忘れることのないように

「おかえりイリス。それから、ありがと」

しばらくの間甲板で風を浴び、複雑な心境のままコックピットへと戻った。飛空艇は既にミッドガルへ向けて発進しているようで、船内には緊張感が漂っている。

そんな中ティファはこちらに気付くなり、駆け寄ってきては感謝を述べる。眉を下げて、ひどく苦しそうな表情で見つめられると、返す言葉に詰まってしまう。

「いいえ、そんな」

「私達じゃ、ケット・シーを追い掛けられなかったから。壱番魔晄炉爆破の張本人だからね……」

彼女は当時のことを思い返しながら、またぐっと眉を下げていた。きっと彼女も、言葉にしないだけで、ずっと心の内に秘めていた後悔の念があったのだろう。それを今一度追及されたことで、また自分を責めているのかもしれない。

「私は当時のことはよく知らないので、気の利いたことは言えないんですけれど……エアリスさんなら、未来に繋げようって言う気がします」

「未来に……?」

「亡くなってしまった方たちの犠牲を無駄にしないためにも、未来に繋げられたら良いなって……そうしたら、ティファさんの気持ちも少しは軽くなりますか?」

先程ケット・シーに投げ掛けた言葉と同じ言葉を彼女にも伝えたが、彼女の表情は曇ったままだった。犠牲にしてしまった人々を思っているのか、これから先の未来について不安を抱いているのか。

「そうね、頭ではわかってるつもりなんだけど、ね……。ミッドガルに行くの、ちょっとつらいな」

「でもミッドガルがオイラ達の旅の始まりでもあるんだよ、ティファ」

いつも以上にしんと静まり返っていたコックピット内で、すぐ隣でうずくまっていたレッド]Vにはこの会話は筒抜けだったらしい。ゆっくりとこちらに近付いてくると、おずおずと顔を上げながらそう呟く。

「オイラ、宝条に捕まって、ミッドガルに連れていかれて、色々実験もされて、すっごく悔しかったんだ」

彼もまた、当時のことを思い返すように目を閉じてそう言った。思えば彼もまた、自分と同様に宝条の実験対象として捕らえられていたのだと思い出す。

クラウド達に不審の目を向けられていたその時、目の前の彼の言葉で救われたことがあった。同じ実験室で自分のことをよく見ていたと、自分を庇ってくれた彼は、今思えば随分と背伸びをした話し方をしていた。

「でも、そのおかげてみんなと出会えたんだよ!」

「そういえば、そうかも……」

「色んな人と出会ったり、出会わなかったり、不思議だなあって最近よく考えるんだ」

彼はやや湿った鼻先を擦りつけるようにして、豊かな毛並みで足元にすり寄っている。そんな可愛らしい仕草をしながらも、彼の言っていることは実に深く、それでいて物事の本質を突いているようでもあった。

「出会ったり、出会わなかったり……」

「たしかに、不思議よね」

彼の言った言葉を反芻して、再度自分の心の中で噛み締めていた。

これまで出会ってきた人々は数多くいる。同時に、出会うことのなかった人々は、その何倍も多くいるのだろう。そんな不思議な縁の中で、こうして寝食を共にし、星を救う旅に出ている仲間と出会えたことは、ほとんど奇跡に近いことなのかもしれない。

「出会っても、それきりになってしまう人も、中にはたくさんいるんですもんね」

「そうだよ! 街ですれ違った人も、お店の店員さんも、イリスは大勢の人に会ってきてるんだよ。でも今こうして、オイラ達と一緒に旅してるって、すごいと思わない?」

グルグルと喉を鳴らしながらそんなことを言う彼に、思わずその頭を撫でた。相変わらず体温は高く、毛並みは整っている。

「うん、すごい……すごいことだよナナキ」

「へへ」

純粋に人と出会うことは、今の時代では容易なことなのかもしれない。しかし、そこから先、これほどまでに仲を深めるということは、実に困難なことでもある。

自分は今、これ以上ないほどに恵まれた環境にいるのだと、改めて認識した。大切な仲間と共に、星の命を救う旅をする。この仲間と共に歩んでいた軌跡を無に帰すことのないように、そのためにも星を救わなければならない。

