とろけるキャラメルは甘過ぎた



※会社パロもどき

 細くしなやかで、すらりと伸びた指がキーボードの上を踊る。正確に打ち込まれていく文字たちをぼんやりとつい眺めてしまうと、視線に気が付いたのか透き通るような青がこちらを射抜いた。
 
「集中しなさい、手が止まっていますよ」
「うっ、すみません……」
「全く、……会議資料はもう完成したんですか? 随分と余裕がありそうな様子ですが」
「……あと少しです」
 
 入社して約二ヶ月が過ぎ、社会人としての生活もようやく軌道に乗ってきたところ。だというのに、要領の悪い私の事務スキルはまだまだ未熟なまま。目の前のツールの操作方法を完璧にマスターするのはまだずっと先のことだな、と気が遠くなると同時に疲労の溜まる目元を抑えた。
 
「少し席を外します、その間にこれに目を通しておいて下さい」
「わかりました」
 
 そう言って席を立ちながら耳元から外された黒縁細身の眼鏡は、どうやら彼のお気に入りらしい。パソコン作業の度に必ずつけているそれは端正な顔立ちによく似合っている。彼の蒼く美しい瞳がレンズ越しに静かに凪いだり、揺らいでいたりと変わっていく様子を、密かに横目で眺めるのが好きだ。勿論、仕事の合間に少しだけ。
 あの深い青色をいつか間近で見つめられたら。そうぼんやりと想像しながら、渡された書類に目を通していると、まるで氷のようにキンとした冷たさが突然首筋を襲い、ぎゃっ、だなんて可愛く無い声が口からこぼれた。
 
「なっなに……!?」
「少しは気合が入りましたか?」
「ろ、六道さん……! 何するんですか!」
「ちょっとしたサプライズですよ、ほら」
 
 からりと音を立てて沈む氷、僅かに水滴のつくプラスチックのカップがふたつ。よく見覚えのあるチェーン店のマークのそれには、ゆらめく白と濃い茶色の二層が綺麗に収まっていた。淡いミルクフォームには甘い薄茶色のソースがふんだんにかかっている。
 ひとつは自分のデスクに、そしてもう一つ、私の首筋に当てたであろうカップは当然のように私のマウスパッドの近くに置かれた。丁寧にも下には紙ナプキンが敷かれているそれに瞼をぱちりと瞬かせる。どうして、と顔に出ていたのか、六道さんと目が合うと、愉しげに形のいい唇が弧を描いた。
 
「あなた好きでしょう、それ」
「……覚えててくれたんですね」
 
 少し前、入社したばかりの時に話した些細な世間話。特に気に留める話題でも無いし、その後言った覚えもないそれに驚きで目と口が馬鹿みたいに開いたまま静止してしまった。何がツボに入ったのか、可笑しそうにクハハと独特な笑い方で腹を抱える六道さんに少し眉を顰めると、開けたままだった口元に勢いよく緑のストローが差し込まれる。
 
「んぐっ」
「覚えていますよ、好きな人の好きなものぐらい」
 
 今、なんて。
 時が止まったかのようにひゅっと喉が鳴ると同時に、意図せず吸い込んで口の中に溢れる甘さと少しのほろ苦さ。いつもより柔らかいその表情から、美しい群青から、目が離せない。「……続きはまた後程」耳元で小さく呟かれたそれに、頭の中は驚愕や混乱、いろんな感情が入り混じって、処理落ち寸前で。
 ……とりあえず、午後の業務が普段よりもずっと捗らなかったのは全部六道さんのせいにしようと思う。

20210620
久しぶりのTwitter企画夢でした。
実はよく読むとオッドアイの表現がなかったり、
会社のはずなのに周りに人の気配がない(幻術を使っている)
といった潜入中の骸さんのお話としても読めます。


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