継承 / 変異

「疲れた…。総士、お昼食べよう」
「こちらもキリの良いところまで終わったところだ」
「食堂?堂馬さんとこ?って、総士に聞くだけ無駄だよね。それじゃあ我らが楽園に行きましょうか」
「僕はまだなにも言っていない」
「じゃあ行かないの?」
「…行かないとも言っていない」

眼鏡のブリッジを上げて拗ねたように顔を背けて外に出る準備をする総士に笑ってしまった。午前の研究が終わってちょうどお腹も空いてきたし、2人でアルヴィスを出て喫茶楽園へと歩く。
第二次蒼穹作戦から1年後、昏睡状態から目覚めた私は日常生活へと戻って来た。以前はソロモンや島のコアに関わる研究をしていたけれど、今はフェストゥム側から帰って来た総士と一緒にフェストゥムの研究・理解に的を絞っている。私を助けてくれた操くんのことをもっと知りたいと思ったのが動機だけど、何よりも2年前に自身が感じた「フェストゥムとの相互理解、そして共存」という理想に向けて自分の人生を昇華させたいという夢があった。総士の方は他にもマークニヒトやマークザインについても研究しているようで忙しそうだ。

「総士、苗字、早いな」
「おじゃましまーす」
「午前の研究が終わってな。まだ準備中のようだ、出直そう」
「入れよ、2人ともまかないでいいだろ?」
「ありがとう、もうお腹空いて倒れる寸前だよ」
「ああ、すまない」

楽園の扉を開けると、中には一騎の他に西尾のばっちゃの孫の暉と、ミカド屋の零央くんがいた。零央くんがいるってことは、今日はミカド屋のおやつが食べられるってことだ、ラッキー。うきうきしながら総士と席につくと暉がカレーを運んで来てくれる。彼もあの戦いを経て成長し、人との関わりが広がった。

「お待たせしました、暉カレーです」
「暉ってばカレー作れるようになったんだ!しかも美味しそう」
「ほう、新商品か」
「いえ、でも作った人の名前つけるのここのルールですよね?一騎カレーとか」
「溝口さんが勝手につけたんだよ」

暉のお手製カレーを総士と向かい合って食べる。一騎カレーには及ばないものの暉カレーもなかなかいける。美味しいよって褒めたら暉は嬉しそうに笑ったけど、本当は真矢に褒めてもらいたいんだろうな。そんな真矢は溝口さんと一緒に空を飛んでいるらしくスプーンを口に運びながらガラス越しの空を見上げた。
すごくきれいな空。青く澄んでて目に優しい。空や海を見るといろんな人の面影が青いスクリーンに映し出されては消えていく。最後に見えるのは、私を助けてくれた操くんの泣きそうな顔で。それを思い返しながら向かいでカレーを食べる総士を見ると、似てると思ってたけど、操くんの方が愛嬌があったな。とか思ったり。

「僕の顔になにかついているのか?」
「んー、操くんよりも無愛想な顔がついてる」
「なんだそれは」

総士は呆れたように笑う。それが中学時代の頑なに大人びた彼からの時間の流れを感じさせる柔らかなものであることが嬉しかった。
総士はこの後シチューを作ったりなんだり楽園のキッチンを使い回していた。しばらくすると剣司に咲良、カノンも来て店はちょっとした同期の憩いの場になる。みんなと話した後、私は総士より一足先に楽園を後にした。午後の研究まで時間がある。私の両足は真っ直ぐ中学校の屋上へと歩いていった。すれ違う生徒達と軽い挨拶を交わしながら辿り着いたドア。そのドアを開けると突き抜ける青空が見えた。よく一騎と話していた所定の場所に座って、何をするでもなくぼんやりと空を眺める。

「あれから2年か…」

日の光に自分の右手をかざす。指輪による小規模な同化の痕跡こそあるが私の体は明らかに以前よりも健康だ。操くんが私の同化現象を軽減してくれた事に加えて、帰還した総士の情報により新たに作られた薬による治療で私の命は永らえている。

