それは甘い20題 | ナノ


1:鼓動 2:3センチ 3:指先 4:おはよう 5:不意打ち 6:視線 7:はちみつ 8:寸止め 9:内緒話 10:ひざまくら




























鼓動

 溜息が出る。生きている心地がしなかった。書き置きの文章をもう一度確認する。名前は友人らと遊びに出かけたらしい。アルバイトが終わって、そのあとに遊びに行くので帰りは遅くなります、と。久しぶりの早く帰ってきたというのに、まあ、こういうのもあるか。いつも待たせているのだから、これくらいは耐えなければ。と、思うものの静かな室内にまた溜息が木霊する。
「ったく」
 毒を吐くような声とベッドの軋む音。夕食の用意はない。
 そのままベッドに横たわって、天井を見上げようと仰向けになった。
 五日間、この家を空けていた。その間、名前を一人にさせていた。しかし名前はアルバイトをしているのだから、どうだろうか、寂しくはあっただろうが、日中は寂しくなかったろう。
 別に俺の収入で好きなことをすればいいと言っているのに、何を悪いと感じているのかアルバイトをやめたりしない。

 目を瞑った。
 広がるのは、ここは、どこだろう。

 心臓の音が聞こえる。

 深く息を吸って、深く息を吐いた。

 退屈だと感じるのはいつぶりだろう。こうして心が休まる時間も必要だ、名前がいればぎゃーぎゃーとうるさいし、落ちつく暇もない。けれど、今とても退屈だと感じている。橙色の夕日が部屋の中を照らしている。帰ってくるのはいつになるのだろう?酒でも飲んで帰ってくるのだろうか。

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3センチ

「いっ、やぁあ!」
どすん!サクッ
「はぅわああ!」

 怪訝な目でわたしを見下ろした芳樹は足元に刺さっている包丁を抜き、まな板の上にドン!と音を立てて置いた。平謝りを土下座で。近頃はこれをすることがなかったけれど、昔はよくあった。ドジを踏んで、芳樹を海に落としたり、砂利道に転ばせたり、調味料を入れすぎたり、寝てる間に蹴ってしまったり……。数々ある失敗談も今ではいい思い出である。
 芳樹の足元、後三センチでさっくりといっていた。
 なぜわたしが手元を手放したのかというと、それはそれは壁に大きな虫がいたからである。

「……もう、限界だ」
「いやあああ!」

 芳樹の腰にしがみ付き、頭を擦り付ける。これも通算何度目になろう……。初めのうちはすぐに許してくれたものだが、回数を重ねるごとにつれて、許してくれる時間が長くなってきている。

「許してほしい?」
「ほしいっ!」
「なら股を開けよ」
「変態ッ」
「うぐっ!?」

 わたしの頭突きが芳樹の股間にクリーンヒットし、芳樹は苦しみながらその場に膝を折った。

「許してくれる!?」
「許すか!」

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指先

 自分でも華奢な指先であると思う。男のくせに、これだけ許せない部分だった。もちろん、女よりも角ばって、骨ばって、硬い指先だが、他の男と比べてどうだろう。組織の男の指先を盗み見ては、幾度となく思い悩んだ。指先はもろいのか?
 名前の手を握る時、常に思う。
 細いのか?
 弱いのか?
 自信がないのか?
 名前は、他の男の指先を知らない。だから安心していた。比べる対象がないからそれでいいと思っていたけれども、最近になって他人との劣等感を感じ始めていた。昔はよく感じていたものだが大人になるにつれてそんなものどうでもよくなってきたはずなのに。
 彼女の指先は、他の女と同じものだった。細くもなく、太くもなく、硬くも無くて、ただ、誰よりも柔らかい。

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おはよう

 目覚めの良い一日の始まりは、良い日になる。あくまで持論だが、こういう思考を持っている人はたくさんいるのではないだろうか。
 朝起きて、隣にいる芳樹の姿を確認してから、わたしよりも大きい体を跨いで、蛇口を捻って水を出し、一気に飲み干す。朝ごはんの用意は前日の夜に決めておいて、何を作ろうかと迷って時間を食わないようにする。
 昨日はお隣さんからお米をいただいたので、それを使おう。魚の煮付け、漬物、朝はそんなに食べない人だから、品数も少なく済むのだ。
 早いもので、彼と同棲して一年が経つ。一年の間に色々とあった。本当に、色々と。芳樹に出生や、どんな仕事をしているのかも知っているし、仕事関連で巻き込まれたこともある。その時は一番怖い体験をしたが、それを期に芳樹とも近付いたような気もするし、いいのか悪いのかわからないけれど、よい、ということにしてある。心の奥底ではもうあんな思いをしたくない、なぜわたしが巻き込まれたのだろうという憎しみに似たものは確かに存在していて、たまに思い出しては怖くなって、一人で家にいないように外に出て、近所の子どもたちと遊んだりアルバイト先にお茶を飲みに行ったりする。そんな仕事やめて、と思う事もないわけじゃない。
 けれど、彼を支えたいと、いや、彼と幸せに、いやこれも違う。
 彼の笑顔がみたいから、わたしは我慢する。そうしたら彼は笑ってくれるのだから。どんなに想いが通じ合わなくとも、わたしのことが嫌いであろうとも、いつか離れてしまうことになっても、それでもいい。彼が笑えることができる環境を作りたい。
 笑顔のひとつに、なりたい。

