それは甘い20題 | ナノ


11:微糖 12:奪いたい 13:吐息 14:指切り 15:痕跡 16:うたた寝 17:めまい 18:36℃ 19:甘噛み 20:足りない


























微糖

 物音に驚いて思わず布団を被った。芳樹が仕事に出かけて3日が経つ。その間、日中は外に出る事が多かったけれど、夜はやはり家にいなくてはならない。昨日は友人とご飯を食べたから、夜 家にいる時間が短くて、帰ってお風呂に入って寝るだけだった。しかし今日は友人らと予定が合わず、それに芳樹がいない間ずっと友人と外食するわけにもいかないし、お泊りだってそう何度もできるわけじゃない。今日は、誰とも余裕が合わない、最悪の日だった。そんな時にこんな物音が響く。もう、いやだ。こわい。
 布団を握りしめた。今更玄関の扉につっかえ棒をする余裕なんて無い。

「ただいま」

 芳樹だった。

「……名前?あれ、また外食かな…こんな大雨に…。…書き置きも、ない……?…一体どこに行ったんだ、迎えにも行けないなぁ……。……まったく……、……?」


「名前?」

 芳樹と目が合った。芳樹は目を光らせて、わたしに近付いてくる。

「……ごめん」細くて、折れてしまいそうな声だった。
 芳樹が肩に触れると、わたしの震えは止まった。芳樹の腕にしがみ付くと、布団のまま、丸まったわたしの体を抱きしめてそのまま一緒に布団に倒れた。芳樹の方に向き直して布団から手を出し、芳樹を抱きしめる。わたしよりも大きな手が、頭を優しく撫でてくれる、その優しさが、たまらなかった。
「もう大丈夫だから」

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奪いたい

「ちゅっ、って、しよ?」
「………え?」
「ちゅって、しよ?」
「…………あ…う、ん……え?」
「芳樹、ちゅうしよ?」
「…………うん……」
「芳樹ィ……ちゅうして?」
「…………」
「……チューしていい?」
「…………」
「ちゅってするだけ」


「かわいすぎる………」

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吐息

「さァむいなー」
「今日は特別寒いな……帰ったらハァブティでも飲もうか」
「うん……さむーいさむさむ…息が白いよぉ」
「本当だ……俺も白いよ」
「芳樹の白いねぇ 芳樹の息あったかいのかもね」

 ――え?

「はぁ……どう?あったかい?」
「………、あ、あたた、あたたたかか、かかった、あう、あ……うぅ……」

 口吸い、じゃなくて、芳樹の吐息が口内に入って来た。両腕を掴まれたまま、視線を泳がせて、行きつく先は芳樹の足元。わたしの体温上昇。
「はっ……もう一回」
「も、もういい、もういいよ」
「すごいね、顔真っ赤」
 手で顔を覆い隠す。芳樹の笑い声に、更に体温が上昇していった。

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指切り

 怖くなる時がある。寂しさとも悲しさとも違う、完全なる恐怖がどこからともなくやって来て、一人でいる時も二人でいる時も、胸の中に入り込んでくるのだ。俺は人を殺したことがあるし、人間の人生を狂わすのだって日常茶飯事だ、今の仕事をやめることは選択肢にはないが、情けないことに、後悔することがある。
 何のために今まで生きてきたのだろうか、と。一年間、こうして何気ない日常を送っていることに、今までの自分に問いかける。「お前は何をやっているのか?」いつまでもこうしてて、いいのか?生憎、俺は、普通の人間の生活をしたことがない。親は幼いころからいなかったし、復讐のためになんだってやった。一度死んだ身だから、死ぬのだって怖くはなかった。
 しかし今はどうだろう。実の妹に出会い、離れ、途方に暮れていた時に名前と出会った。自分を見る目が、自分に好いた女の目と同じ目をしていたから、衝動に駆られてつい話しかけた。「襟が崩れている」それだけのことなのに、名前は顔を赤くして襟を直して嬉しそうにありがとうございますと言った。遊び半分で、名前が女給をしている喫茶店に訪れるようになって、遊び半分で同棲するようになった。飽きたら捨てるつもりだった。
 愛しいのだろうか?目の前にいる名前を、俺は愛しくおもっているのだろうか?結婚とは名ばかりで、いつでも捨てる準備は出来ている。出来ているのに、手放すことができない、したく、ない。

 怖くなる時がある。隣にいる名前がいなくなることが、とてつもなく怖いのだ。握りつぶしたら簡単に死んでしまいそうだ。阿片でもやったら、素直な名前だから疑いもなしに阿片を受け取るだろう。そして壊れていって、俺に捨てられるのだろう。
「姫様………」
 名を呼ぶと、かすれる。
 情けない、情けないと、
「名前」

