春の訪れを



「ん、やるよ」
「え? わあ、綺麗……!」

 特になんでもない月曜日、学校の帰り際に呼び止められてぶっきらぼうに手渡されたのは黄色いミモザの花束。可愛らしいリボンでまとめられたふわふわとした明るい色達に心が踊る。獄寺くんからお花をもらうだなんて、初めてのことだ。

「すごく可愛い。でもこれ、どうやって持ってきたの?」
「さっき買ってきたんだよ。あんまり店先に数多くなくて、そんだけしかねえけど」
「充分素敵だよ、ありがとう」
「おう」

 そんだけ、というけれど、手のひらから余るほどの充分な大きさだ。先程買ったばかりと言うだけあって、どの花も目一杯美しく咲き誇っている。

「でも、どうして急に?」
「は? どうしてって、今日は3月8日だろ?」
「……? 何かの日だっけ?」
「はあ?」

 3月8日、何かあっただろうか。私の誕生日はまだだし、ホワイトデーには少し早い。何かお祝いをしてもらうような出来事も、気まぐれに彼が花をくれたということもないだろう。首を傾げていると、獄寺くんも不思議そうに首を傾げていた。

「……もしかして苗字、知らねえのか?」
「えっと、ごめん。何も思いつかないや」
「…………Festa della Donna」
「へ?」
「それと、花言葉の意味も含めてる。……勝手に調べとけ」

 ふいとそっぽを向き用事は済んだとばかりにその場を去ろうとする彼の後ろ姿を見ながら、鮮やかな花束を落とさないようしっかりと抱える。かさりと揺れる枝先の小さな花びらから、微かに香るやさしい匂いが鼻をくすぐった。

 もしかして、わざわざ放課後になってお花屋さんまで買いに行ってくれたのかな。そういえば特に暑くもないのに少し汗をかいていたような、だとか、授業が終わってからまだちょっとしか時間経ってないのに、なんて。見えていたのに気付いていなかったことがどんどん湧き出てくる。そして、頭をよぎったのはこの前図書館で読んだ花図鑑のページ。

「……待って、獄寺くん!」

 確かな情報を携帯で調べて完結してしまうのはなんだか勿体無くて、少し離れてしまった背中を緊張でよろけつつも軽い足取りで追いかける。ねえ、獄寺くん。君から直接、この花の意味を教えて欲しいな。そう聞いたら、彼はどんな顔で教えてくれるだろうか。そう考えるだけで、赤く染まった顔はだらしなくゆるんでしまいそうだった。

20210308
久しぶりのワンライ参加でした


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