「操くん、今日も空は青いよ」

顔を上げて両目に空の青を焼きつける。そのままゆっくりと瞼を閉じて自分の見たイメージを送る。
昏睡状態の1年間、私はかつての総士と一騎のようにまだ見ぬ新しい命とのささやかなクロッシングを続けていた。と言っても私にその実感は無い。ただ眠っている間に夢を見ていた気がする。青い海と空の間に私ともう1人、誰かが居た。その人はまだ生まれてないのに私の隣にいて、お話するでもなくただ空を見ていた。2人の間に言葉は無いけれど目には見えない部分を共有している充足感、そして早く肉体を通して会いたいという待ち遠しい気持ち。
それが他者とのクロッシングだと知ったのは目覚めてからの事だ。遠見先生達による精密検査の結果、私は一騎と同じく日常的に誰かとクロッシングをしていると判明した。どうしてそんな事が出来るのか詳しい原因は分からなかったけれど、遠見先生は私が来主操と強い繋がりを持ったのが一因だと言っている。
正直詳しいことは分からないし本当に自分が誰かとクロッシングしているなんて信じがたい。でもこうやって空を見て目を閉じて胸に空を描くと、この風景を誰かと一緒に眺めている不思議な気分になる。これがその、特別なクロッシングなのかな。多分相手は、操くん。

「会いたいなあ」

目を開けて呟いたその時、現実に呼び戻す警報が島を揺らした。

第二次蒼穹作戦から2年、私たちのつかの間の平和は過ぎ去って行った。





島が敵に攻撃された。見たことのない巨大なフェストゥムと、島に上陸した人類軍。また、私たちの戦いが始まる。
私は今度こそファフナーに乗ることが出来なくなってしまっていた。マークツヴァイは改修されたが、パイロット適合者が現れずにいる。私たちの世代のレギュラーパイロットは真矢1人になり、新しいパイロット候補生が選ばれていく。里奈や暉が選ばれた時、私は自分がファフナーに選ばれた時を思い出していた。自分が乗ったと一騎に言ったら謝られて、なんで謝るんだろうって思っていたけど、今は分かる。自分の背負っていたものを彼らに引き継がせることへの罪悪感、自分はまだ戦えるのではないかという心残り。
今は自分が出来ることをしようと新たなフェストゥムの解析に打ち込んでいると招集がかかった。


***


「苗字名前です」

アルヴィスの制服を着た女の人が、しゃがんで私の目線に合わせてくれた。挨拶の声も丁寧で、この人は信用出来る人だってすぐに感じ取る。

「エメリー・アーモンドです」
「えっと、どうして私を呼んだの?」
「さっきあなたに会った時すぐに分かりました、あなたもエスペラントの素質があることに」
「それってあなた…エメリーちゃんって呼んでも?」
「はい」
「じゃあ、エメリーちゃん。エスペラントっていうのは、エメリーちゃんや美羽ちゃんみたいにミールと交信をしたり、フェストゥムの言葉が分かる人を指すんだよね。その素質が私にもあるの?」

肯定を表して頷くと彼女はとても驚いた。
Dアイランドの人に用意された部屋で私と彼女は対峙した。周りには軍の人とナレイン将軍、美羽は今だけ別の部屋に離れてもらっている。

「あなたからフェストゥムの欠片を感じます、きっとそれがあなたのエスペラントの素質を育てているんです」
「私も含めて島の子ども達はフェストゥムの因子が組み込まれているけれど、それとはまた別なのかな」
「一度、一瞬でもファフナーと同化したお話を聞きました。そしてそこからフェストゥムに助けられて、クロッシングを続けていたことも。私たちのミールが、あなたは”あるフェストゥム”の心を育てたと言っています。フェストゥムの中で個を確立した存在を祝福したあなたは、もはやフェストゥムにとっても大きな意味を持ちました」
「大きな意味」
「皆城総士が彼らに痛みを与えたように、あなたはその存在を通してフェストゥムに”個”という概念を強いものにさせています」

私や美羽のようにフェストゥムと交信出来る存在は、能力の強弱を問わなければ少なからず存在している。しかし彼女のようにフェストゥムの中で生まれた独立した存在、来主操個人を祝福したのは、全人類の中で彼女が初めてだろう。

