夜半に溶ける


 もうすぐ長く感じた夏休みも終わり。猛暑はあと少し続きそうだけれど、夜は少し涼しさを感じられるようになってきた。近くのコンビニからの帰り道、街灯は瞬きを繰り返し、歩くスピードに合わせてがさりと音を立て、紙パックのジュースと朝ご飯用のパンが袋の中で揺れる。

「お久しぶりですね」
「……えっと、」

 後もう少しで家にたどり着く、という辺りで突然後ろから声を掛けられた。ちらりと振り返ると少し遠くに人影が見える。曲がり角の先、街灯がなくて顔に影が差し、知り合いなのか、そうでは無いのか判別ができない。怪しさ満点の様子に花の「気を付けなよ」という言葉を思い出した。自ら名乗ることをせずにこちらへとゆっくりと歩み寄る姿に、じりじりと足が後ろに自然と下がっていく。街灯の明かりがようやく彼の姿を照らし出し、見覚えのある姿に驚きで目を見開いた。

「おや、僕のことを忘れてしまいましたか?」
「あ、なたは…」
「僕は覚えていましたよ、苗字名前」

 名前を呼ぶその声を、艶やかで美しいその容姿を、決して忘れることはなかった。世にも珍しい右の赤い瞳がこちらを見やる。ずっと貴方を探していた、きっとこの瞬間を待ちわびていた。それなのに、ひやりと背筋に冷たい汗が流れ、理由は分からないけれど彼は危険であると感じた。頭ではこの場から逃げる、もしくは人の気配があるところにまで行くべきなのだと分かっているはずなのに足は僅かに震え、少しずつしか後退りすることができない。

「あの、時、一度…お会いしました…よね」
「おや。覚えていましたか。それは嬉しい。さあ、もっとゆっくり話しましょう。あの時は急いでいて僅かな時間しか居られなかったことですし」

 クフフ、という独特な笑い声が辺りに静かに響く。そういえばこの辺りは住宅地とはいえもっと家の照明などで明るく照らされているはず。なのにどうして、こんなに暗いのだろうか。
 それを認識したと同時に視界はゆらぎ、目蓋がどんどん重くなっていく。ああ、これが意識を失うって感覚なんだと漠然と思った。とぷんと闇に落ちていくような感覚。ぼんやりと薄まっていく視界の中、暗転する前に少しだけ寂しそうにゆらぐ瞳が映った気がした。

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