柔らかなまなざし


 先日の早朝、あの不思議な出会いは白昼夢のようなものだったのではないかと最近考えている。すぐに会えると言っていたのに彼とはあの後一度も会えていない。春はとっくに過ぎ去り、もう初夏が近づいている。桃色の花達はとっくに散り新緑が芽生えてきた。

「名前ちゃん、お昼ご飯一緒に食べよ」
「うん、もちろん」
「わ、今日のお弁当も美味しそうだね」
「名前は料理がほんと上手ね」
「もう、2人とも大袈裟だよ」

 チャイムを合図にガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、机をくっ付けてお弁当を広げ、いただきますと手を合わせる。花ちゃんと京子ちゃんとは小学生の頃からの友達。2年生で同じクラスになり、一緒に休み時間や移動時間に話せるようになり、前よりも随分と仲良くなれた。嬉しいなと改めて幸せを噛みしめ、甘めに作った卵焼きを一口頬張り微笑む。

「アンタ一人暮らし、大丈夫なの?」
「うん、今のところ平気だよ」
「寂しい時はいつでも呼びなさいよ」
「うんうん、またお泊まりとかしようね」

 優しさに涙腺が刺激され、少しだけ視界が歪む。二人はいつだって暖かい。両親が出張で海外に行ってから一人暮らしが始まってしまい、内心寂しがっていた私をいつも気遣ってくれるのだ。次はお菓子パーティーでもしたいね、と言うと早速スケジュール帳を引っ張り出して予定を組み始めてくれた。

「名前の家は黒曜方面にあるんだから、夜はなるべく出歩かないようにね?あと怪しい人を見たらすぐに逃げること。いい?」
「了解であります!」
「よろしい」
「ふふ、あ、もうお昼休み終わっちゃうよ」
「わ、ほんとだもうこんな時間」

 京子ちゃんに言われて教室の時計を見ると、授業開始まであと5分を切っていた。お茶で喉を潤してから急いで次の時間の準備。廊下で騒いでいる沢田くんたちの声が聞こえ、みんなお昼の後だからきっと次の時間は眠気との戦いだろうなと想像して少し笑った。案の定授業中に居眠りをして怒られている姿を見て、こっそりと笑ってしまったことは仕方のないことだろう。

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