魅惑の赤リップ



 カーテン越しに柔らかな日差しが差し込み、少しだけひやりとする空気にのろのろと目蓋を開く。朝や夜に冷える時期になってきたなあとぼんやり思いつつ布団にまた潜り込む。ぽかぽかとした布団の暖かさに再び微睡もうとしているとトントンという軽いステップが階段から聞こえてきた。母さんが起こしに来たのかな、休日だからまだ寝てないんだけどなあ。

「トリックオアトリート!」
「名前!?び、っくりした…」
「へへ、驚いた?」

 バンッというドアが開く音と共に大きな声でこの季節にお決まりのセリフが聞こえて飛び起きる。驚いて跳ね上がった心臓を落ち着かせ、ドアの方を見やると部屋の電気がつけられてハッキリとその姿が見える。
 黒い大きめのとんがり帽子に、同じく黒のワンピース。肩の部分がレースになっており、裾はふわりと揺れている。いつもと雰囲気の違う服装と、それに合わせた化粧はとてもよく似合っていて頬がじわりと染まっていくことが鏡を見なくても分かった。

「そっか、今日31日だ」
「そうだよハロウィンだよ!」

 くるりとその場で回る姿はとても愛らしくてぽけーっと見つめてしまう。どう?どう?と目線が訴えかけてくるのでくすりと笑いながらも似合ってるよと返すと名前は満足そうにありがとうと笑った。

「それで、お菓子は持ってる?」
「えっと…」
「ははーん、持ってないのかな綱吉くん」
「いや、だってまさかこのタイミングでくるとは思わなかったし」
「まあ朝一番だもんね」

 そう、今日はまだ始まったばかり。ちらりと枕元の時計を見ると時刻は7時過ぎ。隣の家だからすぐに来れるし、母さんもこいつならすぐに家にいれるだろうけれど、こんなに朝早くに来るだなんて想像できないだろう。まだパジャマのままな自分とコスプレをしている目の前の幼馴染との差になんだこの状況とまた笑いが溢れる。

「ふふ、じゃあそんな綱吉には悪戯かな」
「えー…あんまり痛いのとか怖いのはやめろよ?」
「任せなさーい!そうだなあ…」

 顎に指を当て、少しの間考えたかと思うとぴこんという音が聞こえてきそうなほど分かりやすく何かを思いついた表情を浮かべた。ふふ、と笑みを浮かべながらこちらに近付き、まだ布団に入ったままのオレへと少しずつ距離が縮まっていく。ぎしりとベッドが軋む音がやけに大きく聞こえた。

「あの…名前、ちょ、近くない…?」
「えー、そんなことないよ」

 だんだんと近づいてくる可愛らしい顔。化粧のせいでいつもよりもずっと悪戯っ子な表情に思える.ふわりと漂う甘い香りが鼻をくすぐり、心臓がバクバクと煩く音を立てて思わずギュッと目を瞑った。
 息遣いとオレの心臓の音しか聞こえない時間がどれだけたっただろうか。ほんの少しのはずなのに随分と長いように思えた。そして感じたのは頬への僅かな痛み。目をそっと開けるとにやりと笑いながらオレの頬を摘んで楽しそうに目を細める姿が映った。

「い、いひゃい!」
「…ぷ、ふふ、ははは!綱吉ってば変な顔!」
「はらへよ!」

 頬をつねられ楽しそうに笑う姿を見て体から一気に力が抜けた。なんだよ、思わせぶりな態度とりやがって。心の中で悪態を吐くと頬を摘んでいた手を離し、オレの心を見透かしたようにまあるい瞳をきゅっと細めて赤いリップを塗った口を開いた。

「ね、少しは期待した?」

 そう言って微笑む姿はまるで小悪魔のように魅惑的だった。魔女じゃなくて悪魔のコスプレの方が良かったんじゃないのか。ずるいやつ、そう思うのにじわじわと赤くなる頬とまたどきりとなる心音。きっとこいつにはオレがどんなにドキドキしてるかなんて分からないだろう。仕返しのために緩みきった柔らかい頬を両手で挟むと「むえ」と変な声を出した。その緩さと時折見せる大人っぽい表情のギャップがずるいんだって、いつか絶対分らせてやるんだからな。

20201118


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