深く馳せる

飛空艇は北の大空洞へ向けてゆっくりと進んでいた。先程までの荒々しさはなくなり、揺れもエンジン音も静かになっている。

バレットを始めとした"アバランチ"の皆は、大きなガラス窓からミッドガルの様子を見ていた。ひと際高く建設されていた神羅カンパニーの本社ビルは、その上層階が崩れて無くなり、街の一部を破壊しているようだった。

「最初はよ、ビラ貼りだったぜ。アバランチの始めの頃はな。それがどうだよ、セフィロスと闘うだあ? ……随分と遠くに来ちまった、そんな感じがするぜ」

「あれだけ神羅カンパニーのやり方に反対して頑張ってきたけど、なんか、あっけないね……」

反神羅を掲げてきた彼等にとって、ウェポンの放ったたった一筋の光線によって本社ビルが破壊されたことは、複雑な思いを抱かせているようだった。

同時に、星の命を守るという使命が、神羅カンパニーへの抗議ではなくセフィロスを倒すという形に変化していることに、バレットは遠くを見るような目をして呟いている。

「セフィロスを倒す、か……セフィロスはあの大空洞の中でじっとメテオを待ってるのかな」

「最後までよくわからねえヤツだぜ、まったくよう」

「でもこれで、星の寿命も延びるんだよね。頑張らなくっちゃね」

いつも以上にしめやかな雰囲気の中、皆は気を利かせて、一定の距離と静寂を保っていた。同時に、それぞれがセフィロスとの闘いに向けて考えを巡らせてもいた。





「ヴィンセントさん」

「どうした」

コックピットの奥の、機械に囲まれた空間で、二人もまた静かに佇んでいた。

セフィロスとの闘いが怖いかと問い掛ければ、彼女は怖くはないと返していた。しかし、彼女の表情は硬いままで、じっと思考を巡らせている。

「私、セフィロスさんのことは怖くないんです」

再度そう口にする彼女の言葉に、嘘や偽りは感じられない。それでも、どこか苦しそうな表情で彼を仰ぎ見ている。

「私はだいじょうぶなんです。でも……ヴィンセントさんは、つらくないのかな、って」

躊躇しながらもそう言葉を発した彼女に、彼はやや目を見開いた。

彼女の言わんとしていることが痛いほど理解できる。むしろ彼女がそう思い至るのは自然であって、以前の自分ならばきっと自責の念に駆られていたのだろうとも考える。

「セフィロスがルクレツィアの息子だからか?」

「そう、です」

その名前を口にすれば、まだ少し敏感に目を泳がせる彼女が愛しい。頭で理解をしていても、一度刷り込まれた感情は、簡単には払拭できない。

「以前の私ならば、これもまた"罪"だと感じていたのだろうな」

愛しい女性の息子を殺める。きっと以前の自分ならば、更なる罪悪感に苦しめられていたのだろうと、彼は心の内で自嘲する。一度愛した女性を愛し続け、止められなかった恐ろしい実験を後悔し続け、そうして自分の心を縛り続けなければならないのだと、そう信じてやまなかった過去の自分が今は遠く感じられる。

「しかし今は違う」

目を伏せたままの彼女の手を取り、腰を屈めて視線を合わせる。もう泣かないと言っていた彼女は、その宣言通りに、涙を流すことを堪えているような顔をしていた。

「私は、私の罪と向き合うことを決めた。それはイリス、お前が居たからできたことだ」

「は、い……」

声を出したら泣き出してしまいそうだと、涙を呑み込みながら返事をする彼女をまた愛しく感じた。その涙は、この決意が伝わっている証なのだろうと、思わず口元を緩ませてしまう。

「罪は変わらなくとも、罪への意識は変わる。私は私の出来得る限りのことをする。……何故私がこんなにも強気かわかるか?」

少し首を傾げる彼女に、目を細めて視線を合わせた。少し潤んだ瞳がいつも以上に光を集めている。

「イリスがどんな私をも受け入れてくれることを知っているからだ」

「……はい……!」

言葉の意味を少しずつ理解しながら、徐々にその瞳が大きく開かれていった。彼女の心に届いたであろう言葉は、彼女に喜びと恥じらいを抱かせ、頬を紅潮させてゆく。

「お前の想いに、私は真摯に報いたい」

「私も、私もです……!」

この想いのうち、一体どれほどのものが彼女に伝わっているのだろうか。言葉を紡ぐ度に豊かに表情を変える彼女は、この想いの全てを理解しているのだろうか。

そんな考えが頭をよぎり、また口角を上げてしまう。今はそれで良い。これから少しずつ伝わってゆけば良い。彼女の華奢な身体に収まりきらないほどのこの想いを、どのようにして伝えようかと考えている時間すら心地良い。

「私の心を案じる必要はない」

「よかった、です」

ここへきてやっと彼女の表情が和らいだ。自身の心配よりも他人の心配をしてしまう、そんな姿を見れば更なる庇護欲に駆られてしまう。

二人の想いは、繋いだ手と紡いだ言葉によって、お互いの心に流れ込んでいった。





「ちょ、ちょっと……マジ、どうなってんのさ……」

皆が各々想いを馳せ、決戦に向けて気持ちを共有していた静かな空間に、場違いなうめき声が響いた。覚束ない足取りでゆらゆらとコックピットへ向かってくる彼女は、片手で口元を覆いながら睨むようにシドを見ている。

「はあ……感傷的な気分が台無しだな」

「ふふ、私達らしくていいじゃない」

窓際でミッドガルを見つめていた彼等はユフィを振り返って溜息を溢し、イリスは目を丸くして彼女に駆け寄り、ヴィンセントは肩をすくめて立ち尽くしていた。睨まれたシドは抗議の声を上げ、レッド]Vとケット・シーに宥められている。

先程までのしめやかな空気はどこへやら、いつと変わらぬ風景に皆が笑みをこぼした。


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