偶然が重なりできたこの縁を、ここで終わりにさせたくはないと、闘志のようなものが心で燃えている気がした。



「珍しく苦い顔をしているな」

「えっ、そんな顔してましたか?」

飛空艇はミッドガルの位置する大陸付近まで進んでいるようだった。ウェポンを倒すなどという恐ろしい闘いを前に、緊張と不安で彼の隣に佇んでいた。

彼はこちらを見るなり、その細く長い指をこちらの眉に押し当てた。無意識の内に眉間に皺を寄せてしまっていたらしい。

「壱番魔晄炉の話を聞いて、ケット・シーさんやティファさんに偉そうなこと言っちゃったんですけど、ナナキの話を聞いていたら私も考え事をしてしまって」

「ほう……」

眉をなぞっていた手を引っ込めると、一体何を考えていたのかと、話の先を促すような視線を送られる。

「犠牲になった方たちのことを考えたら、未来に繋げることが一番いいんじゃないかなって、そう考えてたんです」

「そうだろうな」

両腕を組んだ彼もまた、真剣にこの件を考えてくれているようだった。人一倍責任感の強い彼は、きっとどうしたら犠牲者に償えるのかと考えているのだろう。そもそも、結果だけでなく、そこに至るまでの過程が大切なのだと、そう諭してくれたのも彼だった。

「でもナナキの話を聞いてたらそれだけじゃない気がして……今こうして皆さんと一緒にいられることって奇跡みたいなものだから、だからこの縁を途絶えさせてしまうのは嫌だな、とか」

「犠牲者に報いることと、仲間を思いやることとは矛盾しない」

上手く言葉にできないことでも、彼はこちらの内心を汲み取ってくれているようだった。いつになく真剣な眼差しを向けられ、同時に安心させるようなやさしい光をその瞳に宿してもいた。

「私もイリスの起こした奇跡を失いたくはない」

彼の発した言葉に、思わず俯き黙り込んでしまう。

彼は組んでいた腕を解いて、ふわりと髪を撫でた。髪に差し込まれた指はそっと頬まで滑り落ちて、視線を持ち上げられるようにして手を添えられる。

「忘れたのか?」

どこか意地悪く目を細める彼に、またからかわれているのだと知る。目を細めて笑っている彼に、あの日のことを思い出す。

「そんな、忘れてなんか、」

最後にジュノンに宿泊したあの日、好きな人に好きと言ってもらえるのは奇跡のようだと、思わず口をついて出てしまった言葉を思い出す。

そんな恥ずかしい言葉を発したにもかかわらず、彼は至って真剣に応えてくれたことが、鮮明に脳裏に蘇る。

「……私はこの奇跡を手放したりはしない」

少し顔を近付ければ唇が触れ合ってしまいそうなほど近くで、彼はその赤い瞳を更に深く色付けていた。低く穏やかな声の中にも、彼の熱い想いがひしひしと伝わってくる。

二人の想いが通じ合ったことを再確認したあの日、ジュノンの小さな宿屋の、更に小さな部屋の中で、決して叶うことのないと思っていた願いが届いたことを今でも覚えている。

──これはイリスが起こした奇跡だ──

そう言って抱き締めた彼の腕の中は、それまでのどんな抱擁よりも熱かった。

「ヴィンセントさんが遠回しに言うので、色んな事を思い出して余計に恥ずかしくなっちゃいます」

「……ふ、素直に"好き"と言えということか」

「いや、そういうわけじゃ」

目の前の彼は、ふっと笑みをこぼしながらそんな言葉を口にする。どこまでも一枚上手の彼は、こうして慌てふためいている自分を見て満足しているようでもあった。

「……好きだ」

ぐっと後頭部を引き寄せられ、耳元に彼の口が近付いた。静かなコックピットの中で、自分にしか聞こえないような小さな声でそう囁いた彼に、両腕をだらりと垂らしたまま、恥ずかしさと動揺で顔を赤くしていた。


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