かれて、体が跳ねた。それと同時に臨也の言葉が胸を打つ。
あんな性交で彼に得るものなどあるわけがないと思っていたのに。持てあました熱を排泄するだけの行為だと。そこに必死の思いで縋っていたのは自分だけだと、信じて疑わなかった。

(違う、そうじゃなかった――)

中ではぜる感覚も熱い吐息も、そのすべてが自分に向けられていたのだと知った。

「気、持ち、いいのか……?」
「なに、言ってんの、今さら……っ」
「や、待っ……ぅぁ、あ!ア」

叩きつけるような抽挿に悲鳴が洩れる。
目元を赤くした臨也は怒ったように眉を寄せていた。

「ん、あ、ぁっ……い、ざや」
「……な、に?」
「っ」

汗で滑る指で必死にその背をかき抱いた。
顔を寄せる男の耳元で問いかける。
声が震えた。うまく言葉になるのかも怪しい。
それでも聞かずにはいられなかった。

「……っあ」

喉が引きつって痛い。今日はとにかく泣きすぎた。一生分の涙を流した気分だ。
体の水分を目から失っていくような感覚は初めてだった。

「お、俺……」

鳴咽をこらえて、なんとか涙混じりの声を吐き出した。

「……気持ち、いい、か?」
「…………っ」

臨也は瞠目すると、やがて喉を震わせて目を閉じた。長い睫がかすかに揺れている。
噛み締めた唇は色を失っていた。

「…………すごく、ね」

零れた言葉に心が震えた。

「……こんな……綺麗で、触れるのだって怖いんだ……本当は」

緩やかな律動と切れ切れの声。その言動の一つ一つに目の奥が熱くなる。
何もかもが綺麗なのはこの男だと思うのに、それを聞き入れてはくれないのだ。

「こんなことまでして……気持ちよすぎて、なんだろう、この感覚」

彼が長い睫を震わせる。ほうと息を吐き出す様が艶やかで、たまらなくなる。

「泣きそ、う……」

俺もだと、言わなくても伝わっている。
より深く繋がれるようにと足を絡めた。腰を揺らすと臨也がうめく。
快楽に耐えようとする声だ。

「……れ、も」
「……なに?」

熱が上がる。体はとうに限界だった。こんな快感を感じたことなどなかったから、その先を想像できない。

「俺も、気持ち、いい」

本音をさらけ出すことしかできない。拙いことばに呆れられるかと思いきや、臨也は荒々しく腰を叩きつけてそんな自分の思考を咎めた。

「そういうの、駄目だってほんと……ッ」
「や、あ、あああア!」

明滅する思考。体の震えがとまらない。だらだらと喘ぎと唾液が口から零れた。

「ん、んンッ……ひ、ぐ……っんああ」
「――――ッ」

痙攣が大きくなる。のけぞった喉に噛みつかれ、それすら快感に変わる。

「ぁあ――ッ」

行き場をなくした熱がはぜた。暴力的とも思えるほどの快感に意識が霞む。
薄れる視界の先に臨也の顔を確かめて、安堵の息をつく。
自分が酷い顔だと自覚はある。涙と汗と唾液と、あらゆるものにまみれてだらしない表情を見せている。

(いいんだ――)

それでもいい。彼の顔を見ているとそう思える。
柔らかな唇の感触は急速な疲労感に襲われる体に何より優しかった。






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