「でも、私はエメリーちゃんや美羽ちゃんみたいにミールと交信出来ないし、それにクロッシングを無意識下でやっている自覚もない。自分がエスペラントだなんて思えないな、たいそれたことやった記憶もないし」

彼女はそう言って首をひねる。

「仮に私がエスペラントだとしたら、私をどうしたいの」
「ぜひ君にも我々のミールと接触してもらいたい」

ここから先はナレイン将軍が話を引きついだ。

「私とあなた方のミールが接触する意味はあるんですか」
「恐らく、君の中に眠るエスペラントの力がより強固に引き出されるだろう。エスペラントは我々人類の新たな希望だ、その存在を守り育てる事こそ我々の使命だと考えている」
「つまり私をよりエスペラントとして育てたいと」

そこで言葉を切ると彼女は真剣な顔をして口を閉じた。机の上に置いた手を祈るように組んでじっと考えている。

「……考える時間をいただいても良いですか」
「もちろんだ、この場での返答は君も難しいだろう」

椅子から立ち上がって頭を下げると、その人は去り際に私の手に飴玉を2つ落としていった。

「まだよく分からないけど、とりあえず竜宮島にようこそ。これ、美羽ちゃんと食べて」
「わあ、ありがとうございます!」

思いがけないプレゼントに頬をゆるめると、彼女も笑って手を振った。退出を見送ってナレイン将軍を見上げると、彼も小さく微笑んでいる。

「この島の人々は、本当に優しい」
「うん。だからこそ、優しい人にエスペラントとしての力を育ててほしい」





島外派遣のメンバーが続々と決まり、私も選択を迫られていた。島に残るか、島を出るか。

「ただいま」
「おかえりなさい、ご飯できてるわよ」
「お母さんは?」
「これから一緒に食べるわ」

アルヴィスでの研究を終えて家に帰ると良い匂いがした。手を洗って夕飯の準備を手伝い、母さんとテーブルにつく。今日のおかずはエビフライで幸せ。

「…ねえ名前」
「ん?どうしたの?」
「あなたは島の外に興味ある?」

母は食事を止めて俯きがちにそう言った。遠回しな言い方だけどそれは即ち、私が派遣グループとして参加するのかを尋ねているのに等しかった。私も持っていた味噌汁のお椀を置いて真剣に応える。

「島の外に興味は無いって言ったら嘘。私、エスペラントの素質があるってエメリーちゃんたちに言われて誘われたんだ、ミールに会わないかって」
「名前が、エスペラントの?」
「うん。きっとその力は私の研究にも島の為にも役立つし、自分を成長させる意味でも島外派遣に参加するのは有意義だって考えてる」
「………」

母は悲痛な面持ちで私を見つめていた。だから安心させたくて笑ってみせる。

「けれど私はどこにも行かない。ここに残る」
「え?」
「フェストゥムとの対話が可能になるかもしれないって聞いて正直すごく魅かれた。けどもう私はどこにも行かない、お母さんの側にいるよ」
「本当にそれでいいの、名前」
「エスペラントの力がもし本当に自分にあるとしたら、私はどこかのミールの力じゃなくて自分や島の中で育てたい。それに前に約束したでしょ、お母さんのそばにいるって」

未来を考えれば人類軍の人達に着いて行ってエスペラントとして生きる方が良いのかもしれない。でも私はこの島で生まれてこの島で育ち、この島で死にたい。母はその言葉に目を潤ませて、ありがとうと泣いた。


***


「名前先輩は島に残るんですよね」
「うん、残るよ。里奈もでしょ?」
「もちろんですよ、けど暉の奴は行くって…」
「そっかあ」

喫茶楽園で開かれた壮行会で、名前先輩と外でジュースを飲みながらそう愚痴る。人類軍の奴らが入って来て、どうしても気が落ち着かない私が外に出ると、先輩もそれに続いて外に出たのだ。どうしてついてきたのか聞いたら先輩は少し眉を下げて「私も里奈と同じ、ちょっと苦手なの…軍のひと」と話した。私はそれが少し意外で驚く。先輩って、苦手な人とかいないと勝手に思ってた。
初めは先輩も島外派遣に参加するかもしれないと聞いていたので、先輩まで行ってしまわなくて本当に良かったと安心する。

