二人きりのダンスホールにて



 煌びやかな内装に、豪華絢爛なスーツにドレス。見慣れないそれらに少し眩暈がしてきて、早く終わらないかな、と祈りながら壁に寄りかかりノンアルコールのシャンパンを飲み干す。時刻は午後八時半、まだまだパーティーは始まったばかりだ。



 元々このパーティに来る予定なんてちっとも無かった。久々に夕方はゆっくりと過ごしていて、夜ご飯にはグツグツ煮込んだほろほろビーフシチューほんてどうだろうかと考えていたところだったのに。急に彼が部屋へと訪ねてきて、何も口出しができないまま、ドレスや靴、バッグに髪型がセッティングされ、気が付けば漆黒の送迎車の中。
 せめて目的や場所ぐらい教えてくれと懇願すると、「最近同盟ファミリーの傘下にきな臭いグループがある、そこの素行調査ってとこだ」と言って緩ませていたネクタイを窮屈そうな顔をしながら締める。ワインレッドのネクタイは、彼の銀髪によく映えていた。

「ところで、どうして私なの? 他にも連れて行ける人は沢山いるでしょう」
「ヤツのご指名、だとよ。十代目曰く、先に潜入してるらしい。帰りはアイツと一緒に戻れるだろうよ」
「ヤツ、って……もしかして、骸くんのこと?」

 ここ最近会えていない、藍色の髪が靡く後ろ姿を思い浮かべる。彼がボンゴレの本部を長く留守にすることは珍しいことでは無い。元々マフィアを毛嫌いしていることもあって、あまり長く同じ場所に居たくないのだと言っていたこともあるぐらいだし。だからこそ、私の職場にわりと頻繁に顔を出してくれるのは、きっと彼なりの優しさだと思う。それを享受できることに甘えている私も、いまの距離感が離れすぎず近すぎず、心地良かったりするものだ。
 大事にされている自覚はある。そんな彼、が私を公の場に連れ出す、しかも獄寺くんのエスコートで。そんなこと、本当に彼が指示したのだろうか。

「昨日俺が向かうと十代目が連絡した時、そう言ったんだとよ」
「……骸くん、私のこと便利屋だと思ってたりするのかな」
「さあな。……けどまぁ、ある程度、お前のことは信頼してんだな」
「ほ、本当……?」
「そうじゃなきゃ、危険があるかもしれねえ場所に、わざわざ連れてこいなんて言わねえだろうよ」

 煙草を吸い始めながらそうい言った獄寺くんを見て、思わず目を瞬かせる。そんな考え思いもつかなかったから、骸くんの仕事だってあまり詳しくはわからないし。けれど、私よりも仕事面で詳しい獄寺くんにそう言われると、なんだか嬉しくて、少し緊張していた心が落ち着いていく。そんな言葉ひとつで落ち着いた様子の私を見て、獄寺くんは「……お前、昔から趣味悪ぃよな」なんて目を細めた。



 そして今、獄寺くんは挨拶回りに消え、一人きりになった私は端っこの方の壁に身を寄せて一人寂しくちびちびとノンアルコールを飲んでいる。最初の入場こそ獄寺くんがエスコートしてくれたものの、後は自由にしていいと言われて放り出されてしまったのだ。獄寺くんは素行調査を兼ねて話を聞く必要があるんだろうけど、骸くんはそもそもこの会場のどこへいるのやら。
 グラスの中身が空になり、もう一杯頂いてこようかと辺りを見渡していると、背後からスッと音もなくグラスが差し出された。驚いて後ろを振り返ると、ウェイターさんがにこやかな笑みを浮かべて私を見つめていた。

「驚かせて申し訳ございません、お飲み物が無くなったかと思いまして」
「あ、ありがとうございます。ちょうど欲しかったところでした」
「それは何よりです。他にも何かご入用でしたらお声掛けくださいませ」

 手渡されたグラスの中には、透き通る柔らかな色が揺れている。華やかな甘い香りと、ほんの僅かなアルコールの匂い。スパークリングの炭酸がパチパチと軽く弾けて、口内にふわりと香りが広がる。飲みやすくて美味しい、私好みの味だった。
 他にもドリンクを持っていたはずなのに、ぴったりの好みのものを渡してくれるなんて凄いな。名も知らないウェイターさんを尊敬していると、会場の少し遠くの方、人集りが出来ている方から何やら悲鳴が上がって思わず肩が震えた。一体何が、そう思ったその瞬間、パチンという音と共に光が消えて、あたりが闇に包み込まれた。

「えっ、停電?」

 小さく呟いた声は、混乱する会場のざわめきにかき消された。あまり動かないようにしなくてはと、ゆっくり壁際へ戻るように足を後ろへ進める。慣れないヒールがコツコツと音を立て、背中がとんと何かに当たる感覚にほっと息をついた。
 早く復旧しないかな。そもそも獄寺くんはどこまで行ってしまったんだろう。そんな事を考えていると、騒ぎが起きていた方から発砲音や爆音が聞こえ始め、暗がりで火花の散る光だけが視界に映しだされる。急に始まった戦闘に、あたりはパニックに陥ったようで。

