二人きりの世界

「神羅の潜水艦ってどこだっけ」

「あれは確か……」

ケット・シーの憎たらしい助言により、神羅から強奪した潜水艦に乗って海底を探索することで話がまとまっていた。早速その潜水艦に乗ろうとするが、果たしてどこに乗り捨ててきてしまっただろうかと、皆は当時の記憶を掘り返す。

「あの洞窟の前だ……」

あの洞窟、と苦々しい表情を浮かべながら言ったクラウドに、皆も思い出したように眉をひそめた。それは偶然見付けた、険しい山脈に囲まれた洞窟のことであり、ヴィンセントがかつて想いを寄せていたという女性のいた祠だった。その時のイリスのひどく悲しそうな表情を思い出すと、今でも胸が痛くなる。

結局イリスとヴィンセントの二人は、祠にいた時よりも随分と晴れやかな顔をして出てきたので、きっと内部で何かしらの解決をみたのだろう。そうだとしてもやはり、あの場所へ再び赴くには気が重かった。

「シド、飛空艇を頼む」

「お、おう。あの洞窟に行きゃあいいんだな!?」

無線機を手に、電波を探して、彼は一足先にその場を後にした。彼に続くようにして、皆もその不思議な空間を出ようと足を向けていた。

「ヴィンセント、イリスのことは頼んだ」

「ああ……」

祭壇の前で眠っている彼女を抱くようにしゃがみ込んでいる彼に、そう言葉を掛けた。

彼女は、苦しそうな表情こそしていなかったものの、突然の深い眠りに落ちてしまっているようだった。彼女に無理をさせてしまったことに、再度申し訳なさを感じる。ただでさえ丈夫でない彼女に、その身体を酷使させてしまったことは、後で謝罪しなければならないと、クラウドは二人に近付く。

「イリスが教えてくれた言葉、しっかり役立たせる」

「ああ。そうしてやれ」

彼の方も、いつになく覇気のない声で返答をしている。このところ彼女の身体に起きている異変に、本人以上に心配をしているのかもしれない。その思慮深さ故に、先のことを見据えて不安を抱いているようでもあった。

「じっちゃんもここに残るよね?」

「そうじゃな、儂も古代文字の解読を進めるとしよう」

「じゃあ、私達が頑張って探してこなくちゃね」

鼓舞するように笑顔を見せるティファに、皆も笑顔を返す。

彼女が身を削ってまで教えてくれた手掛かりを無碍にすることはできないと、更に強い使命感に突き動かされていた。

「いってきます、じっちゃん!」

「またあとでねイリス。ヴィンセント、イリスのことちゃんと守っといてよ!」

「……言われるまでもない」

口ではそんなことを言いながら、イリスの頭を一度撫でたユフィも、どこか心配そうな目を彼女に向けていた。ここへ来るまでの間に築いてきた友情は、そのやんちゃで悪戯な少女にそんな目をさせるまでに大きくなっていたらしい。

「おーーーい、おめえら! あの修羅場の洞窟に行くように言ってきたぜ!」

遠くから大声を張り上げるシドに、もっと他に言い方はないのかと呆れながら、彼に続いてその空間を後にした。ヴィンセントも、彼のその不躾な声を聞いていたはずだったが、そんなことなどまるで意に介さないように、ただそっと彼女の髪を撫で、支えていた。





「不思議な少女じゃの」

深く眠っている彼女と、それを見守る二人は、祭壇の前で静かに佇んでいた。耳鳴りがするほどの静寂に包まれていたところへ、彼はまたぷかぷかと浮かびながら口を開いた。

「……イリスはただの少女だ」

目の前に横たわっている彼女の髪をそっと撫でながら、慈しむような目をしてそう答えた。

彼女は確かに不思議な力を持っているのかもしれない。或いは、通常であれば考えられないほどの異質な経歴を持っているのかもしれない。それでも、今目の前で眠っているのは、"だたのイリス"であり、自分の"ごく普通の恋人"であると告げた。

