風になる
「ちょ、ちょっとマジで言ってんの!?」
「おっかねえならここに残んな嬢ちゃん」
ケット・シーもといリーブの助けを聞き、宝条の企てを阻止するべく、飛空艇はミッドガル上空に停滞していた。先のシドの熱い演説に中てられたのか、皆は一様に甲板へ飛び出し、何やら大きなリュックサックのようなものを背負い始めている。
「スラムは今厳戒態勢よ、こうするしかないもの」
「よっしゃあ、これで本社ビルまでひとっ飛びだぜ!」
「ユフィちゃんパラシュートなんか使ったことないよう!」
半べそを掻きながらわめいている少女を脇目に、皆は着々と降下の準備を始めていた。一緒にミッドガルへ同行したいと言いつつ、パラシュートでの降下は怖いと言って聞かない。
「じゃあな、お先」
ユフィをからかうような笑みを浮かべたクラウドは、勢い良く甲板から飛び出し、遥か下に見えるミッドガルの街へと降下して行った。
「イリス〜、一緒に降りよーよ」
「悪いがユフィには任せられない」
そう言うなり彼もパラシュートを背負い、こちらを正面から抱き締めた。両手を彼の首に回すよう促され、恥ずかしさを押し殺しながら腕を回した。彼はその体勢を維持するようにロープで二人の身体をきつく結び、その上から更に、こちらの背中に腕を回して抱き締められる。
文字通り目の前には、彼の赤い瞳がこちらを見据えており、一体どこへ視線を逃がせばよいのかわからない。背の高い彼の首に掴まろうと目一杯背伸びをすれば、より一層彼の瞳に近付いてしまう。
その間にも彼はさっと甲板の淵に飛び乗り、二人の身体は全身に強い風を受けていた。
「待ってください、心の準備が……」
首をよじって見下ろしたミッドガルの街は、想像していたよりも遙かに下に見えた。強風からか、それとも恐怖による震えから、身体が揺れる度に、自分と彼とを結んでいるロープに身体を引かれ、かえって彼に寄りかかるように体重を掛けてしまう。
「ロープが無くとも離しはしない、安心しろ」
耳元で聞こえる彼の声に、震えていた心が落ち着きを取り戻してきていた。彼が安心しろと言えば、心に巣食っていた恐怖心は徐々に消えてなくなっていく。彼はいつでも本当のことを言う。そんな安心と優しさを与えられ、胸が締め付けられる思いがした。
「ユフィ達は――」
「何とかなるだろう」
ユフィのこととなると急に興味を失ったかのように声を低くし、泣き喚く彼女を振り返ろうともしていない。後方では、ユフィがレッド]Vにしがみつき、レッド]Vはケット・シーの小さなぬいぐるみを咥えているようだった。
「行くぞ」
これでは危ない、この体勢以外ではパラシュートは開けないと、三人の言い合う声が聞こえてきていた。しかしそれも、彼の一言で意識を戻され、そうかと思えば、身体は大きな浮遊感に襲われていた。
「ひっ……」
悲鳴にもならない素っ頓狂な声を出してしまったが、それに気が付いた時には、二人の身体は既に空中に投げ出されていた。轟々と身体を攫うような風の音も、感じたことのない浮遊感も、彼の胸の中でならば怖くはなかった。
「わっ!」
「落ち着け」
飛空艇から降下し、速度を上げて落下し続けていたところへ、今度は突如、上方に引っ張られるような感覚がした。彼が背負っていたリュックサックのワイヤーを引き、パラシュートを開いたのだと、彼の声音と感じる空気でわかった。
「本社ビルまでは届かないだろうな」
そう呟いた彼の視線の先を追うようにして、彼の胸から顔を離し、目の前に広がる街を見た。自分がかつて捕らわれていたあのビルは、今やその原形を保ってはいなかった。
当時、神羅カンパニー本社ビルの外から脱出をし、ミッドガルの街を出るときに見上げた時には、それはひどく大きく、恐ろしく、異様な空気を纏った怪物のような建物に見えていた。
しかし、先のウェポンの攻撃によってビルは上層部分が破壊され、いつ崩れるともわからない不安定さを残して、かろうじて建っていた。当時のような恐怖はない。人の造るものはいつか朽ちてゆくのだと、そんなことを物語っているようにも見えた。
「忌々しい」
「ヴィンセントさん……?」
彼がこの地に居た頃の話はあまり聞いていない。彼自身、語ろうとはしなかったし、それを無理に聞き出そうとも思わなかった。それでも、暗く苦しい過去の蔓延るこの街を目の前にして、思わず口をついて言葉にしてしまったかのようだった。
「ヴィンセントさん」