「おはよ」

 彼が、わたしを後ろから抱きしめた。

「おはよう」

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不意打ち

 天然よねぇ。
 隣のおばさんが名前に言った一言を思い出し、腕を組んで悩む。
 そうだ、確かに天然だ。天然、いや天然の概念は?この一年を振り返れば、名前の数々の天然ぶりが溢れんばかりに脳内に巡る。人の言葉をすぐ信じて騙されるし、セックスの時も(これはただ単に経験不足かもしれないが)、ちょっと格好を付ければ「へあ?」なんて首を傾げるし、料理もぼーっとして失敗することもあれば、調子に乗りやすいし、たまに魅せる色っぽい姿も、これも自然としているものだし。

 今目の前で編み物をしている名前の後姿を見つめ、それらを考える。時期に来る冬の為に防寒具を作ると張り切っていたが、五分も経たないうちにガタが出て、自分の不器用さを嘆いている。まずは俺に一つ、手袋でも。と、張り切っていたのになぁ。
 出来たら、普段言う事のないありがとうと感謝の言葉を伝えようと思っていたのだが、今回もお預けになりそうだ。

「名前」
「なぁに」

 ちゅ、とリップ音。振り返った名前の唇に唇を乗せ、少し吸えば、驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にした。

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視線

 視線を感じる。後ろの芳樹から。じっとわたしを見つめているのがよくわかる。編み物を初めて五分、そろそろ飽きてきた。自分の不器用さをきちんと把握した上で、計画を立て、始めればよかったのだが、初めの気分が高すぎて飽きてきてしまった。
 ああ。やめようかな。
 芳樹に期待してて!なんて言ってしまったからなかなかやめられないでいるが、もう駄目だ。手袋なんて難しいもの挑戦しないでもっと簡単なものからやればよかったんだ……。
 それに、とても見られている、し。

「名前」
「なぁに」

 振り返ると、芳樹が唇を吸った。

「驚いた?」
「………頑張るっ!」
「え……ああ、手袋ね。頑張って」

 頑張る!

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はちみつ

 とても甘いらしい。瓶を名前の前に差し出すと、名前は躊躇わず瓶の中に指をさし込んで、はちみつを掬って舐めた。
「あま……まー……」わからないらしい。
 これは人それぞれの味覚で味が変わるのだろうが、名前には甘い、とは感じなかったのだろうか。試しに自分の同じように指で掬って舐めてみる。うん、俺は嫌いじゃない。
「確かに、甘い、か わからないね」
 隣にいた名前の肩に手を置いてそのまま押し倒せば、目を点にした名前は一歩遅れて抵抗をしてきた。抵抗をされると更に興奮すると昨日言ったはずなのにもう忘れてしまったのだろうか。問答無用、時間も掛からずあっという間に帯付きを脱がし、慌てる名前の口を手で塞いだ。

「これすると甘くなるから」

 瓶からはちみつを名前の腹の上に垂らした。

「よ、よ、芳樹、ちょっと……!」
 瓶を机の上に置き、腹に垂らしたはちみつを舐める。抵抗を見せていた名前も次第に静かになって、受け身になって、俺の腕に手を這わせていた。

