堕ちた天使

「く……」

「全然、効いてない……?」

戦闘が開始されてから、全員は攻撃の手を休めることなく、立て続けに彼に向かっていっていた。それにもかかわらず、彼は余裕の笑みを浮かべて皆を攻撃してくる。

戦闘開始から随分と時間が経ち、皆の体力は徐々に削られていっているというのに、彼の方は全くといってよいほど衰えを見せない。

「何故だ、確かに俺達の攻撃は届いている、それなのに……」

剣の刺さる感触も、銃の命中している感覚も、拳がめり込む感覚もあった。確実に彼に攻撃は命中しているはずだった。

自分達の力では到底彼を倒すことができないのだろうかと、後ろ向きな気持ちが皆の心を支配し始めていた。

先程も、身体を動かすことすらできない程の強大な力を見せつけられていたのだ。ひょっとしたら、彼を倒すなどということ自体が無謀なのかもしれないと、そんなことを頭の隅で考えてしまう。

「そんなはずはない、何か……きっと何かが足りないだけなんだ! 俺達の攻撃はちゃんと届いている!」

「足りないって、何が足りないの? これ以上ないってくらい攻撃してるのに!」

彼の攻撃をかわしながら、その隙を突いて反撃を繰り返す。戦況は明らかに不利だった。これではまるで、彼の攻撃を防ぐことで手一杯であるかのようだった。

「チクショウ! なんだってんだ!」

「考えろ、考えるんだ……」

徐々に冷静さを欠き、攻撃を食らう回数も増えてきていた。彼の一撃は重く、体力の回復に時間を取られてしまう。

皆ががむしゃらに攻撃を続けている中、クラウドは深呼吸をして、再度考え始める。攻撃は確実に命中している。彼に傷を負わせることもできている。しかし何かが足りない。一体何が。

彼にあって、自分達にないもの。自分達にあって、彼にないもの。それがきっと、この戦闘に打ち勝つ鍵となるはずなのだと、クラウドは剣で攻撃を防ぎながらも思考を巡らせる。

「そうか……」

何かを閃いたようにして目を見開いたクラウドは、その大剣を再度握り直し、セフィロスに向かって斬り込んだ。



一瞬、セフィロスの身体がぐらりと揺れたのが見えた。

「……!」

ここへきて、初めて驚いたような表情をするセフィロスに、クラウドは確信する。自分達にあって、彼にないもの。

「みんな、思い出せ! 星を救う本当の理由を! セフィロスを倒す、本当の理由を!!」

クラウドの声に、皆の心に再度、それぞれの"星を救う理由"が思い出され始めていた。個人的で、具体的で、客観的に見ればちっぽけな理由だとしても、それが自分をここまで連れてきたのだと、改めて思い直す。

「俺が……俺が星を救う理由はマリンだ! マリン、それにダイン……ビッグス、ウェッジ、ジェシー……俺はそいつらのために戦ってきた!」

バレットは右手の機関銃をなぞり、命を落としていった仲間達と、そして一人残してきた幼い少女を思い出す。彼等に想いを馳せながら、渾身の一撃をセフィロスに向かって打ち込んだ。

その一撃を受けたセフィロスは、命中した箇所を庇うようにしてやや後退した。

「そうか……オイラ達にはみんながついてるんだ……オイラは戦士セトの息子、誇り高き戦士の息子……じっちゃん、オイラ諦めないよ!」

レッド]Vの髪飾りが一度きらりと光り、そのままセフィロスに飛び付く。後ろ足で大きく蹴りを入れれば、彼はまたその箇所を庇うようにして翼を羽ばたかせる。

「へへ、俺様達には仲間がいるってことか! 独りで戦ってるてめえにはわからねえだろう、な!」

空を想い、宇宙を想い、故郷に残してきた彼女を想いながら、一層高く飛び上がったシドは、槍をセフィロスの胴体に向けて深く差し込んだ。

これまで負わせることのできなかった深い傷が、セフィロスの背中にくっきりと出来ていた。

「ボクやって、ミッドガルのみんなを守りたいんや……そのために、そのためにここまで来たんや! みなさん、こんなところで諦めたらアカン、ボクらは敗けへん!」

ケット・シーは、そのデブモーグリのぬいぐるみの腕を大きく動かし、淡い光で仲間全員
を包んだ。皆の消耗された体力も魔力も、そして精神力までもが一気に回復し、皆に再度希望を与えた。

