やわらかな思慕



 放課後の校舎は人気がなくて少し寂しい。夕陽に染まる教室を横目に、早歩きでぺたぺたと上履きを鳴らしながら目的地へと向かう。コンコンとノックをするとすぐに「どうぞ」の声。不機嫌そうな声色に背筋がピンと伸びる。

「失礼しまーす」
「遅い」
「うっ、…すみません、提出物があったもので…」
「どうせ課題のやり忘れでしょ」
「そこまでバレているんですね…」

 不良に絡まれていたところを彼曰く偶然目に入ったからと助けてもらい、今日はその時のお礼を持ってきたのだ。何かお礼をさせてくださいと言ったときに「…じゃあ、君の作った菓子」だなんて言われるとは思わず、目を丸くして驚き暫く呆然と見つめてしまったことを思い出して微笑む。意外と甘いものが好きなのかな。鞄と共に持っていた紙袋の中身をもう一度確認し、雲雀さんの座る椅子へと向かう。

「美味しくなかったらすみません…」
「そこまで期待してないよ」

 袋ごと渡してから近くのソファに座り様子を見守る。ラッピングを思ったよりも丁寧にほどかれ、ひとくち、ふたくちと綺麗にかつ豪快に食べる姿を見つめる。食べる所作が綺麗だな、とか、思ったより口大きく開くんだ、なんて。

「…まあまあじゃない」
「よっし!」
「別に褒めてないんだけど」
「雲雀さんの場合貶さなかったら良い評価だというのは分かっているので!」

 ぽつりと呟かれた感想に思わずガッツポーズ。今までの経験上、雲雀さんの中でも良い方の褒め言葉であることはわかる。一応味見はしたけれど気に入ってもらえて良かった。もぐもぐと食べ進める様子はいつものトンファーを振りまわす時とは違い、年相応の男の子な感じがして可愛らしい。にまにまと思わず頬が緩み、少し睨まれた。仕方ないじゃないですか、惚れた弱みでなんでも愛おしく見えてしまうのだから。そう思っているうちに綺麗に完食し、当の本人はあくびをひとつ。そういえば最近忙しくてあまり眠れていないと草壁さんが言っていた気がする。

「…疲れた、寝る」
「雲雀さん、ここ退きましょうか?」
「ここでいい」

 いつも羽織っている学ランを机に軽く放り、私が座る二人がけのソファに沈み込む。私の座るすぐ真横、肩の距離も近く、手が触れそうな距離。背もたれに寄りかかり、身体の力を抜いて座る姿はなんだか貴重な光景だ。と冷静に考えようとはするけれど、あと数センチで、手と手が触れ合ってしまうような距離に雲雀さんが座っている。その事実だけで先ほどから身体は強張り、緊張で心臓の音が自然と早まる。

 私の手と、雲雀さんの手の距離は目視でほぼ3センチほど。触れたいな、だなんて私だけが思っているのだろうか。ちらりと雲雀さんの方を見るとばちりと目が合う。まるで私の考えなんて見透かしているかのように楽しそうに目を細め、形のいい唇がゆるりと弧を描く。

「ねえ、名前、今思ってること言ってみなよ」
「えっ、いやそんな」
「早く」
「う…」
「言わないなら離れるよ」
「…も、もう少しだけ、…近づいても、いいですか」

 よく言えました、と言わんばかりに満足げに微笑み、視線で動きを促される。じわりと指を少しずつ伸ばし、小指が触れ、小さく絡む。少し低めの体温と、細く綺麗だけれど男らしい手。いまその手に触れているのだと頭が理解すると同時に自分の体温がぐんと上昇した。熱い体温と共に、触れたところから貴方に想いが少しでも伝わればいい。そう思いながら絡む指先に柔く力を込めた。

20200919
Twitterの企画夢でした。


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