「心配するな、もうすぐ着地する」
「そうじゃなくて」
先に降り立ったクラウド達のパラシュートを目印にして、彼は着地地点を上手くコントロールしているようだった。あくまでも落ち着き払った声で、徐々に近付いている街を目の前にして、いかに衝撃を和らげようかと考えているのかもしれない。
「以前とは違う、今度は倒しに行くんです。あの人を、あの、私たちを苦しめた宝条という人を」
「……ああ。そうだ」
自分の思い返している「以前」と、彼の思い返しているであろう「以前」とは、きっと違う過去なのだろう。狭いガラスケースに閉じ込められ、実験を施された過去と、愛する人を止められなかったことを悔い、身も心も傷付けられた過去とが、今こうして同じ未来に向かって交わっている。
この複雑な感情が彼に通じたのか、先程まで険しい顔をしていた彼の表情はやや和らぎ、一瞬、その顔をこちらの頭に埋めるような仕草をした後、再度真下に見える街に向き直った。
彼の言う通り、着地は無事に成功した。本社ビルから少し離れた住宅地だろうか、今や人気もほとんどない大通りに、傷ひとつ付けることなく二人で降り立った。着地した瞬間から、降下の勢いを逃がすように小走りになる彼に、必死にしがみ付いていた。
「イリス! ヴィンセント!」
「クラウドさん!」
背後から聞こえた声に、思わず嬉々として返事をしたが、自分は未だ彼の首にしがみついたままであることを失念していた。
「よかった、二人とも無事みたいね!」
「は、はい! 皆さんもご無事でなによりです! ……えっと、」
真っ先に飛空艇から降りたクラウドの声に続いて、ティファの声が聞こえた。更に少し後方から、バレットとシドの二人が近付いてくる声も聞こえる。しかし皆の姿を目視することはできない。目の前には、少し安堵した表情の彼が見えるばかりだった。
「今解く」
「はい……」
お互いにしっかりと抱き合った状態を皆に見られるということに、二人して羞恥心を覚えた。咄嗟に、彼の首に回していた腕を解いたが、腰に巻き付けられたロープに引かれてよろけてしまう。
「解けそうですか……?」
「いや……。クラウド、」
余程きつく結んだのか、ロープの結び目は解く隙間もないほど固く締まっているようだった。屈辱的な声でクラウドに助けを求めるヴィンセントの声に、ティファが思わず吹き出している。
「今切るから二人とも動かないでくれよ」
「なんか、縁起悪いわよね。二人を結んでるものを"切る"なんて」
「やめてくれ、手元が狂う」
冗談でもヴィンセントの恨みを買いたくはないとこぼしながら、クラウドは大剣を器用に使ってロープを切断した。その間、なんとも気まずい空気が三人を包み、ロープが切られると共に、二人は不自然なまでにさっと距離を取った。
「見てる俺様の方が恥ずかしくなっちまうぜ」
シドの独り言が街の静けさに乗ってヴィンセントの耳に届く頃には、シドを睨みつけるようにして腕を組んでいる彼の姿があった。
「まあまあ、ヴィンセントも怒んない怒んない。事実なんだし」
「ティファ」
彼をからかう楽しさを覚えてしまった皆には、最早なにを言っても無駄なのだろうと、彼は深く溜息をついてマントに顔を埋めてしまった。まるで少し拗ねているかのような、子供のような一面を見て、思わず笑みが零れる。
「どいてどいてどいて!!!」
「止めて止めて、止めてってば!!!」
「のわあああ〜〜〜」
人の居なくなった静かな街での静かなからかい合いは、突然騒がしい声によって中断された。上空からは、あの問題の三人、もとい一人と二匹が、暴れるようにして下降してくるのが見えた。
「はあ……」
「ふふ、そんなおっきい溜息つかなくても」
着地を試みているようだったが、三人の息が全く合っておらず、退いたら良いのか、それとも受け止めるようにして止めたら良いのか、それを真剣に考えていたのはイリスだけのようでもあった。
「ど、どうしましょう」
「"ニンジャ"ならなんとかなるだろ」
何故皆はユフィに対してこれほどまでに辛辣なのかと、彼女を気の毒にすら思った。今にも着地に失敗しそうな様子をはらはらと見つめるイリスをよそに、三人を抱えたパラシュートはゆらゆらと不安定な動きをしながら、皆の居る地点へとやる気なさそうに降りてきていた。
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