終わりが始まる時
飛空艇は、北の大空洞へ向けて最大速度で進んでいた。決戦を間近に控えたコックピット内では、各々が決意を新たにしているようだった。
クラウドの言う通り、星を救う本当の理由を各自が見付け出し、再確認した今、皆の心に迷いはなく、想像以上に穏やかな雰囲気が漂ってもいた。しかし同時に、皆の意思が一つになっているような、かつてない程の団結を感じてもいた。
「苦しくはないか」
「はい! 今はとっても元気ですよ」
ほら、と言いながら彼の手を取り、自分の額に当てた。本社ビルに居た時のような高熱は下がり、眩暈も倦怠感もない。
「意識を失ってから1日しか経っていない、無理をするな」
「私は、ヴィンセントさんの方が心配です」
飛空艇に戻り、仲間と合流してからは、いつも通りに振舞っている様子の彼だったが、どことなく心が弱ってしまっているような気がしてならない。
自分を案じてのことならば、一層、心配をさせる訳にはいかないと、精一杯の笑顔を彼に向ける。
「いつの間にかイリスの方が私を護り始めたらしい」
「ふふ、そうだったら嬉しいです」
いつしか二人の定位置となったコックピットの隅で、彼と手を取り合って微笑み合った。
今は、自分の身体のことを考えないように努めていたのは事実だった。セフィロスとの対峙に不安がない訳でもなかった。
それでも、今目の前にあるこの幸せを、最大限に感じようとしていた。もう来ることはないかもしれないこの時間に、彼との甘い時間に感謝をしながら、この幸せを共有していたかった。
「みんな、そろそろ到着するぞ。準備はいいか」
無情にも、飛空艇はあっという間に目的地に到着をしてしまっていた。今ばかりは、この飛空艇の精度の良さを恨んでしまう。
「おいおい、こういうときくらい『行くぜ!』ってな感じで頼むぜ、クラウドさんよう」
各自想いを馳せていた皆は、甲板に集まり始め、同時に士気を高め合っていた。シドに至っては、クラウドに発破をかけるように言葉を投げている。
「ああ、そうだな。……みんな、行くぜ」
甲板で風を浴びながら、クラウドは、らしくない台詞を言っている。
真下には、巨大な底なしの大穴が見える。神羅カンパニーの発したキャノン砲によってバリアは破壊され、闇の底へと誘うかのように大口を開けている。
大空洞の上空に停泊した飛空艇から縄梯子を下ろし、皆でそれを降りた。全員がその足で大地を踏み、大空洞の淵に降り立った。
「これは……」
「すんごい深いんですケド」
「慎重に行くぞ」
大空洞の淵からその中を覗き込むと、日の光も届かない程深いところまで、険しい岩場が続いているのが見えた。文字通り、道なき道を進むしかないようだった。
「イリス、」
彼は一歩前を歩きながら、手をこちらに差し出した。もう手を取って歩くのが当たり前のようになってしまっていたが、彼の気遣いにはいつも感謝していた。
これは決して当たり前などではないのだ。愛する人と手を取り合って歩くことは、奇跡としか言いようのない事実なのだ。
自分も心が弱ってきてしまっているのか、そんなことを思うと、彼の手を取るだけで泣き出しそうになってしまう。
「のわあああ」
「気を付けて!」
一歩踏み間違えれば、地の底まで真っ逆さまに落下してしまうような、そんな危険な岩場を全員で進んで行った。先頭を歩くクラウドに続いて、慎重に、一歩一歩踏みしめるようにしながら、闇の先へと進んで行く。
「その先、足場がねえからジャンプだ、ジャンプ!」
「こんなとこでジャンプなんて出来ないよう〜」
皆の声音はいつもと変わらず、ふざけ合っているときと同じやりとりにも聞こえた。しかし今は、全員が全員を気遣い、護り合おうとしているのがわかっていた。
思えば、縁もゆかりもなかったはずの皆が、こうして命を懸けて、同じ暗闇を進んでいる。それもある意味では奇跡なのかもしれない。自分は仲間に恵まれていたのだと、こんなときになって痛感させられるのは皮肉な話だった。
皆が仲間を想いやり、助け合いながら進んでゆく様子と、目の前で手を引いてくれている彼を見て、泣き出しそうになるのを何度も堪えながら、その岩場を進んだ。
「はあ〜、やっと終わった〜!」
「何言ってるの、これからが本番じゃない」
深い深いその穴を最深部まで降りると、そこには広大すぎる空間が広がっていた。先程までの暗闇が嘘のように、洞窟内は明るく、それでいて不気味な雰囲気を漂わせていた。
周囲を見渡せば、あちこちに天然のマテリアらしきものが生成されている。それらが発光して、照明の役割を果たしているのかもしれない。
「随分広いな……道も分かれてる」
「二手に分かれる? きっと辿り着く先は同じだと思うんだけど」
「辿り着くのは星の中心、か……そうだな。二手に分かれて――」
「あの、」
あまりに広い洞窟を目の当たりにして、二手に分かれて先へ進むという話がまとまりつつあった。そんなクラウドの言葉を遮った自分に、皆の視線が集まる。
彼の話を遮るようなことをする性格ではないことは、きっと皆も知っているはずだった。そのことで余計に、皆の心配そうな視線を集めてしまっていた。
「この先のモンスターはきっと、これまで遭遇してきたモンスターとは桁違いに強いと思うんです。星の中心、ライフストリームの影響を大きく受けているから、だから皆さん全員一緒の方がいいと思うんです」
「まあ、それも一理あるな……」
「確かに、途中で戦闘不能になっちゃっても連絡手段もないもんね」
「そんなこと言わないで、ユフィ」
いつものおどけた口調で、ふざけながらも賛同してくれた彼女に対して、自分が思っているよりも強い口調で反論をしてしまった。
皆が驚きこちらを見ているのがわかったが、誰よりも自分自身が最も驚いていた。戦闘不能、離別、死、そんな言葉に過敏になってしまっているのかもしれない。
「大丈夫だ、俺達はこんなところで負けていられない、そうだろ?」
「おうよ! まあ、ちいっと強えモンスターは出てくるかもしれねえけどよ。俺様達にかかりゃあ、どうってことないぜ!」
普段通りに振舞っているつもりだったが、思わず口をついて出てしまった言葉に、皆も気を遣っているようだった。再度士気を高めようとしてくれている仲間を見ると、また涙が出そうになる。
「よし、先へ進もう」
「どの道、星の中心に繋がってるんなら問題ないわよ」
皆で一緒に行動しようと言い出したのは、皆にとってはそれほど違和感を覚えさせる発言でもなかったらしい。ユフィに対して反論してしまったことも、きっと皆さほど気にしてはいない。
自分だけが、過敏になり、気にしすぎていることを自覚していた。この先に待つ戦いを思うと、恐ろしくてたまらない。その戦いを最後まで見届けることができるのか、この星の未来を見届けることができるのか、そんなことを考え始めると、不安で心が一杯になってしまう。
「大丈夫だイリス。大丈夫だ」
「はい……」
また彼に手を引かれながら、険しい道を進んでいった。ただ地面を見つめ、何も考えないように、泣き出さないように、足手まといにならないようにと、必死に感情を押し殺して歩いた。
彼と手を取り合って歩ける時間は、あとどれくらいだろうかと考えたところで、視界がじんわりと滲んでしまった。
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