嫌い、嫌い、大好き1
2013/07/09 06:36
大人になると持ち物が少なくなる。かつて大事に持っていたものでさえ、気づけばなくなっていたりする。
いろんなものを置いてきた。
それがふとした瞬間に、まるで忘れ去られた子供のように声をあげることがある。
厄介なことに、そんな子供をなだめるすべを静雄は知らなかった。
いつだって子供は強い。大人の振りかざす正論や理屈では太刀打ちできず、右往左往するはめになるのだ。
ふいに目を覚ますわがままな子供をこっそりと内に持っていると言えば、恋人はどんな顔をするだろう――。
その日は妙に暑い夜だった。
「もう嫌だ」
「何が?」
「おまえとつき合うの」
「ほう」
こちらの吐き捨てるような言葉に対し、臨也のそれは余裕ある返答だった。笑みさえ浮かべている。
(この野郎)
突然の癇癪にも臨也は動じなかった。
――もう嫌だ。
自宅のリビングでくつろぐ彼に対し、静雄はこの家に来るなり告げた。
豪勢なマンションのロビーを抜けてエレベーターに乗り、インターホンも鳴らさずキーで扉を開けて、ずかずかとリビングへ乗り込んで。
暑さで滲んだ汗は冷気にふれて引いていたが、別の汗がじわりと肌を濡らす。
(くそ、くそ、くそっ)
何もかもが嫌だった。
理由はよくわからない。もしかしたら理由さえないのかもしれない。ただ、鬱屈とした感覚がわだかまっていた。
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