未来の話をしよう


「なあ、これってどう思う?」
「あ?」

食事を終えて、酒を飲みながらソファでテレビを見ていると、ふいに隣の静雄が呟いた。
彼は甘い白ワイン、自分はウィスキーを手にしている。
酒を一口飲んでから、臨也は静雄の指さすテレビ画面を見れば、ちょうどアイドルグループの少女達が歌を披露しているところだった。どう、というのは彼女達について、という意味だろう。
さらに一口、酒を飲む。
思案するほどの質問でもない。臨也は特に深く考えず、口を開いた。

「かわいいんじゃない? いかにもアイドルって感じ」
「おまえ、どの子がタイプだ?」
「んー……」

俺のタイプはおまえだ、という一言は言わず、画面に目を向ける。
静雄とてそんな言葉が欲しくて、わざわざ聞いてきたわけではあるまい。単に、話題の一つとして、かわいらしいアイドルをネタにしただけのことだろう。

「そうだなぁ。しいて言うなら……この子?」
「俺はこの子」

長身でショートヘアに切れ長の目、厚ぼったい唇の、少女と言うには少しおとなびた女性を指さす。
すると、間髪入れずに静雄はその隣の少女をさした。

「おいおい、まだ中学生ぐらいじゃないか。シズちゃんって、ロリコンだっけ?」
「うっせえ」

からかうと、静雄は笑いながらグラスを空にする。
空いたそれに自分でボトルから酒をつごうとするのを制し、臨也がワインを彼のグラスに注ぐ。
テレビ画面に顔を向けると、激しく踊りながら視聴者に向けて満面の笑みを投げかけるアイドル達と目が合った。

「かわいいねぇ。なんか、キラキラしてる」
「おまえも芸能界にいそうな顔だけどな」
「シズちゃんもだろ。っていうか、実の弟が今をときめくスーパーアイドルじゃないか。そっちのほうが、よっぽど芸能界に近い」

素直な感想を言えば、静雄は妙なことを言うとばかりに、眉をひそめる。
自分に自信がないというよりは、外見的魅力をあまり理解していないのだろう。実際、彼の容姿に惹かれる人間は少なくないのだが、幸か不幸か、特異な性格やら体質やらで、わかりやすいアプローチを受けることは少ない。
恋人としては少しばかりもったいない気がするのも本当だが、自分だけが彼の魅力を知っているという優越感もある。
いい男だろう、と周りに自慢したい反面、閉じ込めて自分だけに見せる姿を愛でたい欲求は平行線をたどる。わがままであることは百も承知で、臨也はこの葛藤を楽しんでいた。
楽しむだけの余裕があるのは、結局のところ、臨也には静雄だけ、静雄には臨也だけしかいないのだという確信があるからこそである。
他人の介在する余地などありはしない。互いに、それだけはよくわかっていた。

(長年の宿敵が蜜月の恋人だもんなぁ……まったく、おもしろいもんだね)

機嫌よく鼻を鳴らし、臨也は静雄に問いかける。

「スカウトとかされなかったの?」
「されたとして、俺が気づくと思うか?」
「気づく前にキレてるだろうね」

納得してうなずくと、今度は静雄から質問を返される。

「おまえこそどうなんだよ。されるだろ?」
「適当にあしらうよ。面倒くさいし」

酒で唇を湿らせつつ、臨也は答えた。
しかし、静雄は喰い下がる。

「人間観察が好きとか言ってたじゃねえか」
「裏でコソコソやるのが性に合うんだ」
「ノミ蟲め」

その言いように、臨也は笑いながら静雄の膝を叩いた。
つられ、静雄も声をあげて笑う。
互いに酔いが回っているわけではないが、心地よい雰囲気に自然と饒舌になっていく。

「今はもう、ほとんどまっとうな情報屋だよ。知ってるだろ?」
「まっとうな情報屋って、なんか矛盾してねえ?」
「職業差別ー」

言いながら、グラスをテーブルに置く。そして、静雄の肩にしなだれかかった。
こうやって甘えるのは好きだ。静雄が嬉しそうに吐息を洩らすのも好きで、武骨な指が髪や頬を撫でるのも好きだ。
硬い音がする。
静雄もグラスを置いたらしい。閉じていた目を開け、その表面を雫が滑り落ちるのを、臨也はぼんやりと見つめていた。
恋人の指の感触が心地よく、なんとも離れがたい。

(いつから……いつから、こんなふうになった?)

