女神は微笑む

気が付けば、皆はセフィロスとの戦闘の直前に見たあの"星の中心"に居た。先程飛び込んだ穴は未だに発光し続けており、その光を取り囲むようにして全員が座り込んでいる。

「ついに終わったんだな……」

感慨深く呟くクラウドだったが、皆の想いは複雑だった。互いに傷を治癒し合いながら、先程の戦闘を思い返す。

かつてない程の長期戦となり、同時に絶望感をも抱かされた戦闘だった。諦めの気持ちが何度襲ってきたか数えきれない。

それでも仲間全員で彼に勝ったのだと、そう思うと達成感や誇らしさのようなものが広がっていたのは確かだったが、しかし、その大きすぎる代償に、手放しに喜ぶことはできなかった。

「俺達にできるのはここまでだ」

「ちょっと待てよ! ホーリーは!? 星はどうなるんだ!?」

その場で黙り込んでいた皆だったが、バレットのもっともな意見に首を傾げる。

エアリスの祈りは届き、ホーリーは輝き、発動を間近に控えているはずだった。それを阻止していたセフィロスを倒した今、ホーリーが発動してもおかしくはない。

しかし、星は静寂を保ったまま、戦闘前と何ら変わらない様子だった。

「それは……わからない。あとは星が決めることだ……」

「そっか……そうね……。私達、できることは全部やったものね」

セフィロスを倒しさえすれば、必然的にホーリーが発動し、メテオの衝突も防ぐことができるのではないかと、皆心のどこかで考えていたのかもしれない。

しかし、ホーリーが発動するか否か、それを最終的に決定するのは"星自身"なのだと思うと、どうもやるせない気持ちが込み上げてきてしまう。

文字通り命懸けでここまで辿り着き、セフィロスを倒したというのに、イリスは囚われ、そして呼吸を止めてしまった。その上、ホーリーも未だに発動しない。一体自分達は何のためにここへ来たのかと、そんなことさえ考えてしまう。

「さあ、みんな」

依然としてその場に座り込んだままの皆に、クラウドは声を掛けた。悲しみに暮れる皆を引っ張るのは自分しかいないと、彼は自分の感情を押し殺し、前向きな言葉を投げる。

「ホーリーのことはもう、考えてもしょうがない。俺達にできることは全部やったんだ。不安や心配は全部ここに置き去りにしてさ、今は一旦、胸を張って帰ろう。イリスならきっとそう言う、だろ?」

さあ、と言って洞窟の上を指さした彼の表情は、どこか穏やかなものだった。

ホーリーについての不安、メテオについての不安、呼吸を止めたイリスを想っての悲しみ。どれをとっても、今この場で佇み、考え込んでも答えは出ない。悲しみがすぐに癒えないことを、皆はよく知っていた。

彼の言う通り、自分達は手を尽くしたのだ。今はこの洞窟内から出ることを最優先に考えようと、皆も立ち上がった。不安と悲しみは未だに皆にまとわりついていたが、この場にとどまり、悲嘆に暮れていても仕方がない。

「降りて来んのも大変だったけどよお、登るのはもっとキツイぜ」

「もう、シドってば」

またいつも通りの皆に戻りつつある。無理にでも、いつも通りに戻そうと、なんとか声を掛け合う。しかし、何も言葉を発しないヴィンセントには、まだ掛ける言葉が見つからなかった。

そんな悲しみに暮れた中、クラウドは突然立ち止まると、中央の光に視線を向けて固まった。何かに耳を澄ませているのか、険しい顔をして背中の剣を掴んでいる。

「クラウド……?」

戻ろうと、そう言い出した彼がその場を動こうとしないことに、皆も一度動きを止めた。彼が何を感じているのか、レッド]Vの聴覚をもってしても察することのできない何かに、再び警戒心が募る。