「うわ、っ」

 ちょうど入口の近くにいた私の方へ、人がどんどん流れてくる。混乱した人たちを止められる筈もなく、スタッフが誘導しようと張り上げた声すら悲鳴にかき消されていった。どうしよう、私も逃げた方が、でも獄寺くんや骸くんが。
 そんな事を思っていたのが仇になったのか、すぐ近くの人から体を押され、ぐらりとヒールが傾く。勢いよく押し寄せる人波にさらわれる事を止められるはずもなくて。このままじゃ流される、そう思った時、グッと後ろから手を引かれ、少し先に見えていた給仕用の控室のようなところへと引きこまれた。

「あ、あの……、もしかして、獄寺くん、かな?」

 入り込んだ部屋の中は会場よりもさらに薄暗くて、暗闇に慣れない目を必死に凝らしてみる。この会場で知り合いなんて他にいなかったから、共に来た獄寺くんの名前を呼んだ。けれど、繋がれたままの手元に見える、白くて清潔なシャツと、どこかで見覚えのあるカフスボタン。それに気がつくと、息を呑んで上擦った声が出そうになった。

「む、むく」
「名前、静かに。……もう少しだけ、このままで」

 大きな手に引き寄らせられ、シャツに顔が押し付けられると馴染みのある香りがふわりと漂って、早まった心臓が落ち着いていく。甘くて少し大人びた、骸くんの匂い。久しぶりに触れた、私より頭一つ分以上大きな体の背に腕をゆっくりと回すと、頭上でクツリと笑う声が聞こえた。
 どれぐらいの間そうしていただろうか。「そろそろ、終わりましたかね」の言葉と共に、包まれていた体が解放され、先程のように再び手を引かれてドアの方へと歩き出す。差し込む光に目を細めると、目に映るのは眩い豪華な会場のはず、だった。

「……えっ、何があったの!?」
「おやおや、随分と派手にやりましたね」
「派手に、って……、まさか」
「おそらく、君の予想通りですよ」

 視界に飛び込んできたのは、右を見ても左を見ても、どれもが瓦礫まみれになったパーティー会場で。火薬と何かが焼けこげるような匂いと、ガラリと壁や床の一部が崩れていくような音がこの場に溢れていた。パラパラと欠片が天井の一部からこぼれ落ち、争い始めたであろう方向は既に半壊している。
 おそらく素行調査とやらの結果が悪く、獄寺くんが相手方と争ってしまった結果がこれなんだろう。相手が短気で、かつ武装しているとなると、対処が本当に大変だったろうな。彼の気苦労に心の中で合掌し、土埃が舞う床にそっとヒールを鳴らして骸くんの後を追い歩きだす。

「さて、彼も既に撤収したようですし、僕達も帰りましょうか」
「骸くんの仕事も終わったの?」
「ええ、とっくに」
「それならいいけど。じゃあ、帰ろうか。骸くんが戻るよって伝えたら、きっとクロームちゃん達も飛んでくるだろうね」

 結局私がなぜ呼ばれたかは分からないけれど、骸くんがどこか機嫌良さそうに微笑んでいるのだから、それだけでここに来てよかったなんて、そう思う。そんなことを口に出すと、また獄寺くんに呆れた目で見られてしまいそうだ。
 携帯を取り出してクロームちゃんとのトーク画面を開き、骸くんが帰ってくる事を伝えようと文字を打ち始めたその時。指先を滑らしていた画面を骸くんの手が覆い隠した。

「骸くん……?」
「そのドレス、よく似合っていますよ」
「え? あ、ありがとう。ほとんど任せっきりだったけど、綺麗にして貰ったの。……似合ってる?」
「ええ、とても。……君に、よく似合う色だ」

 顔の近くの髪を掬い、小さく口付けを落とされる。触れてしまいそうな程の距離にハッと息が詰まって、久しぶりにまっすぐと見つめられた瞳に心臓が疼いた。薄暗い誰もいない空間なのに思わず誰かに見られてはいないかと辺り見渡してしまうと、骸くんは「もう誰もいませんよ」とおかしそうに笑った。
 淡いチュールが魅力的な、藍色の柔らかいドレスを上から下までゆっくりと見下ろすと、その場にしなやかに傅いて、恭しく私の手が取れられる。一夜でボロボロになってしまったパーティー会場は、どこか懐かしさを覚えるような気がして。随分と昔、黒曜のあの廃墟で彼と出会った頃を思い出させた。

「名前。僕と一曲、いかがですか?」

 寂れた娯楽施設も、月明かりが差し込むダンスフロアも。貴方となら、どこでだって喜んで頷くに決まっている。このドレス、骸くんが選んでくれたんだね。そう言って笑うと、少し照れたように視線を逸らすところも愛おしかった。
 迎えが来てくれるまで、もう少しの間だけ、二人きりの世界を。

20231120
復活夢オンリー内企画
プチオンリーお題「Party Night」
への提出作品でした。


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