現在は過去によって成り立つ

「あとちょっとなのに……!」

「シド、足を引っ張れるか?」

シドの足には、爆発し倒れたボンベと、鉄製の板がのしかかり、爆発によって粉々になった破片が突き刺さっていた。それらを全員で持ち上げ、わずかに隙間ができたものの、足を引き抜くことができない。

「クソッ……! 足が言うことをきかねえんだ」

「無理しないで、もうちょっと持ち上げてみるから!」

負傷した足に力が入らず、瓦礫は思うように持ち上げられずにいた。彼の足は出血し始め、一刻も早く瓦礫を除去する必要があった。しかし、あと少しというところで上手くいかない。そんなことをしている間にも、また周囲に煙が立ち込め始める。

「俺様もここまでか、」

「何言ってるのよシド」

「あん!? シエラ!?」

どうしようもない状況で、彼がまた弱音をこぼしたとき、通路の奥から白い服を纏った女性が歩いてくるのが見えた。シドへの罪悪感に押しつぶされそうになっていたあの彼女が、今はどこか強気に、シドを鼓舞するかのように静かに声を掛けていた。

まさか自分達の外にも乗り込んでいる人間がいたのかと、皆が驚いている横で、シドは一層目を丸くしていた。つい先程思いを馳せていた彼女が目の前に現れ、叱咤されたことに口をあんぐりと開けている。

「ついて来ちゃった。今、助けるから。皆さん、私も手伝います」

「ついてきちゃた、だあ!?」

彼女は状況を瞬時に把握し、瓦礫を持ち上げる皆に手を貸した。もう時間がないと更に力を込め、バレットに至っては顔を真っ赤にしながら瓦礫を担ぐようにして空間を作っていた。

「シエラの馬鹿野郎が! 馬鹿野郎のコンコンちき! …………すまねえ」

ありったけの暴言を吐き散らかす彼だったが、時間が差し迫る中、自分のために必死になる仲間を見て、その目を潤ませていた。最後には、彼らしくない謝罪の言葉まで口にしている。

それが一体何に対しての謝罪なのか、きっと彼自身もわかっていなかった。それでも、それは仲間の士気を高めるには十分だった。ついに持ち上がった瓦礫から、シエラはシドの身体を引いて救出する。

「皆さん、ありがとう。もう大丈夫です」

「かあ〜〜! 肩が凝っちまっだじゃねえか、シドさんよう!」

「お、重かった〜!!」

「帰ったらたっぷりお礼してもらわなきゃね」

無事に瓦礫から抜け出したシドに、間髪入れずに皮肉と嫌味を投げた。それは一見わかりにくい、彼等にとっての喜びを表しているようでもあった。額に汗を滲ませながらも、皆の口元には安堵の笑みが浮かんでいる。

「……ありがとよ、おめえら」

ぶっきらぼうで投げやりに、それでいて照れたように感謝を述べた彼は、またいつものように悪戯な笑みを浮かべて立ち上がった。



「さあ皆さん、脱出ポッドはこちらです。急いでください」

シドを瓦礫から救出したことに安心していたが、ロケットがメテオに近付いていることに変わりはなかった。シエラはシドに肩を貸すと、全員を誘導するように先頭に立ち、足早に通路の奥へと向かう。

「おい、足がいてえんだ、ちったあ遠慮しろい」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」

シドが憎まれ口を叩き、シエラはそれを慣れた様子で受け流している。まるで夫婦だと、皆が顔を見合わせていた。

「こんな面白いシド、滅多に見られないわよね」

「イリスにも見せてやりたかったぜ」

相変わらずヴィンセントの背中で浅く息をするイリスを見ながら、そんな穏やかな会話をしていた。珍しく素直なシドも、シエラには勝てないシドも、彼女が見たらきっと嬉しそうにはにかむに違いない。

「皆さんの音声ずっと録音してたんが、今こそ役に立つんちゃいますかね」

「アンタまだスパイごっこしてたのか」

「スパイごっこは気に入らねえが、今だけは許してやる。後でイリスに聞かせてやろうぜ、恥ずかし〜いシドさんの声をよ!」

無線機は電波が届かず使えないと嘆いていたが、電池式のレコーダーは場所に関係なく動いていたらしい。悪びれもなくにんまりと笑うケット・シーに、今回ばかりは誰も文句を言わなかった。

「皆さん、はやく」

「あ、ああ!」

シドの介助をしながら後方のことまでしっかりと気を配る彼女に、これではシドも敵わないはずだと、クラウドは肩をすくめた。彼女の言葉を合図に、クラウドが走り始め、彼に続くようにして皆も駆け出した。





「さあ、急いで。全員乗り込みましたか?」

「ああ、これで全員だ」

シエラに案内された先には、球状の脱出ポッドが備え付けられていた。大きな窓が取り付けられている以外は、それは球体そのものの形状をしていた。狭い扉を開き、同じく狭い内部に全員が乗り込む。幅を取るケット・シーを押し退けて、広くもない長椅子に無理矢理座り、シートベルトを装着した。

ヴィンセントは背負っていたイリスを隣に座らせ、自分の肩に寄りかからせるようにして片腕を回した。彼女を支えるように、それでいて頭を撫でるように、しっかりと抱き締めている。

「では、脱出ポッドを切り離しますよ」

頑丈な扉を閉め、ベルトを装着したのを見ると、シエラはハンドルに手を掛けて皆を見回した。こんな小さな機械で宇宙に放り出されることに、不安と抵抗がなかった訳ではないが、このままロケットに乗り続ける訳にもいかない。

「おいシエラ! このへっぽこポッドはちゃんと動くんだろうな!?」

全員の不安を代弁するように、シドがまた声を上げた。足を負傷していながらも、操縦席に最も近い場所に座り、既に操縦ボタンに手を掛けている。

「大丈夫。ついさっきまで私がチェックしていたから」

「…………それなら安心だぜ」

「……ありがとう」

聞いているこっちが恥ずかしい、とクラウドはまた肩をすくめる。

それでも、当初険悪そのものだった目の前の二人が、今や無言で連携をするまでにお互いを信頼し合っているのは、心温まるものがあった。過去を悔やみ、過去に縛られていた彼も、過去の自分の選択を責めていた彼も、やっと過去から解放されたのかもしれない。

数年にわたって悔やまれていた過去が、今こうして、全員の命を救うことに繋がっている。

「シド、アンタは間違ってなかった」

「ああん? なあに生意気言ってやがる」

口ではそんなことを言いながらも、彼自身が一番、そのことをわかっていたのかもしれない。いつものように、歯を見せてにやりと笑った彼に、きっと無事に帰還できるということを、皆が確信していた。


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