「甘くなったよ?」

 瓶を持って、次に垂らす場所は桃色のあそこ。

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寸止め

 芳樹が汗を掻くと、とてもいい香りがする。甘いような酸っぱいような、太陽の光をたくさん浴びた葉っぱのようなお布団のような、可愛らしいお花のような、綺麗なお花のような、なんとも言い難い香りがする。女のわたしでさえとてもいい香りだ。この世のどこにも、この香りを持つ男性はいないだろうし、女性だっていないんじゃないかって。
「あっ……よし、き」心臓が掴まれた、香りが漂った。
 芳樹の胸に頭を預けて、胸が苦しいので短く息を吸ったり吐いたり、たまに長く息を吐いて、長く吸う。夏は暑い、更に暑くさせているのは窓も開いていないこの部屋でわたし達の行為のせいでもある。脚を腰に回して背中に腕を回した。
「はっ はぁ 芳樹、さん」
 芳樹は自分のものをいれずに、指だけでわたしの中を掻きまわしている。ぐちゅぐちゅと卑猥な音と、芳樹の吐息に耳が支配され、目を瞑っているから、よく聞こえるし、気持ちよさもいつもの倍以上で感じられる。
「あっ あっあっ!ふ……あぁ」
 芳樹が初めての男性だった。つい最近まで生娘だったわたしは、ナカが狭いのだそうだ。毎日しているわけでもない。毎日自慰をしているわけでもない。わたしはそこまで性欲があるわけではないから、芳樹の誘いもたまに断ったりする。芳樹も疲れるからって何度もするわけでもない。
「いれていい?」
「ッ…!い、いれるの遅いですって!」
「だって名前のなか狭いから……ちゃんと慣らしておかないと俺がつらいんだよ。わかんないでしょ?引き千切られる思いしたんだから」
 そう言われても、芳樹のようなものが付いていないからよくわからない。
「わたしだって、濡れてないと痛いんだからね、芳樹にはわかんないだろうけど」
「ふぅん」
 先っぽが筋を撫でる。挑戦的で余裕のある芳樹の顔が気に食わなくて、綺麗な顔を睨めば、更に撫でる速度を早くした。
「絶対…ま、負けないんだからね」
「いいよ?俺は別に それでも構わないけど……」
 名前は我慢できる?
「………いつもより濡れてるけど、名前ってもしかして焦らされるのが好きだったりするの?まったく、言ってくれればこういうことやってあげたのに」
「……よ、よしきは、いつも、わたしを待たせるでしょ、だから、多分、えっと、………だ、だから…」
「………かわいいなぁもう……」

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内緒話

「芳樹芳樹!」

 久々に二人きりでのお買い物。名前はとても嬉しそうに弾みながら道を歩いている。名前の好きな魚を買って、最近仲良くなったおばさんからもらった漬物を持って、最後はお酒を買うのだそうだ。俺とは違い、酒好き……というかわいい言葉で片付けられるほどのものではない。酒豪なのだ。浴びるように酒を飲んでもまだまだいける!だなんて一升飲み干すほどの、酒豪なのだ。
「なに?」
「耳、耳貸して、耳っ」
「ああ、うん?」
 ――お迎いさんの、あの可愛い日向ちゃんが、結婚するんだって!
 なにもそんな、小さな声で話すこともないだろう。
「そうなの? まぁ、年頃の娘だしなぁ……あ、そうだ……この前、男の人と一緒にいるところを見たよ」
「え?そうなの?かっこよかった?」
「そうだなぁ……まあ、そこそこ格好よかったんじゃないかな」
「……芳樹には負けるかな?」
「…………はは」
「何その乾いた笑み」

 俺を見上げて睨んでくる名前の手を取って、優しく握り、名前よりも先に歩幅を進める。睨んでいた名前は段々と不思議に俺をみる目に変わって、振り返って微笑めば、段々と笑みを返してくれるようになった。前を向く。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ。気にしなくて、いいから」
 こんなに赤い顔、見せられるはずもないだろう。
 なんで、直接的に「かっこいい」と言われたわけでもないのに、なんでだ。俺の、ただの空回りの想像かもしれないのに。

「……芳樹、耳まっかー」
「!」

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ひざまくら

 お隣のおばさんから貸してもらった小説を読んでいた。なかなかおもしろい物語で、ちょっかいを出してくる芳樹の相手を適当に……しかし物語が中盤の盛り上がりを見せるところにきて、相手が疎かになった。「ねぇ」後ろに回って胸元に手を這わされても、何も感じない程に、それどころか鬱陶しくなって、壁に背中をくっつけた。芳樹に睨まれているのがわかるが、それさえどうでもよくなってくる。「まって、今、いいとこだから」「ねぇ、何回言うつもり?」甘い声でわたしの肩を抱くが、ペシッと手を払った。芳樹はそれにショックを受けたのか、ベッドに寝そべった。だがわたしは物語を進めていく。何分か経った所で、芳樹は昼寝をしていたのか目を擦りながらわたしの隣に腰を下ろして、身を小さくして、頭を膝に置いた。「そのまま読んでていいよ」お言葉に甘え、芳樹に目を向けずに活字を追う。
 何分、何十分、何時間経ったろう。膝を見ると芳樹がすやすやと眠っていた。

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