帰還間際のプリズム



 ※綱吉視点

 それは未来から日常へと戻る少し前の事だった。別れを惜しんだり、過去に戻ったら何をしようかと思案していたり、みんなそれぞれ過ごしてその時を待っていた。壁際にもたれかかり、帰ったら母さんの作ったカレーとかハンバーグとか食べたいなぁだなんてぼんやり考えていると視界が暗くなり影が掛かる。

「随分とぼんやりしてますね、沢田綱吉」
「じゅ、十年後の骸…」
「まあ元気そうで何よりです。いずれその身体を貰うまでは健康でいてもらわなくては」
「まだ言ってるのかよ…」

 相変わらずだなと溜息を吐くと、少しだけいつもの雰囲気よりも柔らかくて優しい雰囲気の眼差しをした骸と目が合う。昔よりも少しは丸くなったのかと思ったけれどそうではないようだと直感していた。何か、話したいことでもあるのだろうか。

「何かオレに用事でもあった?」
「いえ、過去の君を見ていると随分と懐かしく感じましてね」
「あっそう…特に用事は無いってことな」
「そうですねえ、強いて言うなら…」

 長い指を口元に当てて思案する姿は、オレと同じ男なのに随分と色気があるように見えて、大人のオレもこんなふうになっているのかなと未だ見ぬ自分の将来に少し想いを馳せた。僅かに考えた後、答えが纏まったのか骸はゆっくりと、そして楽しそうに言葉を紡いだ。

「沢田綱吉、僕の妻に宜しく伝えておいてください」

 それだけです、ではまたいずれ。
そう言って長い一つに束ねた髪を揺らし、革靴の音をコツコツと立てながら颯爽と去っていく。オレは、衝撃で口があんぐりと開いたまま暫く硬直していた。

「つ、つま……つまって、その、え…」

 ハッと意識を取り戻し、既に少し遠くの方へと離れていた骸を見やると、するりと左手の黒い手袋をわざとらしく外してこちらに向けてかざす。現れた白く細長い指、その中でも特に目立つ薬指に輝く銀色が、先程の発言の信憑性を深める何よりの証拠だった。

「は、はぁぁぁぁぁ!???」

 オレの叫び声で獄寺くんや山本がこちらに駆け寄り声を掛けてくるけれど衝撃的な事実を知ってしまった脳内はショート寸前で今にも気絶しそうだった。骸のつま、妻…奥さん…。オレに宜しく伝えてと言ったということは、つまりはオレの知り合いだということで。考えれば考えるほど謎が深まり誰なんだよと相手のことがずっと気になってしょうがない。こちらを見てニヤニヤと笑う骸のことが心底羨まし…くなんて思ってない。この時代のオレは結婚しているのか、それを聞けなかったことだけが未来への心残りだった。



 未来から帰ってきたオレ達はようやく日常に戻れたことに喜び、そしていつもの日々に幸せを感じていた。けれどすぐにトラブルはやってきて、炎真達のファミリーと闘うことになったり、リボーン達の代理としてバトルするようになったりと忙しない。先日の闘いで骸は復讐者から解放され、黒曜に戻ってきた。そしてふと、思い出した。未来で十年後の骸に言われたことを。思い出したら気になって仕方がない。復讐者との闘いへ向けて協力を要請するために黒曜へと行くついでに聞いてみることに決め、月明かりの中廃墟へと向かった。

「そういえば骸、…好きな人いるの?」

 ガシャン、ガッ、ズルッ、ガタン、ボフッ
まるで漫画のように見事なオノマトペが見えたような音が響いて思わずうわっと小さく声が溢れ、途中から煩さに耳を塞いだ。
 最初から順に、持っていたグラスを落とし、立とうとしてテーブルに足をぶつけ、そしてカーペットを踏んで滑り、勢いでテーブルを倒して、ソファに身体ごと沈み込んで倒れた音だ。
 骸がこんなふうになっているところなんて今まで見たことがなくて、いつも飄々とした態度でいるコイツに少しだけ親近感が湧いた。そしてやっぱり好きなひといるんだ…分かりやすいな。