「………なーに?」

 驚いて、肩を上げた。目が開いた。背にいる名前の方へ振り向くことができない、当たり前だ。思わず姫様と口にしてしまったのだから。他の女ならよかったのかもしれない、そうしたら謝る事も白を切ることもできたであろうに。
 唇が震え、汗を掻いた。初めての出来事に混乱して、枕に深く頭を乗せた。身を丸くする。心臓が胸を打つ。
 今までの名前の笑顔が崩れ始める。握った手が消えてなくなる。正面にいた名前は、次第に振り返って一歩一歩と俺から離れていく。さようならの言葉も残さないまま、俺が姫様にしてきたように、名前も俺にそれをする。俺は待って、とも、いくな、とも言えない、言えるはずがない、そんなことをいう権利など持っていないからだ。
 行くなよ、待ってよ、離れないで、行かないで、おいていかないで。

「笑っていて」

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痕跡

 芳樹の背中の傷跡に触れた。撫でて、唇を合わせる。もう一度撫でて、頬を当てた。
 抱きしめることはしなかった。今彼に触れたら、彼はきっとどこかへ消えてしまうから、わたしからすることはしない。わたしは知っている。芳樹が今までどんなところにいて、どんなことをしていたのかも教えられたから当然知っている。
 それでもいい。あなたが、笑う、それだけでいい。
 この傷痕だって、この傷痕だってね、あなたが笑えば見えなくなるから。あなたの生きた、生きている証なのだから。

 温もりは、あたたかい。芳樹は泣いてもいないし、笑ってもいない。でもその腕の中は確かにあたたかい。それでいい。
 あなたの、笑顔になれるなら。

「笑っていて」

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うたた寝

 彼女は読書家に、なった。というのはここ最近の出来事なので、曖昧な言い回しが適切だろうと判断した。読書をしている間は俺に構ってくれないものだから、隣で服の裾を引っ張ったり、髪の毛をいじったりして、彼女の体を好き勝手し放題の時間として費やす。耳たぶを舐めても首筋に爪や歯を立てても、まるで反応がない。無反応とはこのこと。
「暇だな……」わざと聞こえるように耳元で呟くも、彼女の反応はない。
「はっ……う、」え?感じてる?

「………ふふ」
 うとうとと首をこっくりこっくりと動かして、はっと顔を上げる。そして読書に戻って、またこっくりこっくり。思わず笑い声が零れた。肩を抱いて、その手で頭を撫でれば彼女は俺の方に頭を預ける。


 愛している。
 幸せを、笑顔を、ありがとう。

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めまい

 運命とは

「すみません、襟、崩れていますよ」


 運命とは、何だろうか。

 まさしく運命とは、このことを言うのだろうか。


「……おかしな人だな…。心、此処に有らず、ですか?」

 運命とは、突然に訪れるものなのかもしれない。

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36℃

「うぅん………適切な温度……」
「え?」
「人間湯たんぽ……芳樹あったかい……ぬくぬく…」
「湯たんぽって……もうちょっと暖かいと思うけど」
「あし、あし絡めてー」
「はいはい」
「服を着て抱きあうのもいいけど、裸で抱き合うのも、いいものだねぇ」
「…俺も、こうして裸になって抱きしめ合うのすごく好きだな。ずっとこうしていたい」
「わたしも、こうしていたいなぁ」
「俺の体温から離れたくない?」
「うん」
「…………」
「それから芳樹と離れたくない。………わがままかな?」
「もっと……わがままになって 俺を求めて」
「……いっぱいわがまましてるよ?」
「ぜーんぜん。もっともっと、わがままして、俺が離れられなくなるぐらいに」
「………死んじゃヤだよ」
「唐突だね……急にどうしたの?まさか俺がいなくなるかと思った?」
「わがまま言ってって、言ったでしょ?」
「ああ、そういうことか……。大丈夫。 あなたを残して死んだりしないよ」

