星と語る

「イリス、他には何て書いてあるの?」

「『鍵』って何のことなんだ?」

皆に囲まれながら祭壇の前にしゃがみ込み、目の前の解読不能な文字の羅列を見ていた。頭の上から次々に投げ掛けられる期待の言葉に、どうしたものかと困惑してしまう。

目の前の文章は、まるで見たことのない文字で刻まれていた。現代では全く見かけない、最早使用されていない文字を見て、その一部を何故読み取ることができたのか、自分でもわからずにいた。

どこで覚えたのか、いつ誰に教えられたのか、それすらもわからないままに、一部の単語を読み上げていた。そのことで「古代文字が読める」と判断されてしまうことが、どうにもいたたまれない。

「イリスに無理をさせないでやってくれ」

すぐ隣にふわりと感じた体温に、思わず視線を移した。彼は自分の隣で屈むようにしながら、片手でぽんと頭を撫でた。

「彼女は古代文字が読める訳ではない」

皆は懐疑的な視線を彼に向けていたが、それよりも、彼がこうして隣に佇んで自分を気遣ってくれていることに胸が熱くなった。そっと頭に置かれていた手が背中にのばされ、支えるようにして添えられている。

「いや……正確には解読できるのかもしれない。しかし、それにはイリスのエネルギーを消費している可能性もある。無理をさせないでやってくれ」

二度も同じことを繰り返した彼は、ひどく悲しげな眼をしていた。見上げた彼の姿は、いつもと同じように凛々しいものだったが、どこか心を痛めているように感じられてしまう。

背中に回されていた彼の腕をそっと取り、自分から手を繋ぐようにして立ち上がった。彼はやや驚いたようにこちらを見ている。

「だいじょうぶです。もう少し、やってみます」

「……」

不安の色を浮かべた彼に、本当に大丈夫だと視線を送った。それでもやはり眉を寄せ、やめておけと言わんばかりの視線を返される。

「ヴィンセントさん、だいじょうぶです」

もう一度声に出してそう言えば、彼は肩をすくめて、諦めたように息を溢した。ひょっとしたら、この頑固さに呆れられていたのかもしれない。

そんな表情を浮かべながらも、彼は繋いでいる手を強く握り返した。彼の体温が徐々に伝わってくる。ただでさえ心配性の彼に、これ以上の不安を与えたくはなかったが、これは自分にしかできないことなのだという使命感が勝った。

「ええっと…………」

祭壇の文字をじっと見つめながら、エアリスのことを考えていた。自分にしかできない。彼女もきっとその使命感から、一人、この地へ赴いたのだと、彼女の想いに触れることができた気がした。今の自分の使命感など、彼女のそれに比べれば非常に小さなものだろう。

それでも、自分にできることがあるのならば、それを成し遂げたい。仮に彼の言うようにエネルギーを使うこととなっても、これまで何の役にも立てずにいた自分が、仲間や星のためにできることがあるのならば、そんなものなど惜しまない。

「ひの、ひかり……日の光……!」

そんなことを考えながら見つめた文字は、まるで祭壇から浮き上がるようにして、その意味を脳内に届けた。この文字が皆にも届くようにと、見えたものを読み上げる。

「とど……かぬ、ばしょ」

しかし、浮き上がってくる文字はだんだんと霞んでいってしまう。まだ、何行もある文字のうちの、ほんの一部分しか解読できていないというのに、脳内に入り込んできた文字はするすると抜けていってしまう。

「イリス、もう十分だ」

「……ごめんなさい。これしかわかりませんでした」

彼に腕を引かれ、先程まで見ていた映像が途絶えた。もう祭壇の文字は浮かび上がることもなければ、直接語り掛けてくるような様子もない。

我に返って仲間を見渡せば、誰一人として、解読できない自分を責める者はいなかった。むしろ、不安そうで心配そうな視線とぶつかる。

「ありがとうイリス」

「その『日の光も届かぬ場所』に『鍵』があるのね!」

「そんだけわかりゃあ大丈夫だろ!」

感謝を述べられたかと思えば、皆は早速「日の光も届かぬ場所」について検討し始めている。少しは皆の探し物の手掛かりになっただろうかと、やっと安堵が広がった。

「……よくやった、イリス」

身体中の力が抜けるような感覚に陥り、彼に身を預けたのを感じた。耳元で囁かれた言葉は、低く穏やかで、落ち着かせるような声音をしていた。同時に、彼の不安は完全には消えていないようでもあった。

