忘れ物と探し物

皆が宇宙を漂っている間に、この飛空艇は更なる進化を遂げていたらしい。以前よりも速度を上げて、コスモキャニオンに向かって進んでいた。

「見えてきた! イリス、あれがオイラの故郷だよ!」

故郷を訪れる期待を抑えきれず、早々に甲板に出たレッド]Vに続いて、皆も空からの景色を見た。夕日に照らされた谷の合間に、異国の雰囲気を纏った村が徐々に見えてくる。

飛空艇はコスモキャニオンのすぐ近くの平地に降り立った。皆で順に縄梯子を降りている間に、レッド]Vはひょいと甲板から飛び降りると、一目散に駆けてゆく。

「じっちゃん! じっちゃん!」

「レッド速すぎ……!」

彼の全速力に皆がついてゆけるはずもなく、全員でまとまり、少し遅れて彼のあとを追うことにした。その間にも、彼は大きく長い階段を数段飛ばしに駆け上がり、懐かしい故郷へと足を踏み入れているようだった。

「大丈夫かイリス」

「はい。だいじょうぶ、です」

足元が不安定な険しい岩山で、彼は手を取って身体を支えてくれている。自力で歩けるまでには体力は回復しているはずだったが、彼はやはり放ってはおけないらしい。小さく返事をしながら素直にその手に甘えて、ゆっくりとコスモキャニオンへの道を辿って行った。



そこは、これまでに見たことのない造りの家々が並ぶ、大きな集落のような村だった。村の中央には大きな焚火が焚かれ、それを囲むようにして木製の家が建てられている。

そしてその最も高い位置には、異質な形をした建物が聳えていた。その建物だけがどこか無機質で、村だけでなく遙か遠くも見渡せるような構造をしている。

「ブーゲンハーゲンはあそこにいるはずだ」

「階段登っただけでもしんどいのに、まだ登るのかよ〜〜」

「はいはい、文句言わないの」

ティファに背中を押されながら、ユフィはぐだぐだと坂道を登っていた。シドとバレットも、肩で息をしながら膝を抱えている。

「強いお二人さんも、歳には勝てへんっちゅーことですかね」

「うるせえ!」

「こっちはでけえ銃引っ提げてんだ」

あちこちでぶつくさと文句が聞こえる中、ヴィンセントはイリスの手を引き、彼女の歩調に合わせてゆっくりと歩いていた。疲れで足取りが重くなれば少し歩調を緩め、片手で背中を押すようにして手助けをしてくれている。

「もう少しだ」

常に声を掛けながら歩く彼は、呼吸ひとつ乱すことなく、半歩前を歩いて誘導してくれていた。あたたかく大きな掌が、とても頼もしく感じられる。時折、ぽんぽんと優しく背中を支えられると、頑張って登りきらなければと思ってしまうのだから、自分も単純だ。

「ありがとうございます」

そう小さく感謝の言葉を漏らせば、夕日に照らされた美しい横顔が少し笑っていた。



やっと頂上に辿り着いたときには、皆はぜえぜえと息を乱しながら座り込んでいた。こうして辺りを見渡すと、随分と高い位置まで登ってきたことがわかる。

「じっちゃん、ほら、みんなも連れてきたんだ!」

一足先に頂上に着いていたレッド]Vは、例のブーゲンハーゲンを引き連れて皆を出迎えた。あちこちで座り込んでいる皆を見て、彼は「ホーホー」と独特な笑い声を出している。

「これまた急にどうした。道を失ったか?」

彼は片手でその豊かな白髭を撫でながら、クラウドを見つめ、そしてその場にいる全員を見渡した。

彼の特徴はその白髭だけではなかった。異国の服も然ることながら、何故か半球状のものに乗って、少し宙に浮いている。或いは、乗っているのではなく、それが彼の下半身なのかもしれない。