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甘噛み

 ちゅ。ずる。芳樹の男根の先っぽから出る透明の液体を啜り、ごくりと喉を鳴らす。口に含んで、吸いながら頭を上下に動かして、唾液と分泌液を混ぜた。芳樹の透明な分泌液は何とも言えない味である。しょっぱいような、甘いような、すっぱいような、苦いような。どれとも言い難い味だ。裏筋に舌を這わせて芳樹が一番感じる部分をしつこく舐める。ピクピクと芳樹の男根に筋が浮かび上がる。しつこく、しつこく、何度も。分泌液が滴り落ちて、タイミングを見計らったように舌へ流れ込んできた。
 陰嚢を舐めて睾丸を刺激するために、そのままゆっくり力を入れずに、甘噛みをする。次は歯を立てずに口に含んで揉んだ。顎が外れそうで、気付けば涎が口の端から流れていた。
 芳樹の熱っぽい視線にゾクゾクとして、わたしからも粘り気のある分泌液が垂れて布団を濡らした。舌先で睾丸を刺激する。ピクンと男根が動く。陰嚢から口を離し亀頭を咥えて窄めて、芳樹を見上げた。
 赤い頬、熱っぽい瞳。視線を戻して頭を上下に動かした。あまり上手とは言えないけれど。芳樹も満足はしていないとは思うけれども、わたしは芳樹の男根を咥えるのが好きだ。
 あっ、苦い。

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足りない

 今日の夕食はお刺身だった。なかなか舌触りもよく、生ものと少々お酒も嗜み、最近は仕事も入らないようにしていたので、変哲のない会話ばかりが続く。昨日猫が魚を泥棒しただとか、作家さんの新作が明日発売されるだとか、近所のおばさんからお酒を頂いたとか、仕事の調子はどうだとか、大陸は今どんな感じなのかとか。ちょこちょこ仕事の話題を挟むところが名前の性格が見え隠れする場所だ。相手の空気を読みにくる。だから俺は読まれないように平然と返答をする。
 酒のにおいは嫌いだ。品のないにおいがするし、ツンとする、べろんべろんに酔っ払った時の名前のにおいなんかはもう酒しか残らない。今日は俺に合わせて嗜む程度に酒を飲んでいるから、まだ大丈夫なのだが。先程、少し鏡で自分の顔色を見てみたが、ほんのりと赤みを帯びていた。
 食器も片付けて、後に使う仕事の内容を文字に起こしていた。忘れることはないが、確認のためである。それから、最近不穏な動きを見せる輩がいるので保険を掛けようと俺の名と印を書き、紙を四つに折って棚にしまった。もしものことがあれば、この紙を持って家を出て、指定の場所へ行くようにと書いた。この紙が使われないことを願う。
 名前は先程お風呂に入っていたが、もうすでに音は消えているものの一向に姿を現さない。いつもはお風呂を出てすぐに水を飲みに居間へ来るのに。
 人の気配がする寝室へ足を運ぶと、窓に肘を乗せて夜空を見上げていた名前の姿があった。笑みが零れて、名前の隣へ静かに足音を立てずに近付いていく。まだ濡れている髪を掬い、ぱらぱらと落としていく。特に意味はなかったが、名前に触れたかったのだと手から髪が無くなってから気付く。

 最近護身術を習い始めた名前はこの間、男に絡まれている女子を救ったらしい。しかも素手で。これは喜ばしいことなのか誇れることなのか……。ひたすら感謝される名前は笑ってどうってことないよ、だなんてぬかしていた。それがもし、相手が俺のような道で生きる奴だったら確実に殺されていただろう。考えるだけで恐ろしい。今後は控えてほしい。手に追えない。
 一年前も、そういうことがあった。名前が相手の肩にぶつかってしまって、謝ったのだが相手は頭に血を逆上せてかんかんになって怒っていた。なんだ、男の癖に心が狭い、と名前が言ってからもう大乱闘。まだ付き合っていない時だったから、助けるか否か悩み、結局のところ助けてしまった。姫様とはまた違う、ひやひやさせられるお転婆娘だ。

 会話はない。どちらも第一声が思いつかないのだと思う。だが会話が大事なのではない。会話だって大切な意思疎通の一つだけれど、意志疎通が必ずしも会話とは限らないからだ。人は言葉を話せる。言葉がある限り、それを使わない手はないし、それがあるのだから大いに活用すればいい。けれども、会話が一番大事なのではない。
 名前が俺を見上げる。風邪ひくよ、なんて、今までに何度も伝えてきたが、そういうと尚更聞かなくなることを学習したのでもう放っておこうかとも考えた。そしてその結果、それを試している。
 名前が笑んだ。頬に親指を乗せて撫ぜると、照れたように笑って俺の腰を掴んだ。もっと近くにきて、そう言っているように。
 接吻も情事も、今はいらない。けれども求めている。きみの笑顔を求めている。
 愛しい、きみを、求めている。


 ああ、きみが足りない。

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真島芳樹 幸福切願プロジェクト