「感じる……」

「えっ……?」

「あいつは……セフィロスはまだいる……」

誰も感じることのできない気配を彼だけが感じ取り、その表情はますます険しくなってゆく。剣の柄を離そうとしないまま、先程飛び込んだ光の穴の先を見つめている。

「何言ってんだ、さっき俺達が倒したんじゃねえのか?」

「違う……そうじゃない……」

皆には伝わらない違和感に、彼自身も狼狽えている様子だった。それでも確かに、はっきりと感じるセフィロスの気配に、クラウドが殺気立っている。

「セフィロスが、笑ってる……イリスに……? 何だ、何を笑ってる……?」

突然名前の挙げられた彼女に、皆の視線が集まる。ヴィンセントの腕の中で冷たく眠っている彼女は、先程と変わらず彼に抱かれたままだった。

「イリス……?」

依然として息を吹き返さない彼女だったが、その腕輪が静かに輝いているのが見えた。魔法を唱えている訳でもない今、何故彼女の腕輪が光っているのだろうかと、ヴィンセントは険しい表情で思考を巡らせていた。

一体何がどうなっているのか、クラウドにしかわからないこの異変にどう対応したら良いのか。皆が焦りを見せ始めた時になって、今度はクラウドがぱたりと意識を失ったように倒れ込んでしまう。

「クラウド!」

光を取り囲む皆は、眠り続けるイリスと、意識を突然失ったクラウドを見守りながら、ただその場に佇んでいる他なかった。



「おいおい、クラウドまでどうしちまったんだ!」

「わからない……ねえ、クラウド、しっかりして」

倒れ込んだ彼を支えるティファの目には、不安が色濃く映っていた。

やっとここまで来たというのに、やっとセフィロスを倒せたというのに、これ以上何が自分達を苦しめているというのか。

泣き出しそうなティファの肩にバレットが手を置き、落ち着けと彼女を宥めている。

「ねえ、なんか音がする……遠くで何か聞こえる」

そんな中、レッド]Vはその耳をピンと立てて、辺りの様子を伺っていた。

この光る巨大な穴と、それを囲む洞窟の壁以外、この場から見えるものは何もない。しかし彼は、洞窟の壁の奥、見えない先で起こっている何かを感じ取ったらしい。

「なになに、今度はなんなのさ!?」

「……大変だ、」

徐に皆を見渡したレッド]Vは、目を見開いて慌て始める。壁のあちこちに近付き、耳を澄ませ、そうして口を開く。

「崩れ始めてる……!」

「えええ」

「なんだと!?」

仲間が二人も意識を失い、この場を離れるにはそそり立つ壁をよじ登る他ないというのに、この洞窟そのものが崩れ始めている。これ以上ないほど絶望的な状況に、ティファは目に涙を溜め、シドとバレットは苛立ちを見せ始めていた。

「アタシがなんとか登って、そしたらロープを――」

いつものおどけた彼女はどこへやら、真面目に脱出の方法を提案しかけていたユフィの言葉を遮るようにして、皆の立っている地面にひびが入り始めた。

「おい、こっちだ!」

「きゃ、待って……!」

クラウドを支えたまま座り込んでいたティファだったが、彼女の座っている地面と皆の立っている地面との間に亀裂が走り、彼女の居る方の地面が音を立てながら深部に下がってゆく。

「掴まれ、ティファ!」

「できない、だって、クラウドが……!」

かろうじて手の届くところでバレットがその腕を伸ばしたが、彼女はその手を取るのを躊躇っている。彼女一人ならば、バレットに掴まり、皆の居る地面に移ることもできたはずだったが、今や意識を失ったクラウドを置き去りにして飛び移ることなどできなかった。

