ゆるやかな一撃を



 吐き出す息が白く広がり、ツンとした冷たさに指先を丸める。降り始めた小さな雪がしんしんと積もり始め、少し駆け足で帰路を急ぐこと早二十分。今日はいつもよりも遠方への買い出しがあり、母から“誰かと行くように”と言われていたのをやんわりと断り、最終的にはうまく言いくるめて一人で向かっていた。けれども、やはり元は数名で行こうとしていたリストをすべて回りきるのは時間がかかる。結局最後の店にたどり着いたころにはもう閉店間際の時間で、なんとか目的のものをすべて回収し終えた。ようやくそろった荷物が肩からずり落ちないように配慮し、じわりと朱から藍色へと染まりゆく空を見上げながら疲労のため息を吐いた。

「名前?こんな時間帯に何をしている」
「ジョットさん!」

 薄暗い闇夜を街灯と店明かりが照らす大通りへと入ると、店の常連であるジョットさんがふわりとマントを揺らしてこちらへと歩いていた。きっといつもの市街地見回りをしてくれていたのだろう。彼の作り上げた自警団のおかげでこのあたりの治安は見違えるようになったし、いまでも充分すぎるほど目を光らせてくれている。組織のトップであるジョットさんは人当たりもよく、ここら一帯では誰もがその名と顔を知っている。優しく強く、美しい。羨望の的であり、誰よりも暖かな人だと思う。そんなジョットさんはふらりとうちのパン屋へ訪れることが多く、時間帯や間隔もバラバラであるが立派な常連客のひとりだ。

「随分と大荷物だな。手伝おう」
「いや、あと少しですし大丈夫です!それに、私結構力持ちなんですよ?」
「俺が店に着くまでの間名前と話したい。だからそのついでとして、手伝わせてくれないだろうか?」
「……そう言われたら断れないですね」

 素直に感謝を述べると、ジョットさんは微笑みながら私の荷物を半分以上、いやほとんどを抱えてしまった。二人で並んで歩き、たわいもない話をゆっくりと話す。近くまで来ていたこともあってあっという間にその時間は過ぎ去った。薄暗い店内にランプの灯りだけ付けると、肩に持った荷物をまとめて置くようジョットさんに伝えて自分の持っていた分を急いで片付けていく。

「いつもご贔屓にしてくださってありがとうございます」
「……この店の温かい雰囲気と、やさしい味が好きなんだ」
「ふふ、ジョットさんに気に入っていただけて嬉しいです」

 「名前、」呼ばれた声に材料を棚へと並べながら返事をすると、ふと目の前に影が差した。振り返ると想像以上に近い距離に端正な顔立ちが見え、思わず後ずさりをするとカタリと戸棚が小さく揺れる。呼吸音が聞こえてきそうなほど近い距離感に、振返った体勢のまま身体がぴたりと動きを止めた。

「……本当は、君目当てで通っている。……そう言ったら、迷惑だろうか?」
「…………え、?」

 いつもよりも少しだけ、緊張した面持ちでこちらを見つめる温かな橙色と視線が絡む。触れた指先から伝わる熱が、じわりとわたしの体温をあげていく。まるで時が止まったかのように動けなくて、そんなわたしを揶揄うかのようにやわく指先が握られた。

「少しずつでいい。俺のことを、ただのひとりの男として意識してほしいんだ」

 まるで、世界で私たち二人だけになったみたいだ。静けさが満ちた小さな室内がツンとした寒さを足先から伝えてくるのに、身体の内側が燃える炎のように熱くなっていくのがわかる。頬が、触れた指先が、すべてに熱が灯っていくようで。熱を帯びた、優しげで愛おしさが溢れそうなほどのその瞳からは、誰だって逃げることはできないだろう。緊張で喉が張りつきそうだけど、彼のまっすぐな気持ちにまずは応えたい。……私なんかでよければ、応えさせてほしい。ゆっくりと、唇を小さく振るわせて、わたしなりの言葉で。

20221023


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