未来の話をしよう


「単に知ってる作品を言っただけだよ。殺しても死なないくせに、何言ってんのさ」

誰が未亡人になるものかと、少々強めに彼のふとももをつねった。
そのまま膝を撫で、先程と同じように静雄の肩に頭を乗せる。

「なんの話だっけ? アイドル? ポルノ?」
「いや、そういうわけじゃ……そもそも、もうちょい将来的な話をしてなかったか?」
「あ、そうそう。未来の話ね。どういう生活をするか、っていう」

おおいに脱線した会話を、なんとか戻すことに成功した。
未来の話、そう自分で口にして、臨也は笑う。ずいぶんと所帯じみた会話だ。

(悪くない、とか思ってるあたり、俺も変わったんだろうな)

内心での呟きは音になることはなく、代わりに機嫌のいい静雄の声が耳を打つ。

「こんなのはどうだ? お互いもう少し稼いで金溜めて、早めに引退。そんで、田舎に引っ越してスローライフ」
「お、いいねえ。そういうセカンドライフもありだな」
「何歳くらいで引退する?」
「そのときの事情にもよるけど……やっぱり早めがいいなら、四十をめどに考えるといいんじゃないかな」

ぽんぽんと、テンポよく会話が進む。まるで最初から決まっていた話をなぞるように、なんの問題も不満も出ない。
未来の話はずいぶんと簡単に、その像を具体化していく。

「あと十年ちょっとか。そう思うと、そんなに遠い話でもねえな」
「十年が遠くないとは、なかなか老成した考え方だね」

しかし、静雄の言うことにも一理ある。
この調子でいけば十年はすぐだ。穏やかで幸せな生活は、流れるようにすぎていく。

(とまればいいのに)

今、この瞬間が。
彼とすごすようになって、もう何度そう思っただろう。

(血迷ってる。たぶんもう、ずっとこうだ)

今の状態が正常でも冷静でもないとしても、もう、われに返ることは二度とない。その確信があった。
以前の自分には戻れない。

(……戻らなくていい)

ずいぶんと、晴れ晴れしい胸中になったものだ。臨也は自嘲した。人の内面を掘り下げて、清濁問わずに観察していた過去が遠い。
心地よさに任せ、熟考することなく言葉を紡ぐ。

「じゃあ、四十になったら、第二の人生を一緒に、ってあらためてプロポーズするよ」
「ちょっと待て、あらためても何も、まだプロポーズされてねえぞ」

上機嫌に呟いた言葉に静雄が噛みついた。
言われてみればそうだ。
自分達の間に、そういった言葉はない。一緒にいて、相手を想うことが当たり前すぎて、定型的な言葉を忘れがちになってしまう。
臨也は笑いながら、静雄に囁いた。

「来年あたりにしようかと」
「今、適当に言ったな」
「そっちこそ、プロポーズしてくれないじゃん」
「俺も来年、言おうと思ってたんだよ」
「ずるいぞ」

同じように言い訳した静雄に、体を強く押しつける。すると、力強い腕が体を抱きしめてきた。

「…………」
「…………」

たくましい腕に抱きとめられる感触を、男である自分が経験するとは思いもよらなかった。ましてやそれを心地いいと思うなんて。
静雄とてそうだろう、まさか男に抱かれることになるとは、過去の彼には想像もつくまい。
大きく息を吸い込んで、恋人の香りを堪能する。いつまでも変わらない、健康的で、それでいて色気のある芳香に刺激されるのは体だけではなかった。

(あー、なんか、泣きそう……)

馬鹿馬鹿しいと思うのに、妙に感傷的になってしまう。
理由などない。ただ、いとしいと思える、それだけだ。

「……涙腺が弱る、って年齢でもないんだけどな」
「なんの話だ」
「シズちゃんに感化されたのかなぁ。一緒にいると似るって言うしね」
「だから、なんの話――」

疑問には答えず、臨也は静雄の唇に自身のそれを重ねる。

「!」
「…………」
(熱い)

濡れて、熱を持った唇は、舌ざわりがいい。

「ん……」
「……ふ」

一瞬、驚いたように身をすくめた静雄だが、すぐに仕方がないな、と言わんばかりに舌を絡めてくる。
徐々に深くなるキスは、言いようのないほど気持ちがいい。

「……は……っ」
「ン」

強く吸いつかれ、逃げるように舌を動かすと、じれた彼に甘く歯を立てられた。
言葉より饒舌にキスをする恋人の指に、臨也は熱い吐息を洩らしながら自身の指を絡める。
ゆっくりと静雄の口腔を味わいながらも、やがて唇を離す。
なるほど、確かに自分達は言葉がたりない。いつだって、行動が先にくる。

