モーニング・アフター・ショー


「……あ……ぅ」

達してしまった感覚から抜け出せず、体が弛緩して思うように動かせない。なんとか首だけを巡らせて臨也の様子を窺うと、彼も息を乱して静雄の上に崩れていた。
その体に腕を巻きつけると、臨也はゆっくりと顔を上げた。その表情には明らかに疲労の色が窺えたが、それ以上に幸せそうに彼が笑うものだから静雄は潤む視界を悟られないよう彼の体をきつく抱きしめる。
苦しそうに笑う臨也はあやすように静雄の胸を何度か叩くと、ゆっくりと瞼を下ろした。
静雄も疲労感に身を任せ、目を閉じた。眠気はさほどでもない。小一時間もすれば臨也も目を覚ますはずだ。
疲れた体を休めるためにゆっくりと息を吸い込む。視界が遮られて残るのは互いの吐息と心臓の音だけだ。それが穏やかな休日の午後にしっくりとくる気がするのは自分だけだろうか。
閉めきった部屋には精臭が漂い、自分も臨也も汗や精液にまみれたまま全裸で横たわっている。とても人に見せられる姿ではないが、それでも縁遠いと思っていた幸せの形とはこういうものなのだろう。
静雄はゆったりとした時間に身を任せて、霞む意識を手放した。





静雄の思った通り、臨也が目を覚ましたのは一時間が経った頃だった。彼が腕の中で身じろぐ感触で静雄も夢うつつだった意識を徐々に覚醒させていく。

「……喉いてえ」

呟いた声はかすれ、しっかりとした音にはならなかった。
水分が欲しいと思ったが動くことが億劫だった。体は少しの休息で回復していたが、静雄を引きとめるのは怠惰で心地いいこの雰囲気だ。
すると、臨也が横たえていた体を起こした。先ほどまで眠っていたためか、覚束ない足取りをフローリングの床につける。
腕の中から温もりが消えて少し肌寒い。視線を向けると、彼は昨夜浴室から持ってきてそのままだったバスタオルを腰に巻いて立ち上がっていた。

「…………」

声をかけようとしたが思ったように声が出ない。もどかしくなって腕を伸ばす。
臨也は振り返り際にその手を取って唇に当てた。まるで映画のワンシーンのようだとどこか他人事のように思っていると、そのまま無言の彼の手が乱れた静雄の髪を優しく撫でた。
従順な犬のように静雄は腕を下ろし、そっと上目遣いで臨也を見上げる。彼の指先が頬をくすぐってやがて名残惜しそうに離れた。
裸足の足音が離れていく。
どこへ行くのかと思っているとすぐに足音は近づいてきた。ものの数十秒のことだ。どうやらすぐ隣のリビングへ行ったようだった。
臨也はベッドに腰かけグラスに入ったミネラルウォーターを静雄に差し出すと、自分は手に持ったペットボトルに口をつけていた。
上半身を起こして受け取った水で喉を潤した。冷たい液体が食道を通り抜けて朝から何も入れていない胃に落ちるのがわかった。

「あー……」
「いっぱい喘いだもんねえ。俺も腰が痛いや」

静雄がようやくまともに声を出せるようになると、臨也は笑いながら腰に手をやった。軽くタオルを巻いただけの体には静雄がつけた痕が散りばめられている。白い肌には赤がよく映えた。
しばらくは肌を人目にさらせないなと満足げに静雄は口角を上げる。
彼の均整の取れた肢体は恋人の欲目を抜きにしても充分に美しいものだった。柔らかで滑らかな女性的な艶めかしさと、男性的な硬さとでもいうのか雄々しい体躯が奇跡的な比率で一つになっている。
思わず見とれてしまったことを隠すように、静雄は小馬鹿にした笑いを洩らした。

「軟弱だな」

すると臨也は大げさに眉をひそめ、サイドテーブルに水を置いて静雄に詰め寄った。

「ちょっと、シズちゃん。こっちは一ヶ月近くデスクワークに根詰めてたんだからさあ。もう少しいたわってよ」

胸にもたれかかるようにしてしなだれた臨也に思わずグラスを落としそうになる。文句を言うとすぐに手の中のそれを奪われた。
ペットボトルと同じくサイドテーブルにグラスを置いた臨也はこれで遠慮の必要がなくなったとばかりに体を押しつけてきた。
互いの体温が一つになるような感覚はいつでも気持ちがいい。

「甘えんな」
「……とかなんとか言っちゃって。この手は何かな?」

言葉とは裏腹に腰に回した手を揶揄される。何も言い返せないのが癪で力をこめた。

「へし折ってやろうか」
「あははは、痛い痛い」

どちらも本気でないことはわかっていて、まるで子供のようにじゃれ合った。静雄が臨也の体を羽交い締めにすると仕返しのように背中をくすぐられた。たまらずベッドに突っ伏すと、静雄の体に指を這わせた臨也がわざわざ情痕を一つずつ数え始めた。

「……すぐに消える」

枕に顔をうずめながら呟いた。くぐもった声はどこか拗ねた音をしていた。
臨也の体に残る痕はきっとすぐには消えない。なのに自分の体は簡単に傷を癒してしまう。もう馴染んだ体質だったが便利だと思う反面、ほんの少しだけ寂しく思うこともあった。

「消える前にまたつけるよ」

臨也は気にしたふうでもなく静雄の太ももの爪痕を撫でた。ついた時は真っ赤だったはずの筋が今はもう、うっすらとした色になっている。
それでも何度もそこに触れる臨也の指に妙な気分になりそうで、静雄はひねくれた返事をした。

「へえ?そんな体力あんのかよ」

しかし挑発はあっさりと受け流されて代わりに唇が額に落とされる。

「シズちゃんに鍛えられてるからねぇ」
「……そうかよ」
(俺だって――)

こんなことは全部臨也に教わったのだと、心中でこっそりと呟いた。いつの間にか人に言えない秘密が増えてしまった。自分の性癖も弱い箇所も、自分すら知らなかった自分も。
責任を取れと言いたかったがそれではまるでプロポーズだ。言えるわけがない。それに臨也の答えは聞かなくてもわかる。
そのくらいには、愛される自覚というものが静雄の中にも芽生えていた。






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