いくつかの青を通りすぎて



 久しぶりの遠出、目的地は30分ほど車を走らせた場所にある綺麗な海岸沿い。美しい砂浜と海辺のカフェがオシャレで有名なところ。午後の日差しはとても眩しく、雲ひとつない空は青く澄んでいる。
 日差しの眩しさに車のサンバイザーを下ろして調節していると、隣の運転席では器用に左手で引き出しを開きサングラスを取り出していた。少し大きめなグレーのレンズに緩くカーブを描くゴールドの細いフレーム、シンプルながらも洗練されたデザインで一目で良いものだとわかる。サングラスをかけ、タバコをふかす姿はとても様になっているのだけれど、周りからの視線に気付いているのかな。

「そのサングラス素敵だね」
「そうか?まあ、名前が言うなら良いもんなんだろな」

 取引先からの貰い物らしく、縁に彫られたロゴは高級ブランドのものなのに全く無頓着なものだ。それでもサラッと着こなすのだから何も言えない。きっと低価格の洋服でも隼人が着たらさぞ名のあるブランドなのであろうと勘違いする人もいるんじゃ無いだろうか。

「飲み物何にする?」
「アイスコーヒー」
「シロップはひとつね」
「…よく分かったな」
「誰が毎日のように差し入れしてると思ってるんですか〜?」
「俺の優秀な秘書サマだな」
「よろしい」

 自分用にカフェラテ、そしてシェアするホットサンドのパックをひとつ。カウンターで並んで注文を終えると流れるように会計を横取りされる。カードで一括、ボスの右腕様様だ。ありがとうとお礼を言うとまた当然のように飲み物とフードが載った片手で器用にトレイを持ち、席へと運んでくれる。足元段差あるから気を付けろよ、だなんて忠告付きだ。彼の優しさのひとつひとつにきちんと感謝を告げることを忘れないようにしているのは心からの感謝でもあるけれど、彼への敬意でもある。
 併設されているテラス席は砂浜に繋がっていて出入りが自由、開放的で素敵な空間だ。椅子に腰掛け、カフェラテを一口飲みほうと息を吐く。ミルクの柔らかな甘さがちょうど良い。

「久しぶりだね、こんなゆっくりした時間」
「…わりい」
「…謝らないでよお互い様じゃない。それに、たまにこうやって出掛けられるくらいが丁度良いの。思い出にも残るし、何よりその日を楽しみに仕事を頑張れる」
「…お前のそういうとこ、すげーよな」
「今更?」
「いいや、惚れ直した」

 私だって尊敬してるしいつも仕事熱心なあんたに惚れたんだからお互い様だと思っていると、軽く右手を持ち上げられ、甲にキスをひとつ。目の前の2つのエメラルドグリーンの瞳が私を捉えて離さない。映画のワンシーンのようなキザな仕草だって隼人がやると様になるのだから、良い男はほんとにずるい。

「ずるいなあ、その顔は」
「どんな顔だよ」
「…愛おしいってすごく思ってるような顔?」
「ま、その通りだから仕方ねえな」

 少しふざけて言った言葉にストレートに返されて思わず頬が紅潮する。付き合いたての頃よりもずっと愛の言葉が増え、いまだに慣れずに反応してしまう私を見て、隼人はなんだか楽しそうだ。

「…最近甘い言葉が多い」
「名前は、甘いのは嫌いか?」
「……ううん、すき」

 せめて仕返しにと頬に軽くキスを送る。さっきよりもいっそう熱を持った頬と緩む口元を隠すよう、リップ音が鳴った瞬間に波打ち際へと駆け出した。

20200807


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