(でも)
「……いつでも言う準備はできてるんだよ。覚悟なんてとっくにできてるし」

永遠の約束も、愛の言葉も、何もためらう理由がない。言えと言うなら、いつだって言えるのだ。
誤解がないよう、そのことを伝えると、恥ずかしそうに静雄は「知ってる」と呟いた。
それに、と言葉が続けられる。

「……俺もそうだっつーの」

消え入りそうな声に、臨也は目を細めた。
同じ気持ちなのだとあらためて確認するのは、そう悪くない。恥ずかしさを押し殺す恋人のけなげな姿も、かすれた低い声も、赤く染まった目元も、これ以上なく美麗に思える。
ああ、こういう気持ちをいとしさと言うのだろうな。そんな気分になって、またしても笑いを噛み殺した。いい加減、この浮かれた気持ちはどうにかならないものか。

「君のことは、なんでも知ってるんだよ」
「俺以上におまえのことを知ってる奴なんていねえよ」

張り合うように言われ、たまらない気持ちになる。
そうだ、知っている。何もかも、お互いに。

「だからつい、言葉にしないで放置しちゃうんだろうね」
「まあ、そうだろうな」

いつでも一緒。いつまでも一緒。
まるで誓いの言葉を体現しているようだと言えば、静雄は照れたように笑う。
惚れた欲目と言われてもいい。この瞬間の彼は、誰よりも、何よりも綺麗だ。

(言ったら怒るかな?)

恥ずかしいことを言うな、と怒るだろう。そして、羞恥に赤く染まった顔でこちらを睨み、潤んだ瞳には隠しきれない喜色がよぎる。
想像に自然と笑みが浮かぶ。同時に、恥ずかしさも湧いた。まったく、いつからこんな妄想ばかりを描くようになったのかと、自分を問いただしたい。

「なんだよ」
「ちょっとね。……俺って、馬鹿になろうと思えばとことん馬鹿になれるんだなあって」
「気づくの遅くねえか?」
「酷いな」

なかなかの言われようにわざとらしく眉をひそめると、静雄はにやりと口の端を上げ、囁いた。

「おまえ、俺に関してはいつだって馬鹿だろ」
「…………」

確かに、それは否定できない。
けれど。

「そういうシズちゃんもね」

肩をすくめて返せば、反論のできない静雄に睨まれた。
やがて、彼は小さく息を吐く。

「……この前、新羅に馬鹿っぷるって言われた」
「否定できないのがつらいところだ」

あっさりと感想を口にすると、静雄はさらに大きな溜め息をつく。
じゃあ、もう馬鹿になりきったところで、と開き直ったように彼は言った。

「今度の日曜、一緒に指輪でも見に行くか」
「エンゲージリング?」
「今更、婚約してどうする、まどろっこしい。結婚指輪でいいだろ」
「はは! 男らしい」

大きく声をあげて笑い、キスをねだる。
ついでに、反応しきっていた彼の性器に手を這わせ、服越しから挑発するように撫でた。

「明日は仕事だけど……どうする?」
「……いちいち聞くな」

一択に決まってる、と荒々しく口づけられ、臨也は満足したように目を閉じる。
瞼はおろしたまま、われながら器用だと思う指で静雄のシャツを手早く脱がせた。
あらわになる彼の肌に、自分の熱くなったペニスがふれるところを想像する。それだけで射精してしまいそうな衝動が、体の芯を揺らす。
うっとりと微笑み、赤い舌で静雄の胸をくすぐった。

「……綺麗だね」
「どっちが」

小馬鹿にしたように静雄は笑う。
心外だ、と彼の首筋に噛みつきながら、臨也は抗議した。

「シズちゃんだよ」
「おまえには負ける」

自信ありげに言った彼に、髪をかき乱される。
くすぐったさに笑えば、静雄も上機嫌に喉を鳴らした。

「…………」
「…………」

言葉もなく見つめ合う。なんとも言えない沈黙が、もどかしいような恥ずかしいような。
先に口を開いたのは静雄だった。

「……こういうことを言ってるから、新羅に馬鹿っぷるとか言われるんだろうな」
「言えてる」

賛同するものの、自分達を否定はしない。
言動を控えるという考えは、とうの昔に捨て去った。

「シズちゃんと死ぬまでセックスできるなら、馬鹿でいいよ」

そう言って、これ以上、互いに恥ずかしいことを言い出す前に、と唇を寄せる。
ふれた唇の温度に眩暈を覚えながら、恋人のたくましい体をいとしげに撫で、白い歯をその肌に沈める。
やがて耳に届く小さな喘ぎに下肢を刺激され、臨也は静雄の体を少々強引にソファへ押し倒す。そして、はやる気持ちを示すように、べろりと唇を舐めた。






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