仲間に対しては少しばかり役に立てた反面、彼には心配を掛けてしまったのかもしれない。自分ならば大丈夫だと、そう伝えようとした言葉は声にはならなかった。



「イリスに無理させちゃったかな……」

「嬢ちゃんも無茶するようになっちまったなあ」

ヴィンセントの腕の中で静かに眠るイリスを見て、申し訳なさを感じながらも話し合いは続いていた。古代文字を解読できないと言っていた彼女が、どのようにしてその文字を読み解いたのかは謎のままだったが、彼女に何らかの負担を与えてしまったことに間違いはなかった。

しかし、そのことを悔い、詫びるよりも、彼女が口にした言葉を頼りに「鍵」を探すことの方が、彼女に報いることができると確信していた。彼女もきっと、それを望んでいる。

「日の光が届かないってことは……夜か?」

「でも夜は"時間"でしょ? "場所"を探さなきゃ」

「ってことはやっぱり宇宙じゃねえのか!?」

「いくら古代種でも宇宙に鍵は置いてこれないだろ。だいたい宇宙に"置く"ってどういうことだ? 不可能だ」

なんとかその言葉の示す場所を特定しようと議論が続いていたが、その言葉に合う場所は思い浮かばなかった。ああでもない、こうでもないと、案を出しては却下される。

「どっかの洞窟とか!」

「洞窟か……あり得なくはないけどな……」

「大事な物を簡単に見つからないように隠そうと思ったら、オイラだったら土の中に埋めるかなあ」

「……それもあり得るな。でも"場所"って言葉に合わない気もする」

「あのう、ボク思ったんですけども」

どうにもしっくりくる場所が見付からないと議論が錯綜していた時、ケット・シーがそのぬいぐるみの可愛らしい手を挙げた。わざわざ挙手をし、皆の会話を遮って口を開く彼に、皆は神妙な顔付で彼を見る。

「ボクら、行ったことあると思うんですわ、その、日の光も届かんっちゅー場所」

「こんな時までもったいぶんじゃねえよ」

バレットの腕を華麗に回避しながら、彼はにんまりと笑みを浮かべた。この表情はきっと、答えを確信している。スパイの彼の動向に詳しくなってしまっていることに、悔しそうに眉をひそめて、彼の言葉の続きを待った。

「簡単に見つからん場所で、日の光の届かん場所いうたら、海底しかあらへん! そう思いません?」

「海底か……!」

「チクショウ、何だこの悔しい感じはよう」

「わかる! 答えがわかったのに何でこんなムカつくんだろうね!」

焦らさないで早く言えと急かしていた皆の気持ちは、彼の言葉を聞いても消えてなくなることはなかった。むしろ苛立ちすら覚えさせる笑顔に、呆れて笑いすら零れてしまう。もしもこの笑いまで計算して彼が振舞っていたとしたならば、それはもう完全にお手上げだと、クラウドは両手を上に挙げた。

「海底と言っても果てしなく広いけどな。ある程度場所を絞って探しに行くか……」

「もひとつ言わしてもろても構いませんか?」

「あーーー! わかった、わかったよ、ムカついたユフィちゃんの負けだよケット! だからもったいぶらないで早く言ってよーーー!」

髪を掻きむしるようにして奇声を上げるユフィに、皆はもう笑うしかなかった。完全にケット・シーの手の内で転がされている。

「前に強奪した神羅の潜水艦ありますでしょ? あの潜水艦、ふるーいモン探索する機能が付いてるんですわ」

それをもっと早く言えと、皆は一斉に彼に言葉を投げた。

申し訳なさか、或いは使命感からか、イリスは恐らく身体に負荷を掛けてして解読をした。その言葉だけでは「場所」を特定することができずにいた皆もまた、彼女に対して申し訳なさと使命感を感じていた。

そんなやや暗い雰囲気をいち早く察知し、更にその雰囲気を変えたのがケット・シーであるということがどこか気に入らない。そんな悔しげな表情をしながら、皆の表情には憎たらしい笑顔が戻りつつあった。


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