「…知りません、なんのことですか」
「いや誤魔化すの下手すぎるだろ!」

 思わずツッコミを入れてしまうようなレベルの動揺に本当にコイツ骸か?と思ったけれど間違いなくコイツは骸だ。下手だと言った瞬間に毒々しいオーラが漂い出したからすぐにわかった。それにしても、骸の好きなひとってどんな人なんだろうか。若干暴れたせいで埃が舞う中、出来れば聞き出したいと思い質問を続ける。

「黒曜中のひと?あ、クロームとか、MMとか?それとも…」
「君の知る必要はありません、さあ用は済んだはずです帰りなさい」

 さあ帰れと言葉でも行動でも示し、グイグイと入ってきた方向へと押されていく。人間らしいところあるんだな、と少し感動していると扉の方から小さくカタンと物音が聞こえた。復讐者か?と思いオレも骸も戦闘態勢に入る。グローブをしっかりと握り締め、息を呑む。ギィと音を立てて重たい扉が開かれると、…そこに居たのはひとりの小柄な女の子だった。

「へ、女の子…?」

 月明かりに照らされ、こちらを不思議そうに見やるのは普通の女の子、しかも並盛中の制服。どこか見覚えのある顔立ちに思考を巡らせると、沢田くん?と声を掛けられた。聞き覚えのあるその声、そしてこちらに近寄ることではっきりと見えてきた顔立ち。彼女は去年同じクラスで、今は隣のクラスになった名前ちゃんだった。去年は席が近くて課題やら何やらでお世話になった記憶が蘇る。

「名前ちゃん、だよね」
「うん、そうだよ。少し久しぶりだね沢田くん」
「クラスが離れるとなかなかね、…っていうかどうしてここに?」
「骸くんに差し入れ持ってきたの」
「差し入れ…?」

 よく見ると名前ちゃんは大きめの紙袋を抱えていた。袋からはふわりと甘い香りがして、なんとなく焼き菓子とかが入っているのかと想像できた。
 差し入れ、こんな辺鄙な場所に、そしてオレの後ろには固まったままの骸。二人がどういう関係かはわからないけれど、確実に分かったことがある。骸の好きなひと、名前ちゃんだろ。その意味を込めてじとりと後ろを見るとやっと動き出し、オレをガッと投げ飛ばす勢いで横に突き飛ばし名前ちゃんから紙袋を受け取ってそのまま華奢で白い手を取り話し出した。よろけながらもしっかり受け身を取ったオレは偉いと思う。

「名前、暫く来るなと言ったでしょう」
「でもまた危険な目にあってるって犬くんが言ってたから心配で…」
「…後で犬はしっかり絞めておきます。暗い中持ってきてくれてありがとうございます、帰りは送りましょう」
「嬉しいけど申し訳ないよ…明日も何かあるんでしょう?」
「それよりも君の方が優先です。それにまだそんなに遅くもない。余裕です」
「…じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 それじゃあ沢田くんまたね、とこちらに手を振る名前ちゃんは廃墟に似合わないぐらい可愛らしい笑みを浮かべていて、あまりのミスマッチ具合に幻覚かと目を擦った。けれど目の前の光景は変わらない。名前ちゃんから受け取った紙袋を大事そうにソファに置いて送りに行く姿はただの年相応の男に見えた。出て行く寸前でこちらを睨み付けていた顔は少し赤くなっていて思わずくすりと笑ってしまった。
 きっと、あの子が骸の奥さんになるひとなんだろうとぼんやりと思う。骸の応援をするとは別に言わないけれど、名前ちゃんの嬉しそうな顔を見る限りだと二人はそう遠く無いうちに一緒になるんじゃないかな。二人の後ろ姿はすごく幸せそうだ。何も知らないであろう彼女を悲しませないためにも、明日の闘いで全て決着を付けようと改めて決意をして静かになった廃墟を後にした。

20201017


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