私は貴方の従順なしもべ
ぐずぐずに溶かされ、もう下半身が使い物にならない気がして、静雄はうずくまっていた手に力をこめる。
まるで無力な赤ん坊にでもなった気分だ。自分の意思では何も叶わない。
ただ、臨也が中を探り、えぐる感触。それがすべてだった。
「ん、く……っ」
「中、気持ちいいね。俺の指、好き? すごく締めつけてくる」
「あ、は……ぅ」
ずるり、と指が引き抜かれる。
穴が収縮し、出て行ってしまった指を恋しがるように、切なげにわななく。
(あ……あ……)
静雄は必死に体に力をこめ、尻を突き上げた。
ゆるく腰を振り、懸命に彼を誘う。
「も……いい、から……はやく」
恥ずかしい。羞恥で死んでしまう。
そう思うものの、もはや理性など捨ててしまった。我慢などできるわけがない。
かすれた声で臨也を呼ぶ。
すると彼はおもむろに静雄の足にふれ、掌で押し広げるように撫でた。
「仰向けになって」
「……あ」
体勢を変えるように言われ、疑問も文句も持たずに従う。
背中を床につければ、冷たく硬い感触に肌が粟立つ。
そんな自分の様子を見下ろす臨也は、慰めるように静雄の胸を撫でた。
「少し、つらいかも。苦しかったら言ってね」
「……平気だ」
「シズちゃんの平気は信用してない」
鈴を転がすような声で笑い、彼は静雄の足をかかえる。
確かに、先ほどよりは無茶な体勢だ。
それでも苦しいとまで思わないのは、それなりに体がやわらかいからだろう。今さらに、自身の体について知る。
「……なんでだよ」
おとなしく彼に従ったあとで、理由を問いかける。
臨也からしても、先ほどの体位のほうが楽だったろうに。
そのことを言えば、彼は首をかしげ、静雄の膝に口づけた。
「だって、顔、見たいじゃないか。俺の顔も、見てほしいし」
「…………」
なんとも俗物的な欲求に、静雄は胸中で舌打ちする。嫌だからではない。
むしろ、逆だ。
(人をどんだけ煽りゃ気がすむんだ……)
腹の立つ男である。賢しくて、残酷で、美しい。
なるほど人間でないわけだ、と静雄は妙な納得の仕方をした。
こちらの心中など知らず、臨也はあでやかに笑う。
「君を感じてる、みっともなくて恥ずかしい顔、見てよ」
不思議な感覚だ。
こうも自分が特別に扱われるのは。そして、その相手がこうも特別だというのは。
ヴァンパイアは、それはそれはプライド高い種族だという。
その中でも最高位にいるだろう男がこんなことを言うなんて。それがいかに異常なことか、静雄にはわかっていた。
(……ああ)
この気持ちはなんだろう。
焼けつくような痛みと、快感。泣きたくなるような気もするし、怒りたい気もする。さらには喜びに満ちているような、そんな気さえした。
震えるほどの快楽は体のみならず、心までも侵食していく。
「……人間、ごときに……おまえもずいぶん、血迷ったな」
「…………」
挑発するように言えば、臨也は顔を歪める。
笑ってはいるが、どこか悔しそうだ。
「……ふふ。本当なら、死んでしまいたくなるような屈辱だろうなぁ」
諦めを滲ませた、儚い笑い声だった。強大な力を持つ化け物には不釣り合いな、庇護欲をそそる声音。
男の本音を聞いて、静雄は無意識に呼吸をとめる。
「こんなに悔しくてみじめで、死ぬほど幸せなこと……何度生まれ変わったとしても、きっともう、ない」
「……っ」
静かに告げられるそれは、激しい感情の発露だ。心に響く声に、激しい熱を感じる。
人間ごときに血道をあげている化け物を笑える余裕など、静雄にありはしない。
ただ、声もなく、目を潤ませて彼を凝視するだけだ。
いたずらげに微笑み、臨也は言う。
「化け物の俺は、君に殺されちゃった」
つられ、静雄の顔にも笑みが浮かぶ。
「……神父、だからな」
震える声を吐き出した。
そうだ、自分は神父だ。聖職者だ。教会の犬で血みどろの聖騎士。罪深い愚かな男。人であって人でない。
そして――。
(俺、は)
貴方の従順なしもべで、貴方だけの雌で。そして、貴方を絶えず殺す天敵。
「…………」
熱い目で臨也を見つめる。彼が、今の自分のすべてだと確かめるように。
知らなかった。
奪い奪われの関係は、こんなにも心地がいいものだったのか。
「――じゃあ、今度は俺が君を殺そう」
「っ」
囁くと同時に、臨也はほぐれた静雄の穴に性器を押し込んだ。
「ヒ……ッ」
「……っ」
不意を突かれ、息を飲む。
圧迫感に彼も眉をひそめ、熱い吐息を洩らした。
「……神父様、許しの言葉をください」
「ふ、ぁ、あああっ」
芝居がかった口調で言い、臨也は強引に腰を動かす。
強く掴まれた尻と、その中央をうがたれる感覚がたまらない。
「ひ、いっ、あぁ、あっ!」
律動に、情けない声があがる。とめようがなかった。
もとよりこの男に調教された体だ。すぐに主人のものを締めつけ、順応する。
熱い杭を打ち込まれたように全身が焼かれ、やがて快感で満たされる。たまらない刺激に、静雄は喘いだ。
「ん、ン……ッ」
首をそらし、臨也の背に爪を立てる。
指に伝わる濡れた感触は、彼の血だろうか。
「ひ、ぁ、あっ、アッ! ……い、いざ、やぁ」
「……っなん、だい?」
乱れた呼吸はお互い様だ。
力を振りしぼり、顔を近づける。
端整な顔に汗が流れ、赤い目が自分を映していた。
その目をしっかりと見つめ、
「言って、くれ」
「…………」
懇願する。
何を、と言わずとも、臨也はわかっている。
沈黙の中、肉のぶつかる音と水音、絶えず洩れ出る嬌声が教会内に響く。
「あ、ぁあっ、ひ、あ……っ、……ぅ、あ……い、言って……っ」
「…………」
叫ぶように言えば、彼が息を飲む気配がした。
目の前の唇が震えるさまを見守り、静雄は言葉を待った。
一瞬のようでも、永遠のようでもある時間が流れ、そして――。
「――――愛してる」
「ッ」
何よりも待ち望んだ言葉を聞いた。
その瞬間、体が大きく震える。
体と心が限界を迎えたのだと、静雄は悟った。
「あ、ぁあああッ!」
「く……っ」
結合した箇所が強く締まり、その感覚に悲鳴をあげる。
我慢しきれないものが心身に溢れ、目を見開く。
「――ッ」
次の瞬間、大きな快楽の波に流された。
わけもわからぬまま、静雄は射精した。
精液をまき散らし、体を痙攣させる。
「ん……ぁ……」
「……は」
二人の荒い呼吸が夜の教会に響く。中の濡れた感触に、いつの間にか臨也も射精していたことを知る。
疲れきった体がとたん、重みを増した。
(あ……う……)
声もなく、静雄は泣いた。
それをぬぐう指先の優しさに、涙がとまらない。
(臨也)
胸中で彼を呼べば、まるで見透かしたように臨也が微笑む。
汗にまみれ、潤んだ目の相貌が酷く美しい。彼の背後に見える月すら、かすむほど。
(い、ざ……や)
意識が白濁し、静雄はゆっくりと瞼をおろした。
最後まで感じていたのは、やはりその優しい指先と彼の温度である。