モーニング・アフター・ショー


ベッドが軋む音に羞恥心を煽られる。思えばものすごく恥ずかしい言動をしていたのではないかと、今さらのように後悔が波のように押し寄せた。
せっかくの久々の逢瀬に何もしてもらえなくて拗ねた挙句、結局その愛情の所在を確かめただけという、もしかしなくてもただの手のかかる恋人の面倒な我が儘だったのではないかと、静雄はようやく思い至ったのだ。

「…………」
(……まあ、いっか)

落とされる唇にそんな思考は放棄した。今さら冷静になったところで、すぐに熱にさらわれると知っていた。足掻いたところで無駄だろう。

「何考えてるの?」
「ッ」

鎖骨に歯を立てられて反射的に体が跳ねた。窪みに舌を這わされて、ところどころで強く吸われる。

「……べ、つに。真っ昼間から何やってんだって、思っただけだ」
「ははあ。……いいじゃない。これ以上ないくらい幸せな絵面だよ」

ブラインドから覗く窓の向こうは快晴のようで、寝室にも光が溢れていた。休日とはいえ、そんな部屋で裸のまま重なり合っている状態は酷く退廃的に思えた。

「ちょっと自堕落かもしれないけどね。普段頑張ってる自分たちへのご褒美だと思えばいいさ」
「……たち?」
「あれえ、シズちゃんはこの状況、嬉しくないの?」

からかうように笑うと臨也は静雄の胸に手を当てた。

「でっかい音」
「うっせえな」

心音を隠しきれるはずもなく、静雄は顔をそらした。赤くなった頬もうるさい鼓動も、すべて目の前にいる男のせいだと思うと腹立たしいやら恥ずかしいやらで心中は複雑だ。
臨也はそんな静雄の様子を顔に浮かぶ喜色を隠しもせずに見下ろしている。
その目に明らかな情欲を見つけて、静雄はたまらない気持ちになった。こんなふうに体が喜ぶように火照るのはこの男の視線だけだと、それを思い知る一瞬はもう何度目になるかわからない。
早く、と目で訴えると、臨也は笑ってゆっくりと頭を落とす。その動作の一つ一つがじれったい。

「早く……」

こらえきれずに声が洩れる。じらされるのはもう充分だった。昨日の夜に散々我慢させられたのだから今は望む通りにしてほしい。そんな思いで静雄は臨也の唇に噛みついた。
触れる瞬間、臨也の驚いた顔が目に入った。長い睫が震えて、ゆっくりと瞼が閉じられる。
それに僅かな満足感を覚えて、静雄は油断した。

「……っ」

するりと入りこんできたのは熱い舌だった。いつも彼の口元を彩る赤いそれは、どこか卑猥だと静雄は常々思っている。
まるで生き物のように、臨也のそれは器用に口内をまさぐる。歯列を割られて舌に絡められると熱いものが体の芯に響いた。
息をするのもやっとで静雄が酸素を欲して口を大きく開けると、それに乗じた臨也にさらに深く口づけられた。舌を吸われ上顎を撫でられ、舌のつけ根をくすぐられる。

「……ッぁ」

飲みこめなかった唾液が溢れた。それは静雄の唇から顎を伝い、シーツに染みを作る。

「……息、して」
「ふ……ぁ」

熱を孕んだ声が静雄の耳をくすぐる。空気が肺を満たして、静雄はようやく解放されたのだと知った。唇が痛いくらいに熱い。
臨也が離れる間際、濡れた唇と唾液の筋が残る肌を舐められた。卑猥な水音が耳に響くと羞恥が湧き上がったが、臨也の熱い息を皮膚に感じると体から力が抜けてしまい指先一つ動かすのも億劫だった。

「昨日もこんな状態だったの?」
「…………」

過敏に反応する体のことを言われたのだとわかって、静雄は押し黙った。昨夜の自分の醜態など思い出したくもない。一人で熱を持て余して震えていたなどと、言えるはずがなかった。
けれど、沈黙が充分に答えになったのか臨也は苦笑を洩らした。