「クソッ! なんとかならねえのかよ!」

「このままじゃ、ライフストリームに落ちちゃうよ、ティファ!」

「でも、でも……」

為す術もなく、轟音を立てて落ちてゆく地面をはらはらと見守る皆は、必死にその手を伸ばしていた。なんとか二人を引き上げようと、腕を伸ばし、掴もうとする。

しかし、割れた地面は徐々にその距離を広げてゆき、もう誰の手も届かない。

冷静な判断のできなくなった様子のティファは、クラウドを抱き締め、涙を流して、彼の意識が戻ることをただ祈っていた。





「う……」

「クラ、ウド……?」

「……わかった気がする」

「クラウド!」

彼女の想いが通じたのか、そっと目を開いたクラウドは、ただ一言そう言うと、辺りを見回した。

彼の意識が戻ったことでティファも冷静さを取り戻したのか、瞬時に皆の居る方向を指さす。

「洞窟が崩れ始めてるの、急がなきゃ」

「おーーーーーい! クラウド、目ぇ覚ましたのか!?」

「ああ、こっちは大丈夫だ!」

二手に分かれた状態となってしまったものの、クラウドの意識が戻ったことで、多少の安心感が広がった。

二人の居る地面は落下の速度を緩めていたが、辺りからは、がらがらと音を立てて崩れてゆく音がしている。

「しぶとい野郎だぜ」

二人の様子を覗き込んでいたバレットは、そう皮肉めいた言葉を呟いていた。それでも彼の表情は安心した様子で、大きく溜息をついている。

「でもよ……これからどうするんだ?」

「ホーリーが発動したら、そうしたらここは……」

その先の言葉を続けることを躊躇うように、レッド]Vは首を横に振った。

現にこの洞窟は崩れ始めているのだ。ホーリーが発動すれば、ライフストリームに最も近いこの場所は、跡形もなく消滅してしまうかもしれない。

「あ〜あ……運命の女神さんよお……何とかなんねぇのかよ」

シドは懐からいつものように煙草を取り出すと、火を点け、上を向きながら、溜息ともつかない煙を吐き出した。

「……んが!」

突然、咥えていた煙草を落とした彼は、あんぐりと口を開け、上を向いたまま視線を逸らさない。

一人で何をやっているのだと、彼の視線の先を追えば、この大空洞の火口付近に停泊させていたはずの飛空艇が、亀裂に沿って落下してくるのが見えた。

「お前ら、乗り込め! 女神さんが俺様達に微笑んでるぜ!!」

突如現れた希望の光に、一瞬理解が追い付かない者もいた。しかし、シドのいつもの声を合図に、全員が飛空艇の甲板に飛び乗った。

「おい、全員中に入れ! 急げ急げ、さっさと脱出するぞ!」

シドは一目散に操縦席へと駆け込み、飛空艇を洞窟内から外に出そうと舵を切った。エンジン音が響き、皆はコックピット内のあちこちに掴まりながら、脱出を祈った。



彼の腕はやはり本物だったらしい。飛空艇は落ちてくる瓦礫をすり抜け、洞窟を抜け出した。

「やった〜〜! オッサンすげえ!」

「こういうときは"シド様"だろうが」

崩れゆく洞窟を脱出できたことで、皆は歓喜の声を上げていた。

しかし、洞窟を出てすぐに、空の色が赤く染まっていることに気付く。この大空洞を進み、セフィロスとの戦闘をしている間に、メテオはこれほどまでにこの星に近付いてしまっていたというのか。

「おいおい、まずいんじゃねえのか!?」

「このままやったらもう……」

「きっとホーリーが遅すぎたんだ……メテオが星に近付き過ぎてる……」

皆の不安は、レッド]Vの言葉に全て表れていた。予期していた最悪の結末が、皆の頭をよぎる。

「これじゃせっかくのホーリーも逆効果だ……メテオとホーリーの衝突で、星そのものが死んでしまう……」

何度も死線をくぐり抜け、何度も運命に助けられ、ようやくここまで来られたというのに、無情にもメテオとホーリーは、地上のすぐ近くで衝突をする寸前だった。

「待て、あれは……」

もう窓の外を見ることすらできないというように、皆が座り込んでしまっていた。諦めの境地に立ち、ただ俯いていた皆に、ヴィンセントの声が響く。

「…………ライフストリームだ」

どこからともなく、無数の線となって地上を流れるライフストリームが、メテオの元へと集まってゆくのが見えた。

全員が、その淡い緑色のライフストリームから目を離すことができずにいた。静寂に包まれた飛空艇で、ヴィンセントの腕に抱かれたイリスの腕輪が、淡い緑色に輝いていた。


[ 180/340 ]

[prev] [next]
list bkm



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -