だって愛だからさ



 23時30分。
 疲れた身体を湯船でほぐし、タオルで水気を取りながらぺたぺたとリビングまで歩きながらミネラルウォーターをひとくち口に含み喉を潤す。充電していた携帯を片手で取り、無意識のうちにスワイプしてメッセージアプリを開いていた。
 上から順に誕生日おめでとう、の文字と自分の返信やスタンプが並び、今日一日幸せだったなと笑みを溢す。多くの名前の並ぶ中スクロールをしていき今日の日付の一番下で指を止める。日付が変わって少し経った後に来た、たった一言の「おめでとう」のメッセージ。最近任務続きでとても忙しいことを知っていたから一緒に過ごしたいなんて我儘も言えず、そんな中で一言だけでもお祝いの言葉を送ってくれた事が嬉しくて。任務の邪魔にならないようにスタンプをひとつだけ送り会話を終わらせていた。

 23時50分。
 髪を乾かしてベッドサイドのライトを灯し、寝床を整える。もうすぐ日付が変わる、彼に会えない以外は素敵な1日だったな、なんて。今週末には会えるといいけれど。少し早いけれどみんなが祝ってくれたお陰でテンションも高く、一日中はしゃいでいたから横になれば眠気もくるだろう。携帯を充電コードに繋ぎ、ライトを消そうとした瞬間に電話が鳴り響いた。
 表示されたのはずっと待っていた名前で、急いで出ると、疲労のせいか少し掠れた低音が耳に響いた。

「もしもし、」
「遅くに悪い。今家か?」
「うん、そうだよ。寝室にきたところ」
「そうか……なあ、名前、まだ起きてるか?」
「横になってスケジュールの確認しようとしてたから、多分もう少し起きてる」

 まだ起きてるか、なんて珍しい問い。答えるとちょっと待ってろ、だなんて勝手に切られた。ちょっと!と理由を問いただそうとした頃にはもう既に無機質な音が鳴り続けるだけだった。ろくに話も聞かずに切るなんて酷いやつだ、と思いつつも声が聞けたことが嬉しくて許してしまうのだから単純なものだ。

 23時56分。
 また連絡があるかもしれない、とSNSやニュースアプリを見ながら待ち続けていると突然チャイムが鳴り響く。そんなまさか、もしかして、いや有り得ない。そんな訳ないもうこんな時間だなんて思いながらも玄関に向かう足取りはとても軽かった。
 もう夜も深い、ドアを音を立てないようにゆっくりと開く。開いた瞬間に鮮やかな色彩が目に飛び込んできた。それと同時にふわりと甘くて優雅な香りが鼻を擽る。真紅の薔薇の花束を持ち、少し照れ臭そうに口を尖らせながら彼はそこに立っていた。

「こんな時間に、いきなり来て悪い」
「び、っくりしたけど、全然大丈夫…うん」
「…本当は日付が変わって一番に、直接言いたかった」
「……うん、」
「日付変わるギリギリになって悪い。……名前.誕生日おめでとう」

 ほら、と花束と共に差し出された小さな紙袋は以前から気になっていたブランドのもの。細やかなことを覚えていてくれたことに嬉しさが溢れ、思わず涙目になる。嬉しい、ありがとうと震える声で小さく伝えると、優しく指で涙を拭われ、目元にそっと唇が触れた。急に触れた柔らかく暖かい体温に、驚きが勝って涙が止まる。泣き止んだ私の頬をそっと撫でる。

「やっと顔がはっきりと見えた。…泣くな、名前は笑顔の方が良い」

 そう言って頬をぐにっと掴み口角を無理矢理あげられる。不器用な笑わせ方すぎて、吹き出すように笑ってしまった。こんな一日の終わりが待っているなんて、最高の誕生日じゃないか。部屋に入っていく背中に向けてありがとう、ともう一度呟いた。

20200824
誕生日だったフォロワーさまへ捧げます


- ナノ -