「昨日の俺を絞め殺したいよ」
「っ」

言うなり、胸の突起を吸われた。舌でつつかれて柔く歯を立てられる。反対側も細い指先に触れられ、時折抓られてはこらえきれない痛痒感が痺れとなって全身に広がった。

「あ、あッ……」
「ここ、好き?」

顔を上げた臨也が上目遣いに静雄の表情を見つめている。とてもじゃないが素直な言葉など言えそうにない。
静雄は嫌だと言うように首を振る。

「や、す、好きじゃな……」
「嘘はだめだよ」
「ひ、うッ」

乳輪部分から乳頭へと押し出すように指に力がこめられ、痛みとも快感ともつかない疼きが走る。静雄は体を浮かせて声を上げた。

「いぁ、あ、あ……ッ臨也、やめ」
「やめてほしくないくせに」

思わず逃げそうになる体をシーツに縫いとめられる。今度は優しく慰めるように舌で赤くなった箇所を撫でられた。

「ぅあ、ん……ッそ、そこばっかり、やめろ!」
「変なこと言うね。ここだけのはずないじゃないか」

真っ赤になって悲鳴を上げても臨也は笑って取り合わない。
臨也の言葉通り体中に触れられる想像をして、それだけで自身が熱を持つのがわかる。

「……あ――んんッ」

臨也の手が下肢に伸びて覆うものが何もないそこに触れた瞬間、腰が跳ねた。

「昨日意識を飛ばしたのは、本当に悔しいけど」
「ひ、う……あ、ああッ」

言い逃れできないほどしとどに濡れているそこを擦られると、快感が全身を走り抜けて声を抑えきれない。
静雄は言うことを聞かない自身の体を信じられない思いで見下ろした。臨也に握られて反応している性器は生々しいくらいに熱く脈打っていて、恥ずかしさに泣きたくなる。

「あ、あ……あっ」
「こんな、やらしいシズちゃんを見れたから、満更悪いだけでもないかな」

馬鹿なことを言うなと言いたかったが、先端に指を立てられてくすぐるように指を動かされると悪態をつくどころではなかった。

「だ、めだって……い、臨也、ひぁッ――やめ……あ、あぁッ」

性器を握るのとは反対の指が後孔に入れられた。突然の異物感に静雄は息を呑んだが、昨夜も触れられていたそこは強い抵抗もなく臨也の指を呑みこんだ。
内壁が彼の指先に絡む感触に静雄の腰が震える。快感を覚えだして久しいそこはまるで誘うように脈動した。

「目の毒……っ」
「あ、なに……ん」

首を振った臨也が唇を重ねてきた。彼の息も上がっている。
静雄は自分ばかりでないことを知って安堵の息を洩らした。

「シズちゃんを見てると、それだけでイキそうだよ」
「馬、鹿じゃねえの……ッう、あ」

つらそうに眉をひそめた臨也の表情を間近で見てしまい、それが妙に色っぽくて静雄の心臓は痛いほど高鳴った。汗の滴る様も乱れた髪も苦しげな声も。すべてが自分のものだと思うと直視するのが恥ずかしいようなずっと見ていたいような、複雑な心情だった。

「鏡見たら憤死しちゃいそうだねえ」
「ああッ」

長い指がさらに奥を探る。もう何度も繰り返した行為であるのにいまだに慣れない。腰が浮いて、膝を抱えられた。

「ね、シズちゃん」
「あ……」

はらりと臨也の髪が一静雄の頬にかかる。くすぐったさに瞼をしばたかせると、そのまま頬を滑り落ちて臨也の首筋が鼻先にあった。

「挿れて、いい?」
「あ、ひ……ァッ」

言いながら臨也は自身の性器を静雄の腰に擦りつけた。
熱い感触に期待と不安がない交ぜになった悲鳴が上がる。
それをさらに煽るように臨也は後ろへと性器をあてがうと、ゆっくりと腰を揺らした。緩やかな動きは挿入にはほど遠く、すでにとろけたそこが切なげにわなないた。
静雄はシーツを強く握り締めて意地の悪い男の顔を睨もうとした。けれど、押し寄せる快感の波にその表情は酷く惚けたものになってしまう。

「シズちゃん」

甘く囁くような声に、静雄はこらえきれずに声を上げた。

「い、臨也、それ、それ嫌だ……ッ」
「どうして?」

訊ねる声は楽しそうだ。わかっていてやっている。それを知っているのに、結局彼の思い通りになってしまう自分に呆れるだけの余裕すらなかった。

「う、あ……そ、こじゃない……」

零れた声は泣き声のようで、静雄は全身が赤く染まる思いだった。

「じゃあどこ?」
「いや、嫌だ……臨也」

これ以上は言えない。そう懇願しているのに、臨也は優しく微笑むだけで静雄の欲求に応えてはくれない。
それがもどかしくて眦から滴が流れた。涙の筋を舌でなぞられると嗚咽まで洩れそうになる。

「わかってるよ……ねえ、ちゃんと言って」

そっと手を握られて安心させるように唇が落とされた。
酷い男だと思うのにこんなふうに酷くされることに喜びを見いだしてしまっている自分を静雄は知っていた。
思い通りにならない。そう言って切なげに溜め息をつく臨也の姿が脳裏によぎる。それは彼の口癖のようなものだったが、今も昔もそんなことはないように思う。自分ばかりが踊らされているのは悔しいので告げたことはないが。
静雄からしてみれば、指の先まで臨也に従属させられてしまっているような気さえしているのに。特に、この行為の最中は。体が自分のものではなくなってしまう。それでもいいと思えるほどだから、もう頭も心も手遅れだ。