「派遣チームには真矢も溝口さんも居るし、大丈夫だよきっと」
「先輩ってばこんな時にものんびりしてるんですから…いいなあ」
「里奈は暉のこと大好きだもんね」
「別にそういうわけじゃないですけどっ」
「私は里奈も暉も大好きだよ、だから2人とも心配」
「どうして私まで心配するんですか」
「里奈は大切な人に素直になれないところがあるから。それも可愛いんだけどね」

先輩は持っていたアイスオレを地面に置いて、私の頭を優しく撫でる。

「私もやっといろんな気持ちが分かるようになってきてさ。戦う人の気持ちも、残って見守る人の気持ちも。里奈は今両方のつらさを感じてるんだもんね」

名前先輩の声がゆっくりと私の耳に溶け込んで胸を包む。堪えていた涙がとうとう溢れだして私は先輩に飛びつくように抱きついた。先輩は年上だからとか、お姉さんだからとか大人ぶったりしないで同じ目線で話を聞いてくれる。

「暉にどこにも…いってほしくなんかないのに…っ!」

大切な家族を失いたくない。どうしてその気持ちを暉は分かってくれないんだろう。つらくて悲しくてどうしようもなくて、そんな気持ちを名前先輩はなにも言わずに聞いてくれた。

「ずっと、家族や仲間と一緒にいれたら良いのにね」

名前先輩の言葉に痛いほど共感しながら、私はもう少しだけ先輩の腕の中で泣いた。





僕が島に還るのと入れ替わりに苗字が昏睡状態に陥ってから1年。目を覚ました彼女は1年近く眠っていたとは思えないほどに元気で、彼女の同化現象を引き受けた来主操に感謝した。

「ねえ総士、私まだここにいなきゃだめなの?」
「君はまだ目覚めてから間もないんだ、大人しく養生していた方が良い」
「つまんないなあ。じゃあ総士、なんか話してよ。フェストゥムの話、向こう側のこと」

彼女は来主操との対話がきっかけでフェストゥムに強い関心を抱くようになっていた。特に僕は存在と無の地平線を越えた事から、一層彼女に話を求められる。今日も見舞いに行くと電子端末を片手にフェストゥムについて聞いてきた。
僕はかねてから話しそびれていた事を今日こそ伝えようと制服のポケットに手を伸ばす。

「今日は僕も話すべきことがある」
「なになに?なんの話?」
「君にこれを」

ポケットから取り出したものをベッドから上体を起こす苗字に差し出した。苗字は首を傾げながら右手を差し出し、その手の上にソレを落とす。

「これって、西尾商店のキャラメル…?」

彼女は受け取ったキャラメルの箱を振って、不思議そうに中に2つだけ残ったキャラメルをつまむ。紙の箱は四方の角が丸くなって形状も少し潰れていた。

「総士もこのキャラメル好きだったの?」
「…それは僕がこの体を取り戻した時に制服のポケットに入っていたものだ。来主操が消える寸前に、そのキャラメルを苗字に渡してほしいと」
「操くんが…ってことはこのキャラメルって、私が操くんに最後に渡したキャラメル」
「最後の2つは苗字と一緒に食べたかったそうだ」
「…そっか、操くんは美味しものを一緒に食べたいって気持ちも分かってくれたんだ」

箱から取り出した2つのキャラメルを大事に胸に抱える彼女の目に水の膜が張る。彼女は自分の起こした奇跡にも似た現象に気が付いていない。フェストゥムである来主操が彼女によって個である存在を強め、人と共存し、労わる姿勢すら見せたのは驚嘆に値する。それもまた苗字にとってはただ幸せな事であって、偉業だなんて微塵も感じていないのがらしいと言えばらしかった。
苗字の目に浮かぶものに気付かないふりをして部屋を出て行こうと踵を返す。