「ホーホーホウ、愛じゃのう」

「……」

茶化しているのか、或いは意図しているところを汲み取ったのか、彼は喉を鳴らしながら穏やかに笑っていた。メテオの接近などまるで嘘のように、ゆったりとした時間が流れている。

「儂が不思議じゃと言ったのはそのことだけではない。……古代文字を解読している間、ずっと光っていたその腕輪はなんじゃ?」

「……やはり見間違いではなかったか」

二人はここへきてやっと視線を合わせ、確認し合うように言葉を交わした。

彼女が古代文字を解読すると言って祭壇に向き合っている時、その腕に付けられている腕輪が光り輝いていたのを見逃さなかった。他の皆が気付いていたかは定かでないが、少なくともこの鋭い洞察力を持った二人はそれに気付いていたらしい。

「イリスが魔法を詠唱するとこの腕輪は光る」

「ホーホー……」

「彼女は生命エネルギーを魔力に変換できると言ったが……この腕輪はそのエネルギーの消費を抑えているようだ」

「ブレーキの役割を担っている、という訳じゃな? ということは古代文字の解読にもエネルギーを消費したということかの」

セフィロスに渡されたというその腕輪について、結局その正体は掴みきれてはいなかった。それは当初、万能の役割を果たすマテリアではないか、などと予想されていた。しかし皮肉にも、ジュノンでの宝条の実験によって、それは彼女のエネルギーの消費を抑えるものだということが判明した。

そんな腕輪が光り、輝いていたということは、やはり彼女は古代文字の解読にそのエネルギーを消費していたのだろう。無理をするなとあれ程言っても、彼女は頑なに解読をしていた。彼女は当初思っていたよりも頑固な性格をしているらしい。

「それは、早々に手を打った方が良いのう。それにその腕輪、あわ〜い緑に光っておった……」

「……」

ここ数日の間に目の当たりにした彼女の異変は、これまでのものとは様子が違っていた。彼女自身もそのことには気が付いているようだったが、その奥にある根本的な問題にどれほど気付いているのだろうか。

対処をした方が良いことなど、彼に言われるよりもずっと以前から知っている。知っていながら、どうにも出来ずにいるのだ。これ程までにもどかしいことはない。できるものならば、代わってやりたいとすら思う。死ぬことのできない忌々しい身体であっても、彼女が少しでも生き永らえることができるのならば、役立たせたいと。



「ん……」

そんな会話をしていた時、腕の中の彼女は、身体を捩るようにして小さく声を漏らした。もぞもぞと動き出しては目を擦っている。

「イリス……?」

「おお、目が覚めたかの」

だんだんと思考が覚醒してきたのか、彼女は目をぱちくりさせながら周囲を見渡している。先程までの記憶を辿るように、ここがどこで、先程まで何をしていたのか、理解しようとしているらしかった。

「ヴィンセントさん、く、苦しいです」

「……」

思いの外早く目覚め、そしていつも通りの彼女でいることに、思わずきつく抱き締めた。苦しいと言いながらも少しはにかみ、小さく息を溢している彼女を見てひどく安心する。

彼女が異変に襲われる度に、不安を募らせていることに気が付いてしまっていた。また彼女が遠くへ行ってしまうのではないだろうかと不安に思いながらも、いつものように目覚めて笑顔を向けてくれることを願って、彼女を抱き締めている時間はひどく長い時間に思えた。

「ホーホーホウ、儂はもう少しこの古代種の意識を感じてくるとしようかの」

気を利かせてその場を後にした彼に、二人は祭壇の前に取り残された。

まるでこの世界に二人だけになったような静けさに、思わず目を見合わせた。世界に取り残されるなど、以前であれば、想像をするだけでも恐ろしく、これ以上ない孤独を感じるはずだった。

しかし今の二人は、むしろその空間に甘い雰囲気すら感じていたのかもしれない。どんな世界であっても、二人が一緒にいるならば、恐怖も孤独も感じない。かつてその恐怖と孤独に身を置いていた二人は、今やお互いのそれを埋め合う存在になり、なくてはならない最愛の恋人になっていた。

そのことを確かめ合うように、二人の視線は熱く交わり、彼女の瞳は少しずつ潤んでいった。


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