一粒、また募る。



 六道くんはずるいひと。
 さらりと風に靡く夜空のような濃紺の髪。変な髪型だなあと思うけれど、そこもなんだか可愛らしくて。ビー玉のようにまあるくて、氷のように鋭い時もあれば柔らかく慈しむような瞳。左右違いの色は、ゆらりと燃え上がる炎や綺麗な群青の海を閉じ込めたような宝石みたい。私よりも高い身長、広い背中、足のサイズだって3センチ以上大きい。こんなにもときめく要素が多いだなんて、本当にずるい。

「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」

 今だってソファに足を組んで腰掛け、本を読んでいるだけ。それだけなのにモデルのように美しく、完成された美とはこういうことではないかと思ってしまうほど。誰だってこんなの見惚れてしまう。すき、かっこいい、触れたい。そんなことを考えては頭の中でお花畑のような妄想が巡る。

「……すきだなあ」
「何がですか?」
「…えっ、!?いやあの、」

 ぼうっとその姿に見惚れていたら思わず口からぽろり。貴方に出会ってから少しずつ、少しずつ募っていった恋情がひとつぶ溢れ落ちた。とても小さい声で呟いたけれどしんと静まり返るコンクリートの壁の部屋では音は容易に響き、然程離れた距離にいないため聞こえていたのは必然か。聞かれてしまったという事実に頭の中は空っぽになり、先程までの妄想や言い訳、スルースキルが宙に浮いては消えていく。きゅっと握った手のひらがじんわりと汗ばんだ。

「な、なんでもない、よ?」
「……目が泳いでいる、声は裏返り顔色はいつもよりも更に真っ白。どう見ても何でもないわけないでしょう」
「うぐっ」

 どうしよう、私はただ、貴方の側に居られるだけでよかったのに。気持ちを知られてしまった焦りと、拒絶されてしまうことへの恐怖は冷たくなった手のひらに柔く爪跡を残した。沈黙が続き、息遣いだけが部屋に落ちる。痺れを切らしたかのように形の良い足がが冷たい床を踏み締めた。読みかけの本を閉じて机に置き、ゆっくりとこちらへ近寄る六道くんの顔は逆光でよく見えない。

「名前、こちらを見なさい」
「…む、むり、です」
「何故です」
「は、恥ずかしさと情けなさと、そのほかいろいろと、入り混じって」
「……ハァ、しょうがないお人だ」

 怒らせてしまったかもしれない、どうしよう。ぐるぐると頭の中は混乱の渦を巻く。コツコツと靴の音を鳴らしながら小さな椅子に座る私の前に来ると王子様のように跪き、私の左手をとって口元へと近づけた。少し冷たい唇が手の甲へと触れ、軽く啄む。リップ音がやけに耳に響いた。驚いて引っ込めようとする手を逃さないとばかりに掴まれ、動けない。日焼けを知らない白く細長い指がゆっくりとした動きで頬をなぞる。いつもの倍は動いているような錯覚を起こすほど心臓の音が煩い。

「貴女の口からもう一度、聞かせてもらえませんか」
「……い、いやだ」
「どうして?」
「だ、だって、私ばっかり六道くんのこと考えちゃってる…。スルーしてくれたらよかったのに、聞き返すなんて。ずるいよ、六道くん」

 綺麗な瞳が私を真っ直ぐにじっと見つめ、優しく包み込むような声色に涙腺が刺激されて視界が滲む。喉を詰まらせながらも吐いた言葉は無茶苦茶だという自覚はあるけれど、溢れ出したらもう止まってくれない。頬を滑る指先は私の目元に集まる滴を静かに拭った。

「聞き流すだなんて勿体無いことするわけないでしょう」
「……へ?も、ったいない?」
「やっと貴女の口から聞けたんですから。だからもう一度、僕の目を見て言ってください」
「……すき。わたし、六道くんが、…好き、です」
「ええ、僕もですよ」

 僕も君が好きです、その一言が耳にするりと入り、先程までの脳内妄想ではないかと頬を抓った。少しひりひりと痛む頬が現実だと警鐘を鳴らす。側にいるだけでよかったのに、なんて本当は嘘。君からの好きの2文字を、ずっと聞きたかったの。本当はわたしの態度で六道くんを好いていることなんてバレバレで、この瞬間を待ちわびていたのだ。照れ臭そうに頬を掻きながらそう述べる姿に、また貴方への恋情がひとつぶ募った。

20200907
Twitterでの企画夢でした


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