よくよく考えると、彼と恋人になったのは二十五の頃。それから三年がたっている。
仇敵が恋人になるという、あまりにも劇的な変化のせいか、それ以降は特に大きな変化があるようには思えない。少なくとも、臨也の中では。
世間一般の恋人と同じように互いを知りながら愛情をはぐくんで、最初は張っていた気が徐々にゆるみ、穏やかな関係にまでなった。
平和な環境と関係だったように思う。これからもそうだろう。
あまりに心地よすぎて夢ではないかと思うこともあるほど、順風満帆と言っていい経過だ。

(変なの。こいつと幸せになったら、人生全部うまくいく、みたいな……。こういうの、なんて言うんだっけ? 青い鳥?)

唇にふれた指先に吸いつきながら、臨也は取りとめもないことを考えていた。

(いや、ちょっと違うか。前は前で、それなりに楽しかったし満足してた。ただ……幸せの感じ方が変わったんだな)

「……年を取るってこういうことか」
「あ?」
「なんでもない」

お返しとばかりに静雄の頬を撫でる。すると、朝に剃り残したのか、わずかに髭の感触があった。
そういえば今朝はバタバタと慌ただしかった。洗面所でシェービングクリームと歯磨き粉で顔を白くしつつ、シャツを着ている静雄の様子を思い出し、臨也は笑いを噛み殺す。
こちらの様子に気づかない静雄は、何やら低く呻き、神妙な声音で呟く。

「仕事って言えばよぉ……俺が養ってやるから仕事やめろ、って言ったらどうする?」
「おや」

思いもよらない発言に、純粋に驚いた。
今まで互いの仕事に不干渉だったせいもある。静雄の言葉には真剣さが感じられ、臨也は適当に流すことはせず、口調は軽いながら真面目に言葉を選ぶ。

「別にやめてもいいよ。仕事に愛着はあるけど、未練はないし。優先順位の一番上は揺るがないしねえ」

本音だった。
すると、静雄は訝しげな顔をする。

「優先順位……?」

どうにもぴんとこない様子の静雄を笑って、彼の耳元に唇を寄せる。
そして、吐息を吹きかけるように、

「――君だよ」
「っ」

何よりの優先事項はほかでもない、静雄自身だと告げた。
そっと手をかけた静雄の肩が跳ねる。物理的な衝撃にはびくともしないくせに、彼は相変わらず、この手の刺激に弱い。
恋人になりたての頃は、それこそ狼のような男がウサギの一面を見せたような、どこか不思議な感覚に陥っていた。かわいらしい姿に欲情するとも苛立つともとれない複雑な感情は、今でこそ愛情なのだと知っている。

「あ……」
「…………」

舌で耳朶にふれると、彼の体が硬く、そして熱くなる。
何度もした行為であっても、何度もふれた体であっても、いつだって自分達は初めての頃を忘れられない。初々しさが消えず、こそばゆい思いをする。

(もう何年にもなるのに、ほんと俺達って……)

わがことながら笑えてくる。恥ずかしい思いもあったが、不思議と嫌ではない。開き直りとも言えるような気分だ。
純愛結構。幸せを恥じ入る必要はない。
静雄の赤い頬を撫でながら、臨也は口を開いた。

「主夫業に磨きをかけるのも悪くない。……それか、俺が養ってシズちゃんが主夫やる?」
「悪くねえな」
「奥さんが平和島静雄だなんて、わが家は絶対安全領域だね。防犯設備いらずだ」
「言ってろ」

応酬が続く。
口調は軽いが、言葉に嘘や誇張はない。
本音の見極めができる間柄だ。傍目には冗談のような会話でも、その実、互いに本気だというのだから、なかなか世間一般の恋人とは言いがたいものがある。

(今でも結婚してるようなもんだけど、どっちかが家にずっといるってことはないからなぁ)

家に常駐する静雄、つまりは主夫である彼を想像したところで、彼は彼で臨也の主夫像を脳裏に描いたのか、苦々しい顔をした。

「おまえはあれだな……なんか、危ない気がする」
「危ないって何が?」
「ロマンポルノ的な」

恋人のたとえに、臨也は吹き出した。

「昼下がりの情事?」

いたずらげに尋ねると、静雄は器用に片眉を上げる。

「薔薇地獄」
「お」

静雄の返答に対し、こちらも興が乗ったように思いつく題名を口にした。

「未亡人の寝室」
「魔性の香り」
「東京チャタレー夫人」
「花と蛇」
「肉体の門」

間髪入れないやり取りが続いて、思わず臨也は口笛を吹いた。

「詳しいな、おい」
「おまえもな」

対し、静雄はどこか拗ねたような表情でこちらを睨んでくる。

「つーか、未亡人てなんだ。聞き捨てならねえ」

どうやら、選択したタイトルが不満だったらしい。






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