やわらかな朝

 新生活2日目、楽しみで随分と早く目覚めた朝は昨日と同じく快晴。早起きは三文の徳って言うし、何かいいことあるかも。鼻歌なんか歌っちゃって、たまにスキップを挟みながら通学路を楽しげに歩いていく。さわやかな空気を吸い込んだら、頭がまたすっきりとした気がした。

 大きな校舎に入ると、まだ早い時間だからか人も少なくしんと静まりかえっていた。昨日は人で溢れていたからなんだか不思議な気分。でもなんだか特別感があってこれはこれで良いかも。上機嫌なまま鼻歌混じりで教室に向かいこれまた大きな扉を開けると、既に学生がひとり席に座っていた。それを認識した瞬間、かあっと顔が赤く染まっていく。もしかしなくても、聞かれてた、よね。

「えっと、あの、……おはようございます」
「……ああ、おはよう」
「さっきのは忘れてもらえると嬉しい、かな……」

 羞恥で頬が熱を帯びていくことが嫌でもわかった。暑くなる頬に手を当て、治れ治れと念じていると、小さく笑う声が響く。他に誰もいないのだから、それは彼の笑い声以外ありえない。違いの瞳がこちらを見ていることに気が付き、あはは、と乾いた笑いをこぼしながら自分の名を名乗った。

「すみません、お恥ずかしいところを……。えっと、私白羽弓弦です」
「轟焦凍だ」
「轟くん、よろしくね」

 恥ずかしさからへにゃりと笑うと、短くよろしくと返ってきた返事に内心ちょっとだけ驚く。一見クールな印象を受けるけれど、きっと響香みたいに轟くんは良いひとだ。荷物を席に置き、教材を机に詰めていく。午前は普通の科目、午後がヒーロー科特有であるヒーロー基礎学や訓練。きっと今日からハードな日々が続くけれど、それだけプロのヒーローへの道は近づいていく。改めて気合を入れ直し、頑張るぞと小さく声に出すと、また微かな笑みが溢れた音がした。さっきの面白いから笑ったような感じじゃなくて、なんだか優しくて柔らかな笑い方だった気がする。

「白羽は、弓の個性か?」
「わっ、びっくりした……うん、そうだよ」

 後ろの方の席から急に問いかけられた言葉にびっくりしながらも返答する。くるりと椅子の向きを変えて座り直し、きちんと目を見ながら話を続けた。轟くんもひとりで早く来て暇だったのかもしれない。私でよければ、是非話し相手にならせてほしい。響香がこの場にいたら弓弦が構って欲しいだけでしょ、と言われそうだけど、案外それは間違いでもない。私も暇だったし、クラスのみんなとたくさん話してみたいことがあるのだから。

「急に話しかけて悪い」
「ううん、全然。むしろ嬉しいよ」
「そうか」

 轟くんの個性は氷だったっけ?……一応半分は炎。へえ、半分ずつなんだね。好きな食べ物は?蕎麦。お蕎麦美味しいよねえ、温かいのも冷たいのも。私はオムライスが好きなんだ。
 ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。ふわりと窓から入る風が心地よく、ゆったりとした会話は不思議とテンポも悪くない。早起きは三文の徳ってこう言うことなのかな。早速クラスメイトと話せるなんて、私は今日ラッキーガールかもしれない。ふふ、と思わず笑みを溢すと、轟くんも少しだけ穏やかに微笑んでいるように思えた。時刻は午前8時前、まだまだ皆の登校してくる時間まで、時間は有り余っている。
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