どこまでも不思議なその老人は、何もかもを見透かしたように、またホーホーと喉を鳴らして笑った。

「ああ、だから来たんだ。俺たちはどうしたらいいのか……」

「そういうときは、各々自分を静かに見つめるのじゃ。何か忘れているものが、何か心の奥に引っ掛かっているものがきっとあるはずじゃ」

彼の言葉はどれも抽象的で、直接にこれからの道を示している訳ではなかった。しかし、その言葉を聞き、皆は今一度、これまでのことを思い返す。

出会い、旅をし、ここまでやってきた軌跡を辿るように、静かに目を閉じて記憶を辿った。

「それを思い出せ。それがきっと、あんたたちが探しているものじゃ」

「そう言われてもな……」

忘れているもの、引っ掛かっているもの、それが自分達の探し物。それは恐らく正しい回答であり、そして非常に難解なものでもあった。忘れているものを思い出すというのは、時にひどく難しい。思い出せないからこそ忘れているのだ。

「きっとあるはずじゃ、よく心を見ろ!」

思考を停止させないよう、彼は今一度、力強くそう言った。答えは皆の心の中にあり、それはここにいる仲間達自身で思い出さなければ意味をなさないと、そう言われているようでもあった。



彼の手を握ったまま静かに目を閉じ、これまでの出来事を振り返っていた。

セフィロスによって意識を取り戻し、神羅カンパニーから救出し、そして彼はそのまま姿を消してしまった。

その後、クラウド達に出会った。当初は敵意すら向けられていた彼等と行動を共にするようになり、仲間と、そして友人にも恵まれた。

旅の途中で、再びセフィロスは現れた。自分を攫うかのように仲間から引き剥がし、そうかと思えば彼はまた姿を消してしまった。

そこで、彼に出会った。愛する人への罪悪感から自分を護るのだと、心に影を落としていた彼は、今自分の隣で手を握っている恋人になった。

それから──

「エアリスさん……」

初めて出会ったときから、彼女は自分と皆との仲を改善しようとしてくれていた。彼女はいつも傍で笑いかけていてくれた。いつも自分を気に掛け、心配し、いつでも自分の思う一歩先を思い描いていた。あのやわらかくあたたかな、天使のような笑顔と抱擁を、忘れるはずもない。

右腕に託された彼女の腕輪にそっと触れた。自分にはやはり、この腕輪は似合わない気がする。これは彼女が身に付けているからこそ輝いていた。あの日々のように。

「エアリスさんのこと、……考えて、ました」

皆が沈黙する中、出来る限りの声を出してそう言った。その声に応じるように、閉じられていた皆の瞳が開かれる。

「俺も、エアリスのことを思い出してた」

クラウドは顔を上げ、静かにそう呟いた。彼女のことを考えていたのはクラウドだけではなかったらしく、皆も共感の声を上げる。

これまでの旅を思い返す上で、彼女との出会いと別れは、忘れることのできない大きな出来事だった。

「いや……そうじゃない。思い出したんじゃない。忘れてたんじゃない。そんなのじゃなくて」

クラウドの言わんとしていることは、皆もなんとなく理解していた気がした。彼女のことを忘れたことなど、唯の一日もない。それでも彼は言葉を紡ぐ。漠然とした内心を、言葉にして伝えることにこそ、意味がある。

「なんていうか……エアリスはそこに居たんだ。いつも俺たちのそばに。あまりに近すぎて見えなかった。エアリスのしたことも、エアリスの残した言葉も」

彼の言葉は、その場にいた全員を共感させた。上手く言葉にできず、口に出してこなかったことを、こうして伝えてみると、皆が同じ思いを抱いていたことがわかる。

「そういえば私もそうだった……」

「オイラも……」

「アタシだって」

あの日のことを思い返しながら、視界が滲むのを必死に堪えて口々にそう言った。誰一人として、彼女のことを忘れている者はいなかった。むしろ彼女は、全員の傍で、ずっと皆を見守ってくれていたのかもしれない。皆もそのことを、無意識下で認識していたのかもしれない。

全員が彼女を思い、その思いを言葉に出す様子を、ブーゲンハーゲンは目を細めて見ていた。探し物が見付かるまであと少しだと、そんな表情で再び白髭を撫でていた。


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