「……ここ……」

震える体を叱咤して小さな声で囁いた。臨也の指を自身の後孔へと導く。熱くとろけた場所がうねるのがわかる。期待しているのだ。

「こ、こに」
「……っ」

熱い息を洩らして恥ずかしさで死にそうになりながら、静雄は自分の指と一緒に臨也の指を中へと押し入れた。二本の指が中で絡まって、こらえきれない喘ぎが零れる。

「あ……あ、ア」

涙が流れるのは生理的なものか羞恥からか、それすらわからないほどに必死だった。無意識に指を締めつけると体が跳ねて喉元がそった。
静雄はシーツに頭を強く擦りつけて快感に耐えた。もはや視界も定かでない目で臨也を見つめる。ぼんやりと見えた彼の表情は、まるで泣き出す寸前の子供のようだった。

「挿れて……」
「ッ」

吐息混じりに吐き出された言葉に臨也はまるで動物のように反応した。理性をかなぐり捨てたような荒々しい手が、痛いほどに強く静雄の腰を掴む。
そして、抜かれた指の代わりに熱い塊が体を貫いた。

「ッ……あ、ああぁッ」

躊躇いもなく突き挿れられて、静雄の喉からは叫びに近い悲鳴が上がる。

「や、う……あ、ア」

指とは比べものにならない質量の熱が体を埋めている。死んでしまうのではないかと、怯えるように臨也の背中へ腕を伸ばした。
もう何度も感じたはずの感覚は、いつも怖い。

「ここ?」

いつの間にか腰の下に置かれた枕のせいでより結合が深くなる。中がほぐれているせいかそれとも臨也自身余裕がないのか、荒い動きで腰を打ちつけられた。

「や、待っ……動かな……ひ、んあぁッ」
「いや、ほんと、我ながら信じられない、なぁ」

かすれた声で臨也は呟いた。彼から滴り落ちた汗が静雄の肌に跳ねる。
中をかき混ぜられ何度も感じる場所を叩かれ、目の奥が真っ赤に染まる。足が痙攣して体がばらばらになってしまうような感覚に静雄は泣いた。

「ひ、う――あああッ、や、あァ」
「なん、で、寝ちゃったかな……ッ」

いまだに昨夜のことに触れる臨也に、静雄は真っ赤な顔でやめろと喚いた。そんなことどうだっていい。どうでもいいから今は――
どうでもいいことにこだわっていた自分を棚上げして、静雄は臨也の背中に爪を立てた。

「も、いい、いいか、ら……あ、あッ」

甘えるように腰を揺らすと臨也の口から呻き声が洩れた。普段より低く苦しげな声に、さらに欲情が煽られる。

「許して、くれる?」

臨也の言葉に静雄は必死で頷いた。

「許す、ゆるすから……」

――ゆるして

汗で滑る手で懸命に臨也の背に縋った。許してほしい。うわごとのように何度も繰り返して静雄は懇願した。
もう何を言っているのかさえわからなかった。ただ、体も頭も何もかもが限界で助けてほしいと腰を揺らす。

「……こ、のっ」

臨也の焦る声に霞がかった思考ながら静雄が僅かに溜飲を下げていると、まるでそれを咎めるように激しく中を突かれた。

「ひ……ンッ、あ、あっ、ぁあッ」

体の奥から湧き上がる熱に抗うこともできずに、糸の切れた人形のように激しく揺さぶられながら自分の体を貪る男の顔を凝視する。その表情に見惚れながら静雄は快感に耐えるように歯を食いしばった。
中で彼の性器を無意識に締めつけてしまい、臨也の指が肌に食いこんだ。
互いに限界が近いのだと思った瞬間、静雄の意思とは無関係に体が大きく跳ねた。

「あ、あ……っ!」
「――――ッ」

熱いものが奥で爆ぜた。頭が真っ白になり、一瞬呼吸すらも忘れてしまう。
激しい快楽の中で静雄は射精した。だらだらと流れるそれは静雄の腹やシーツに流れ落ちる。
膝を抱えられ顔をくしゃくしゃにしながら性器を濡らす姿は滑稽に違いない。体格のいい大人の男がまるで赤ん坊のように感情のままに声を上げる姿は見苦しいだけだろう。
そう思うのに臨也の目はこちらが恥ずかしくなってしまうほど優しく、愛しいものを見るもののそれだった。






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