背負うのは罪と覚悟

「前からアンタには言いたいと思っとったんですわ!」

それまで慌ただしかった飛空艇内は、彼の言葉にしんと静まり返っていた。落ち着けと言いながらそのぬいぐるみに手を伸ばしたクラウドを跳ねのけ、一度あふれ出した彼の言葉はとどまるところを知らなかった。

「ミッドガルの壱番魔晄炉が爆発したとき、何人死んだと思ってますのや!」

「……星の命のためだったんだ。多少の犠牲は仕方なかった」

「"多少"? 多少って何やねんな!」

最早バレットが何を言ったとしても、彼の怒りは収まらなかった。きっと彼は、その壱番魔晄炉が爆発した時から、ずっとこの怒りを内に秘めていたのだろう。

「アンタにとっては多少でも、死んだ人間にとっては……それが全部なんやで……」

それは、壱番魔晄炉を爆発させたアバランチのリーダーに対する怒りだった。その爆発によって何人もの尊い命が犠牲になったことを、本当にわかっているのかと、彼に詰め寄っていた。

しかし、ケット・シー本人も、自分を悔いているように拳を握り締めていた。目の前のぬいぐるみを操っている張本人は神羅カンパニーの社員だと白状していたが、きっと当時その惨劇を目の当たりにしていたに違いない。

彼の悲痛な叫びには、大義名分の下に住人の命を奪ったバレットへの怒りと、己の無力さに対する怒りとが混濁しているようにも聞こえた。

「星の命を守る……は、確かに聞こえは良いかもしれへんですな! そんなもん誰も反対しませんわ。せやかって、星の命を守るためなら何してもええんですか?」

「……神羅の奴にどうこう言われたかねえ」

「……どうせボクは、」

彼の勢いに圧倒され、仲裁に入る余地すらなかった。やっと落ち着きを見せた彼に、ティファがそっとその手を取る。もうやめてくれと、彼に懇願しているようでもあった。

「ケット・シー、……バレットはもうわかってる。私達がミッドガルでやったことは、どんな理由があっても許されない」

言葉にしないバレットの代わりに、彼女はそう訴えた。過去を振り返り、決して許されない罪を背負って、それでももう進むしかないのだと、彼女の目はケット・シーを真っ直ぐに見つめていた。

「そうでしょ? 私達、忘れたことなんてないわよね」

クラウドとバレットの二人を仰ぎ見ると、彼女は再びケット・シーに向き直る。

「あなたのこともわかる気がするわ。あなたが会社を辞めないのは、ミッドガルの人達が心配だからよね?」

俯いていた顔をやっと上げたケット・シーだったが、怒りの声こそ上げないものの、返事をすることもなかった。握られている手をやんわりと離すと、一度息を吐き出した。

「すんません。ボクちょっと、頭冷やしてきますわ」

そう言うと、彼はデブモーグリに乗ることもなく、その小さな足でコックピットを後にした。ひどく小さな歩幅で、ぶつけようのない怒りを抑え込んで歩く姿は、見ていてひどく心が苦しくなるものだった。





「えらいすんません」

とぼとぼとコックピットを後にし、甲板に出て行った彼のあとを追わずにはいられなかった。かといって、風を浴びている彼に何と声を掛けたものかと入口付近で思案していると、こちらに気付いた彼はそっと言葉を発した。

「クラウドさんたちは、ミッドガルに向かってウェポンを倒すことに決めたみたいです」

「またどえらいこと考えてはるなあ、クラウドはん」

先程までの怒りは消え、切なげな声でそう話す彼に近付いた。甲板から空を眺めている彼の隣まで行くと、いつもより悲しげな笑顔を向けてそんなことを言っている。

その隣に座ってもよいものかと思案したが、今の彼を放っておくことがどうしてもできなかった。そっと腰を下ろせば、やっと彼と視線が合う。

「イリスはんは、あの壱番魔晄炉の爆発の時はまだ神羅に捕まっとったんでしたっけ」

「そう、みたいですね。話には聞いたんですけど、詳しいことは聞いていません」

「あれはほんまに……ほんまにひどい光景やったなあ」

当時の記憶を辿るようにして、彼は相変わらず空を見上げたまま静かに話していた。

かつて見たミッドガルの魔晄炉は、塔や施設と呼ぶにはあまりに大きく、圧倒的な存在感を示していた。そんな巨大な魔晄炉がまるまる一つ爆破されたとなれば、その下に住んでいた住人は無事では済まなかっただろう。

「何人も死んでしもたんです。お世辞にも綺麗とは言えへんスラムで、それでも必死に生きとった人が何人も死んだんです。何にも悪いことしてへんのに」

「……もし私の大切な人がその爆発に巻き込まれて亡くなってしまっていたら、私もバレットさんを許せなかったのかもしれないです」

「はは、イリスはんに無理させてしもてるなぁ〜……後でヴィンセントはんに怒られんようにせんと」

自分がここに来たことで、彼を無理に笑わせてしまっているのかもしれないとすら思った。普段は何を考えているのかわからず、それどころか皆の空気を掻き乱すような発言さえする彼が、こうして後悔と罪の意識に苛まれている。