「待って」
「どうした」
「このキャラメル、1つあげる」
「しかしそれは…」

来主操が最後に彼女に残した大切なものだというのに、それを僕なんかに渡して良いのか。そう思い怪訝な表情を見せると苗字は穏やかな面持ちで口を開く。

「操くんは私たちや島を守って消えてしまったから…。きっと新しく生まれ変わって、新しい操くんが生まれる。けどそれはいつになるか分からないし。それならほら、美味しいうちに食べたほうが良いよ。消費期限も、まあ、ギリギリ大丈夫」
「…本当に良いのか?」
「うん。操くんが総士にこれを託したってことは多分そういうことだって思うの」

白く細い指先からキャラメルを受け取る。苗字がそれを口に入れるのに倣って自分も受け取ったキャラメルを口に入れた。久しく食べていなかった甘味と柔らかな食感に子どもの頃を思い出して懐かしくなる。来主操は苗字の与える駄菓子を気に入っていたようで、この体が彼から譲り受けたもののせいか、以前よりも味覚が彼に寄っている気がした。

「美味しいな」
「でしょ。総士は頭を使う仕事が多いから糖分を摂取するのは良いことだよ」
「そうかもな」
「退院出来たら一緒に楽園に行って一騎の作るおやつとか食べようね。あ、でも総士は私よりも真矢と一緒の方が良いのか」
「おい待て」
「でも真矢も楽園で働いてるし私が一緒に行かないで総士1人で行った方が…」
「だから待て、どうしてそうなる!」


***


「ありがとう芹ちゃん、手伝いまでしてもらって」
「いえ、大丈夫です。それより先輩大丈夫ですか?あんまり顔色が…」
「ああ、大丈夫大丈夫。久しぶりに外でこんな風に動いたから」

苗字先輩の顔色があまり良くなくて声をかけると平気だと笑って流されてしまった。
先輩が目覚めて2ヶ月ほど過ぎた。身体機能も大分回復したみたいで今では総士先輩と一緒に研究に打ち込んでいる。そんな先輩が今日、何故か私の元を訪れた。理由は、以前私がフェストゥムのお墓を作っていたから。

「私もフェストゥムのお墓を作りたいんだけど、良いかな?」

先輩はそう言って、私が作った墓標に自分もお墓を作りたいと言った。もちろん拒む理由も無いし、むしろ自分と同じ考えを持ってくれる人が居るのが嬉しくて私は山の中のその場所に案内した。先輩はどうやら来主操のお墓を作りたいらしい。スコップを使って掘った小さな穴に、先輩は鞄から取り出したキャラメルの箱をそっと埋める。それが先輩と来主操にとってどういう意味があるのかは分からないけど、穴に土をかぶせる時の先輩の横顔はとても名残惜しそうだった。

「骨も入れられないのってなんだか切ないよね」
「…私たちも、こんな風にお墓になにも残らないってことが在り得るんですよね」
「機体と同化すれば体は結晶化、敵のワームスフィアに飲みこまれると塵1つ残らない。世知辛いよねえ…。でもさ、私たちがこうしてこの島に居たってことは消えてなくなったりしない。誰かの心に残り続ける、誰かが覚えていてくれる。そう考えると少し救われる気がしない?」
「苗字先輩…」
「芹ちゃんはそのことを人類で初めてフェストゥムにしてあげたんだよ、すごいすごい」

手に着いた土を制服の裾で払った先輩の手が私の頭を撫でた。恥ずかしいような誇らしいような、認めてもらったことが幸せで。私は熱を持ち始めた頬を誤魔化す為に下を向いて先輩の埋めた穴の上に土をたくさん盛った。先輩のフェストゥムに対する気持ちは少し乙姫ちゃんに似ている。

「あとはこの石をのっけて…っと。よし、出来た」
「完成しましたね」
「本当にありがとうね。本当は島の墓地に作ろうかとも思ったんだけど、流石にそれは島の皆も複雑だろうし」
「いつかきっと、分かり合えますよ」
「うん、そうなる未来の為に頑張るか!」

立ち上がる先輩の足がよろけて咄嗟に手を伸ばし肩を支える。

「っとと、ごめんちょっとふらついた」
「あんまり無理したら駄目ですよ」
「あはは、そうだね。帰って少し休もうかな」

最後に出来たばかりのお墓に手を合わせて2人でアルヴィスの方角に歩く。支える先輩の体は軽くて、私は早く先輩の体調が良くなりますようにと、島のミールにお願いした。