まだ見ぬ甘美なる日々よ



※未来編後の話

 それはぼんやりとした夢から始まった。何故か見知った皆が闘っていて、雲雀さんや了平さんが大人びた姿で、真っ白な髪のひとや不思議な動物が出てきて、そして女の子が、温かい炎に包まれて消えていった。

「ユニ、ちゃん」

 ぱちりと目を開け、名前を呟く。彼女のことを知らないはずなのに、何故かするりと名前が出てきてそれと同時に涙ががぽろりとこぼれ落ちた。起き上がると同時にその夢が未来のことであるということ、それを綱吉くん達が経験してきたこと、そこに未来の私もいたことが記憶として流れ込んできた。多量の記憶に頭が酷く痛み、キリキリと締め付けられるような辛さが暫く取れないまま時間は過ぎ去り、仕方なく準備をして学校へと向かう。

「どうしたの名前、顔色悪いわよ?」
「う、ん……なんか、頭痛くてね」
「ちょっとほんとに顔青白いよ、保健室行きな」
「ありがと、花」

 結局登校してもその痛みは治らず、花の勧めもあって保健室へとゆっくり廊下を歩く。チャイムが鳴り、授業時間になった廊下はいつもと違ってとても静か。ぺたりと上履きで歩く音だけが響き、吐き出す息が重く感じる。

「失礼、します」

 カラカラと扉をゆっくり開けると、珍しく誰もいないようで保健室の中はしんと静まり返っていた。耐えられないというかのように空いたベッドへと倒れ込み、チカチカと瞬く電球を見つめながら沈み込むように眠りに落ちる。途端に鮮明に流れ出す記憶の一部。以前よりもずっと鮮明で、自分の視界がそのまま見えているかのような不思議な体感だった。ある人物の後ろ姿を見つけると、記憶の中の私はその人めがけて走り出す。

「骸…!」
「名前、…随分と待たせてしまいましたね」
「ばか、遅すぎるよ」

 視界いっぱいに広がる誰かのシャツの胸元。ふわりと花のような甘い香りが鼻をくすぐる。私は誰かとの再会を喜んでいるようで、涙が頬を伝うような感覚があった。目が溶けるように熱い。流れ続ける涙を細く長い指先が拭い、そのまま顎から顔を持ち上げられる。白く綺麗な手が見え、きらりと銀色が室内の光に反射していた。そして目線が合い、そのままぐいっと近付く綺麗な顔。その赤と青の綺麗なオッドアイにはとても見覚えがあって、

「、うわーーーーっ!??」

 自分の叫び声と共にがばりと飛び起きた。すっかりと日は暮れ、真っ白なシーツがオレンジ色に染まっている。早まる鼓動は鳴り止まず、バクバクと全身沸騰したかのように熱い。心臓のあたりをくしゃりと掴みながら、浅い呼吸を繰り返した。あれが、未来の私の視点だと言うのならば、あの場面は一体何だと言うのか。あの骸によく似た、いやあれは確実に骸だったひとは、どうしてあんな至近距離で、私をあんなに熱を帯びた瞳で見つめていたというの。

「…嘘、でしょ」

 あれが未来の姿だというのならば、あの光り輝く指輪がはめられた左手の薬指や、唇が触れそうな距離感は、そういうことなの…?混乱する頭は違うあれは間違いだと思い込もうとしても、真実であるということを否定出来る要素がない。ぶんぶんと頭を横に振るとくらりと視界が歪んで再びベッドに倒れ込んだ。

「おやおや、無様な姿ですねえ」
「む、くろ…」
「なんとも不思議な夢を見ましてね、アルコバレーノが言うにはあれはどうやら夢ではなく未来での記憶だと」
「…それで、何しにきたの」

 急に窓際から現れた骸は、いつも通りの飄々とした態度で腕を組みこちらを見ていた。夕陽が影を作り、ここからでは表情があまり見えない。痛みがだんだんと治まってきてやっとゆるりと体を起こせた。目的が分からなくて、少し不穏な雰囲気にシーツを握る手にじわりと汗がにじむ。

「あの記憶を見た君の反応が見てみたいと思いまして、どうせ慌てて混乱しているのではないかと」
「…そりゃ混乱するでしょう、あんなあり得ない記憶とやらを見せられたら」
「クフフ…有り得ない、ですか」
「…なに?え、ちょっと」

 クフフといつもの奇妙な笑いかたをしながらこちらへと一歩ずつ近づいてくる。チカチカと切れかけていた電球が遂に切れ、カーテンに遮られたベッドは仄暗くなった。窓から差し込む夕陽だけがぼんやりとシーツや骸の姿を照らす。ぎしりとベッドが軋み、左足、右足とベッドへと乗り上げすぐ側まで迫られた。後ろに後退りしようにも、ベッドの柵と壁で進めずにすぐに行き止まりだ。

「未来があのようになると言うのであれば、僕は、…期待をしても良いと言うことですか?」
「なに、言って」
「君みたいに口が悪くてノロマで特に取り柄もない顔がちょっと良いぐらいの女に何故、とは自分でも思いますが」
「は?喧嘩売ってるの?」
「違いますよ。ハァ、全く」

 並べ立てられた言葉にイラッときて思わず喧嘩かと身を乗り出すとそのまま両手を掴まれ、壁へと押しつけられる。柵が背中に当たって痛いだとか、近すぎるだとか文句を言おうと口を開いたその瞬間に唇が塞がれ、目を見開いた。鮮やかな赤色と青色が愉快そうに、そして記憶の中で見たように愛おしそうに熱を帯びている。

「むく、ろ」
「…覚悟しておいてください。君はもう僕のものだ」

 唇が名残惜しそうにゆっくりと離れた。目を細め、慈しむようにこちらを見つめる瞳が記憶のあの瞳と重なって見える。壁に縫い付けられた手が、繊細なものを触るかのように優しく指を撫でる。初めてだったのに、だなんて言う暇もなく再び唇が塞がれてしまい、甘く柔らかい心地よさに思考がとろけてしまう。想定外の出来事の連続に頭はちっともついていけなくて、思考回路が回復するまで図らずも骸に身を委ねていた。

20201005
未来編にはロマンがいっぱい


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