自分には、彼に掛けられる言葉が見付からなかった。当時の状況を詳しく知らない上に、クラウドやバレット達を糾弾できるほどの憎しみも抱けない。彼の気持ちに寄り添うことができないのがもどかしい。

「ボクは神羅の人間です」

無言のまま彼の隣に座っていると、彼はまた小さく口を開いた。いつになく真面目な声で話す彼に、じっと耳を傾ける。

「でも神羅のやり方に賛成してるっちゅーワケでもないんですわ。あの人らはミッドガルの事を考えてるんとちゃうんです。私利私欲のために、星の命をがばがば吸い上げとる」

「……はい」

「ボクは正直、星の事はようわかりません。大事なんはわかってるつもりですよ。でも、ボクは目の前で必死に生きようとしとるミッドガルの住人を救いたいんですわ」

また拳を握り締めてる彼は、きっと今神羅カンパニーの本社ビルでも同じように拳を握り締めているのだと思った。一時はキーストーンを神羅に横流しにし、スパイ行為を働いていた彼だったが、彼の想いは始めから変わっていないのかもしれない。

「ケット・シーさんは、神羅の人だけど、神羅の人じゃないような気がしてます」

「それはある意味光栄な事かもしれませんね。神羅かアバランチか、そんなことどっちゃでもええんですわ。ボクはみんなに生きとってほしい、ただそれだけなんです」

思わず話しすぎた、といった表情で、彼はいつものようなにこにことした笑顔を貼り付けていた。これ以上この話題を口にするつもりはないのかもしれない。

戻りましょかと、そう言ってまた甲板を歩き出している。彼の中にある後悔と自責の念は解かれないまま、その無機質なぬいぐるみの下に感情を隠してしまっている。

「あの……! だいじょうぶです、きっとだいじょうぶです」

「はは、おおきに」

彼の背中に投げ掛けた言葉は、彼に届いていないようだった。伝えたいことはあるというのに、それを上手く言葉にすることができない。彼の心は後悔に縛られたまま、また皆と行動を共にすることになってしまう。

「このまま何もしなかったら、亡くなってしまった方たちの命が、本当の意味で犠牲になってしまうと思うんです。亡くなった人は帰ってきません……でも、その人達の意思を継いで、次の未来に繋げないといけないんです」

「……」

脳裏によぎったのは、やはりエアリスの姿だった。一度星へ還ってしまった彼女は、もう二度と戻ってはこない。しかし、それを悔い、自分を責め、悲しみに暮れているばかりでは、彼女の犠牲が無駄になってしまう。

「大切なのは結果だじゃなくて、その過程もなんだって、教えてもらったんです。だから、その……一番魔晄炉の爆発は、ある意味ひとつの結果ではあると思うんですけど、でも、何か他の結果への過程でもあるような気がするんです」

自分の伝えたいことは、いつも上手く言葉にできない。それでも話さなければいけないのだと、知り得る限りの言葉を尽くして、考えていることを彼に伝えた。

「……おおきに。おおきに、イリスはん」

一度立ち止まってこちらを振り向いた彼は、口元をにんまりと緩めてそう言った。細い目が更に細められ、尻尾はゆらゆらと揺れている。

先程と同じ言葉を投げ掛けられたにもかかわらず、今の言葉は彼の心からの感謝のように聞こえた。

「がんばりましょう、ね」

甲板を降りてゆく背中にそっと声を掛けた。これほどの短時間で交わした会話で、彼の自責の念が消えたなどとは思ってはいない。それでも、彼がほんの少しでも、未来のためにまた前を向くきっかけになれたらよいと思っていた。

自分は偶然にも、神羅に反対する組織である彼等と行動を共にしてきた。だからこそ彼等の使命感を知り、優しさを肌で感じてもいた。

しかし、もし仮に、自分がミッドガルの住人と行動を共にしてきていたら、彼等を許すことができたのだろうか。自分の大切な人の命がテロリストの爆発によって奪われ、憎しみを抱いて生きてしまいはしないだろうか。

「エアリスさんならどうしますか……?」

彼女に預けられた腕輪に触れながら、大空を仰いでそう口にした。

過去を悔いるばかりでは、本当の意味で命が無駄になってしまう。アバランチを名乗っていた彼等もきっと、その罪を生涯背負って生きてゆくのだろう。

言葉にしないだけで、仲間は皆、それぞれの覚悟を持ってこの旅をしていたのかもしれない。罪を償うため、犠牲を無駄にしないため、誰かのため、そして未来のために、きっと計り知れない覚悟を持っているのだ。

「……私の覚悟は、」

自分には彼等のような覚悟があるのだろうか。自問自答を繰り返して俯いた頬を、一度ふわりと優しい風が撫でていった。


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