加速する愛を一から定義せよ



 明日の小テストに向けて勉強していたらなんだか小腹が空いてしまった。作る気力もないし、何かちょっとジャンキーなものが食べたい気分。部屋着のスウェットに軽めのジャケットを羽織って近くのコンビニに向かうことに決めた。スニーカーの紐を結びながら親に一応声を掛けてから扉を開く。外は仄暗く、街灯がぼんやりとコンクリートの地面を照らしている。吐いた息は少し白く、お腹がくうと小さく音を立てた。

「しゃーせー」

 お馴染みの入店音が耳に残りながらお目当てのコーナーへまっしぐら。さっき補充されたばかりなのか選り取り見取りの品物が並ぶ。

「どうしようかな…どれも捨てがたい…」
「この時間に食うと太るぞ」

 失礼な一言が聞こえ、ムッとしながら思わず振り返る。目に入ったのはこのコンビニの制服の後ろ姿。商品の陳列をしていて顔は見えないけれど、少し低めの声と特徴的な髪色を持つ知り合いは一人しかいない。

「…もしかして、獄寺くん?」
「お前、今気付いたのかよ」

 作業を終え、こちらを振り返る姿は表情に疲れが滲んでいた。どうやら夕方から日付が変わるぐらいの時間までなシフトらしい。同じ歳の男の子がアルバイトをしているだなんて偉いなと勝手に感心してしまう。最近バイトを始めたらしく、私が近所に住んでいると言ったらへえ、とあまり興味ないような返事が返ってきた。

「それで、勉強してたら小腹空いちゃったんだよね」
「こんな時間にか」
「こんな時間にです」

 どれにしようかな、と再び保温されたガラスケースに向き合う。さくさくのコロッケにぴりぴりとした辛さが癖になるチキン、串とか中華まんにも惹かれてしまう。目をキラキラと輝かせながらじっくりと見ているとふはっと気が抜けたような笑い声が聞こえた。迷っていたところを見られていたらしい。くそう、恥ずかしいな。

「で、何にするんだよお客サン」
「悩むけど、…肉まんをひとつ!」

 手慣れたようにごつごつとした指輪がいくつも填められた手で器用にトングを持ち、ほかほかの肉まんを取り出して袋に詰める。久しぶりに食べるから楽しみだな、とによによと笑っているとふと違和感に気付く。目の前の台に置かれた袋の中身、数はふたつ。

「獄寺くん、ひとつ多いよこれ」
「あ?良いんだよそれで」

 そう言うとズボンのポケットから取り出した財布でわたしが声を挟むよりも早く会計を済まし、ちょっと待ってろとビニール袋を手渡される。かさりと音を立てる袋はほんのりと暖かく、混乱する私の冷えた指先を温めた。
 レジの横の方に移動して携帯を見ながら待っていると、外出るぞ、と制服の上にジャケットを羽織った獄寺くんがレジの隙間から出てきて腕を軽く引かれる。暖房の効いたコンビニから出たことで、さっきよりも少しだけ寒さが強まった気がした。ふわりと頬を撫でる風の冷たさは、もうすぐ冬がくるということを実感させる。ちらほらと車が停まる駐車場を横目に、手すりのようなものの前で立ち止まって寄り掛かった。

「ほら苗字、それ食おうぜ」
「は、はい。…あ、そうだありがとう、奢ってくれて」
「別に、ついでに会計しただけだ」
「へへ、獄寺くんって優しいんだね」
「んなことねーよ」

 2人で並んで浅く腰掛け、中身を取り出してひとつを獄寺くんに手渡す。袋に入っていたまんまるとした肉まんは半分に割るとまだ湯気が出ていて、ふわふわの生地にかぶりつくと肉汁がじゅわりと口の中に広がった。はふはふ、と暑さを和らげながらゆっくりと食べ進める。横をこっそりと見ると大きく口を開けてがぶりと豪快に食べる姿。なんだか可愛らしくてくすりと笑った。

「あったかいね」
「まあ、そーだな」

 今まであまり多くは話したことがない獄寺くんとこんな時間を過ごすことになるなんて思いもよらなかった。短い時間だけど、ポカポカと心まで温まった気がした。

「ごちそーさまでした、ありがとう獄寺くん」
「ん、勉強頑張れよ」

 私の頭にぽんと手を置き、じゃあな苗字と手をひらひらさせながらコンビニに入っていく後ろ姿を見送る。一度だけこちらを振り返り、こちらを見てふっと微笑んだ顔が目に焼き付いた。触れられた部分が熱くて、今雪が降ってきても溶けそうなぐらいに熱を帯びている気がする。さり気ない優しさと普段とのギャップ、そして先程の微笑み。僅かな時間、いつもよりも多く話しただけ。それなのに、いとも簡単に恋に落ちてしまったのだ。
 どうしよう、好きになっちゃった。頬がじわじわと赤くなり、愛おしさで胸がどくんと大きな音をたてる。明日、きちんと顔を見て話せるかな。自分のことで精一杯だった私は、自動ドア越しの向こう側、耳を赤くして店の奥へと入って行く彼の姿には気付くはずもなく、明日のテストのことも勿論頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

20200831
呟きネタから生まれたコンビニバイトの獄寺くん


- ナノ -