「そうだよ、アタシこんなとこで負けてらんない……ウータイも、オヤジも、アタシがマテリア持って帰って守らなきゃいけないんだから」

懐に手を伸ばしたユフィは、小さな手裏剣をいくつもセフィロスに投げ込んだ。それらを避けるように身体を捩ったところへ、背中に担いでいた巨大な手裏剣を滑り込ませる。

身体を庇うようにしていたセフィロスの腕は、その手裏剣によって深手を負ったようだった。もう胴体を庇うように翼を広げる力は残っていないらしい。

「貴様の勝手な野望にイリスを巻き込むな、セフィロス……彼女は返してもらう、永遠に眠りにつくのはお前だ」

マントの下で、首から下げたあの家の鍵を感じていた。きっとまた二人であの家に戻るのだと、そう約束をした彼女が今、目の前で倒れている。彼女を護ると誓ったあの日を思い返し、ヴィンセントは銃口をセフィロスの胴体に向けた。

放たれた弾丸は彼の胸に命中し、苦しみ悶えるようにして背を屈めている。

「ミッドガルのみんなも、ニブルヘイムのみんなも、クラウドも……それに、いつだって一緒に居てくれたエアリスのためにも……!」

屈み込んでいるセフィロスに、ティファが回し蹴りをすれば、その巨大な身体はぐらりと大きく揺れた。すかさずクラウドに目で合図をし、ついにできたこの好機を逃すまいと、クラウドは再度剣を強く握った。

「俺達には仲間がいる、護りたいものがある……そういうものが、あんたにはない。それこそが、あんたの弱点だ」

剣を大きく振りかぶったクラウドは、そのままぐっさりとセフィロスの全身を貫くようにして斬り込んだ。出血し、よろめき、ついには身体を支えきれずに倒れ込むセフィロスに、追い打ちをかけるようにして斬り込み続ける。

「これが、俺の……俺達全員の想いだ!」

目にも止まらない速さで何度も剣を振り下ろしたクラウドに、セフィロスの動きがついに止まった。驚きを隠せない表情をしたまま、彼の瞳が閉じられる。

彼の身体が、その周囲の羽根と共に、闇へ消えてゆく。

後に残されたのは、戦闘により身体中を負傷した皆の姿と、奥で倒れ込んでいるイリスの姿だった。





「もしかして……ウチら、ついに……」

「セフィロスを、倒した……?」

肩で息をしながら、この状況を理解しようと皆で視線を交わした。あれほどまでに歯が立たなかったセフィロスを、ついに倒したのだ。

「勝った……勝ったんだ、セフィロスに!」

クラウドが声を上げると、やっとその実感が湧いてくる。長時間にわたる戦闘に、皆の体力はほとんど限界を迎えていたが、セフィロスを倒したという事実に心が晴れてゆくのを感じる。

「イリス……!」

皆で歓喜をしていたのも束の間、ヴィンセントは負傷した身体をも顧みずに、ぐったりと横たわっている彼女に駆け寄った。

「イリス、イリス、……」

彼女は相変わらず目を閉じたまま、地面に静かに横たわっていた。彼はすかさずマントを脱ぐと、体温の下がった彼女を包むようにして暖める。

彼女の無事を祈りながら、マントごとその身体を抱き締めた。もう決して離すまいと、きつく抱き締めた抱擁を、彼女が抱き締め返すことはなかった。

そして彼は、彼女の呼吸が、今や聞こえてこないことに気付いてしまった。

「イリス……?」

そんなことがあってよいはずがない。やっとここまで来たというのに、やっとセフィロスを倒し、二人であの家へ帰れるというのに。

呼吸が浅くなっているだけなのだと、そう言い聞かせながら、彼女をより一層きつく抱き締めた。彼女の呼吸と鼓動を感じようと、全ての神経を彼女に集中させながら、じっと抱き締めたままじっとしていた。

それでもやはり、彼女の呼吸は聞こえてこなかった。

「イリス……」

いつまでもその場を動こうとしない彼と、その絶望を含んだ声に、皆も二人に駆け寄る。

ぐったりと横たわり、腕をだらりと下げて、瞳を閉じている彼女を抱き締めたまま微動だにしない彼に、嫌な予感が脳裏をよぎる。

「ねえ、どうしたのさ……ねえ、ヴィンセント」

半ば泣きながら訊ねるユフィに、彼は何も答えなかった。ただ冷たくなった彼女の頬を撫で、首から下げている鍵をなぞり、そうして彼女に口付けた。

「イリス…………来世でも、」

彼は言葉を詰まらせ、目を閉じた。必死に堪えようとしている感情は、彼の意思に反して、彼の瞳を潤ませる。

「……また、お前を見付ける、」

彼の発した言葉に、その意味に、皆が絶望を感じた。泣き出しそうに震えた彼の声につられて、ユフィはわっと泣き出す。

つい先程まで、皆と共に歩いていた彼女が、目の前で横たわったまま動かない。やっとの思いでここまで来たというのに、彼女こそセフィロスとの対峙と願っていたというのに、こんなことがあってよいはずがない。

愕然とし、茫然と立ち尽くし、そしてどうか嘘であってくれと、全員が空に願った。


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